【第二章 帰還勇者の事情】第十四話 マスコミ
「ユウキ!」
アロンソが、嬉しそうな顔でユウキに駆け寄ってきた。
休憩時間が、休憩時間になっていないのは、問題ではないようだ。
「ん?」
「ポーションの提供は、ミスター佐川から説明があった本数を考えてくれるのか?」
「説明?」
「初級が4本と中級が4本だ」
「佐川さんから、検証にはその本数が必要だと言われた」
「そうか・・・。ユウキ。俺たちは、違うな。研究所が、初級ポーションに500ドル。中級ポーションに1万ドルの支払いをする用意がある」
「え?」
「それに、検証の結果や研究結果は、全ての研究所で公開する。ユウキたちにも渡す。俺たちが提示できる条件だ」
「そちらにメリットが無いように思えるが?」
「メリット?気にするな・・・。と、言いたいのだけど、ユウキたちとは、是非友好な関係を継続したい」
アロンソは、手招きをした。ユウキは、一歩前に進み出た。
「ユウキ。気分が悪いと思ったら、断ってくれていい」
「わかった」
小声で話をしているが、ユウキ以外には聞こえないようにしているのだが、意味がない行為だ。サトシ以外は、ユウキとの共有が可能になっている。
「研究所では、3本で検証は可能だと言っている」
「え?」
ユウキは、佐川を見る。
「ミスター佐川が、伝えただろう”予備”だと」
「そうか、要人に売りつけるのだな」
「言葉が悪いが・・・。そうだ」
「その資金で、俺たちに循環させるというのだな?」
「そう考えて欲しい」
「OK。500ドルだから、約5万と100万?いいのか?」
「え?ユウキ。勘違いをしているぞ?俺たちは、1本の値段だと思っている。420万だ。それが、10カ国からの提示だから、4,200万だ。消費税はいいよな?」
「は?」
ユウキは、あまりの金額の大きさに、森下を手招きして呼んで、説明をした。
話を聞いた森下は、そのまま佐川を呼んだ。
ポーションの提供は、佐川の研究所が行うことになった。
詳細は、後日に詰めることが決定した。ユウキはアロンソと一緒に各国の記者が集まっている場所に移動した。そこで、ポーションの受け渡しと注意点を伝える。問題は、ユウキたちから離れた時に、ポーションが劣化しないかだが、研究所からは時間による劣化を含めて検証が大事だと言われた。
本数は、初級4本と中級4本の値段で、初級8本と中級5本を渡すことになった。輸送方法を検証するためだ。
佐川の検証では、蓋を開けなければ効果の違いは現れなかったことになっている。冷蔵輸送と常温輸送を行うことになった。ポーションの瓶が、地球の技術レベルから見ると、かなり劣っているために冷凍には適さないと判断されたためだ。
今川と佐川と森下が、ユウキたちのことを話している所に、森田が入ってくる。
「今川さん。佐川先生。森下先生。馬込からの伝言です」
3人は、森田の素性はすでに把握していた。
馬込という人物から、押し込まれたのだ。
「馬込先生から?」
今川が代表して答える。
「はい。馬込は、『ユウキくんたちに、伊豆の土地を提供する準備がある』ということです」
「馬込先生が?」
黙っている森下と佐川を、森田は目だけで”了承してください”と訴える。二人が黙っているので、森田は今川の質問に答える。
「そうです。森下先生なら、ご存知かと思いますが、産廃業者が汚した土地を馬込が取得しまして、その土地を含めた部分を、ユウキ君たちに無償で渡すと言っています」
「森田さん。それは、貸し出すのではなく?」
「森下先生。馬込は、どちらでも構わないと・・・」
「あの先生らしいですね」
「森下先生は、馬込と知己なのですか?」
「誤解させてしまったのなら、もうしわけない。馬込先生とは、何度かテーブルの反対側でお会いしただけです。その後に、何度か食事のお誘いを受けていますが、まだそのタイミングがなくて、実現していないのですよね」
森田も、今川も、佐川も、森下の言い方で事情を把握した。
「わかりました。馬込は、ユウキ君に会いたいと言っていますが?」
「ユウキくん次第です」
「ありがとうございます。それで?」
「待ってください。馬込先生の土地ですが、広さや現状がわかりません」
「そうでした。データを送ります」
森田は、スマホを取り出した。データを、森下のスマホに転送した。データを確認した、森下は森田の顔を見る。
「本気ですか?」
「馬込の許可は貰っています。それに、ユウキくんたちには、本拠地が必要でしょう?」
森田が提示した地図は、伊豆の山奥の地図だ。産廃業者が、不法投棄した場所は、山に向かう林道だったのだが、その林道の奥には、旧日本軍が作った塹壕がある。山を背にしているだけではなく、その山も人が簡単に踏み入れられるような場所ではない。一番近い町まで、車で移動したとしても1時間以上は必要だ。林道は、一本道ですれ違うのも難しい。
「その本拠地を、馬込先生が把握して、囲い込む・・・。と?」
「森下先生のご懸念はわかりますが、馬込は、街道につながる土地も建物も権利も全てを手放す準備があります」
「は?馬込先生にメリットが無いように思えますが?」
「それは、私の口からは・・・。でも、馬込は生還者の1人・・・。の、両親に命を救われたと・・・。その方に、恩を返したいだけだと言っています」
「わかりました。ユウキくんたちには、前向きに検討するように言います」
「ありがとうございます」
「それから、これは先生からの提案ではなく、私からの提案ですが・・・」
「なんでしょう?」
「可能な限り、街道の建物を、児童養護施設に出来ませんか?街道沿いなら、下田や土肥に出られます」
「・・・。そうですね。ユウキたちが、孤児たちと関係がないと言っても、無意味でしょうね」
「はい。表立って、なにかをするとは思えませんが・・・」
森田は、大手の記者たちが出ていった扉を見る。
それだけではなく、ユウキと外国人記者との話にも加わろうとしないで、離れた場所で成り行きを見ている記者らしき者を見る。
森田の視線に気がついた、森下は頷いて了承している意思を伝える。
「わかりました。その辺りも、ユウキに話をしておきます」
「ありがとうございます」
森田が、森下と佐川と今川に頭を下げてから自分の席に戻った。
席に戻った森田は、BlackBerryを取り出して、特別に契約している秘匿回線で、馬込に報告を行う。
佐川が、森田を見ながら、森下に話しかける。
「森下君。どうするのだね?」
「税制を考えると、ユウキに会社を作らせるのがいいように思うのですが・・・」
「関わる人が増えるのは得策ではないな」
佐川が、森下の懸念していることを言葉で表現した。
「でも、ポーションを提供するだけでも、かなりの金額がユウキの下に流れます。それに、ユウキたちの場合は、他にも解決しなければならない問題がある」
森下が気にしているのは、大手の記者を切るように動いたことを指している。ユウキたちは気にしていないが、マスコミは大きな力に繋がっている。ユウキたちを”ペテン師”と呼び出す可能性が高くなってしまった。それだけではなく、ユウキとサトシとマイとヒナとレイヤ以外の者たちを、密入国だと言い出す可能性が高い。自分たちを”正義”だと信じて疑わない者たちはときにして、小さな正義を全体の正義であるように喧伝する。
「大丈夫だと思いますよ?」
「え?」
「今川君?」
「森下さんも、佐川先生も、ネットの力を甘く見ないほうがいいですよ」
「それは、わかっているが、大手にも同じことが言えるのではないか?」
「そうですね。使うツールは同じですが、やつらは”新聞”や”TV”の感覚が抜けていません。それに、指示を出す者たちの、情報リテラシーはかなり低いです」
「しかし・・・」
「佐川先生のおっしゃりたいこともわかります。でも、ユウキくんたちなら、日本でなくても大丈夫だと思いませんか?それこそ、紛争地帯でも笑いながら歩きそうですよ?」
今川のセリフは誇張して言っているが、佐川は外国人たちと対等に渡り合うユウキを見て、考える仕草をする。佐川は知らないことだが、今川は一度だけユウキに”殺意”を向けられたことがある。危ない橋を何度も渡ってきた今川を持ってしても、明確な”死”を感じたのは初めてのことだった。自分たちとは違う生き物だと感じたのだ。
日本の権力に守られた、権力を守っている、大手に務める記者では、ユウキの相手は出来ないだろうと思えた。それこそ、裏社会で明日には”死ぬかも”しれない環境を笑って歩ける人物でなければ、ユウキの相手は難しいと思えた。
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