【第九章 帰路】第九十二話
/*** カズト・ツクモ Side ***/
ヴェネッサがシロの名前を気に入っている理由がわからないが、本人がそれでいいというのなら俺としてはこれ以上何も言わない。シロを連れて、領主達が押し込められている部屋に向かう。
約束の期限には早いがいいだろう。
部屋の中からは話し声も聞こえない。
ドアの所にいるエントに確認をする
「どうなっている?」
「大主様。昨日くらいまでは罵り合っていましたが、今はおとなしくなっています」
「そうか・・・寝ているのか?」
「いえ、寝る必要はないだろうと思い、寝たら起こすようにしています」
寝られない状況に置かれているのだな。
それは確かに辛いだろうな。徹夜で作業をしているときでも、30分くらいは寝ないと効率が落ちる。
「わかった。何か変わった事はあるか?」
「いえ、ございません」
ドアを開けて中に入る。
たった2日でここまで腐敗臭がするのかと思えるくらいに臭い。
「臭いな。シロは大丈夫なのか?」
「はい。このくらいなら大丈夫です」
「そうか、それならいい」
すっかり、シロが俺の従者の様になっている。
数日前までは隊長だったはずで、姫様と呼ばれるような身分だったはずだ。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
「今回はどうされるのですか?」
「奴ら次第だな」
もう屍の様になっている。
眠くなっているのだろう、寝たら叩き起こされる。その繰り返しで、生きてはいるがまともな思考ができる状態には見えない。
「さて、誰から俺を説得する・・・なんて雰囲気ではないな。シロ、どうしたらいいと思う?」
「私ですか?ノーネーム殿が時間をあまり気にしないのなら、一度全員寝かせてから聴取したほうがいいと思われます。時間が無いのなら、罪は明確ですので、全員をミュルダ/アンクラム/サラトガにつれていくのがよろしいかと思います」
「そうだな・・・罪状として、聖騎士をミュルダ/サラトガ/アンクラムに差し向けた事だな」
「・・・いえ、そこは、聖騎士のアトフィア教の罪です。この者たちは、領主や導く立場に有りながら領民を迫害した罪です」
そうだな。
シロの言っている事が正しいだろう。
「わかった、シロの意見を採用しよう。聖騎士の罪は・・・明日以降はっきりするだろう」
領主達は、屋敷にあった証拠を持って、”罪あり”とする事にした。
「なぁシロ。この大陸のアトフィア教はどう動くと思う?」
「ノーネーム殿?」
「どうした?」
「いや、アトフィア教は、こっちの大陸では、ロングケープ街にある教会が1番大きいはずです。まだ進出して10年くらいだったはずです。私が、まだ6歳か7歳だったはずですから間違いないと思います。数年前からアンクラムを次の足がかりにするための活動を行っていると聞いております」
ん?
え?
「シロ。お前、16歳なのか?」
「今それを聞きますか?」
「すまん。女性に年齢聞くのはダメだと教わっていたのでな」
なんか、初めて年相応の笑顔が見られた気がした。
「そうです。16歳です。ノーネーム殿が予測したとおり、帰ればどこかの枢機卿の後添えにでもされることでしょう。それならば、こちらの大陸で罪滅ぼしを続けていたいです。しかし、年齢やステータスは鑑定されて知っているのかと思っておりました」
「そんな事しない。罪人ならやるかも知れないけどな」
「え?鑑定をお持ちなのですか?」
「俺か?持ってないぞ?」
「では・・・」
「あぁウミが使える。後は、念話で話ができるからな」
「え?念話で話?それで・・・謎が解けました」
なにやら納得している。
まぁいい、今度ゆっくりと話を聞くことにしよう。
「それでどうしますか?ステータスを提示しますか?」
「必要ない」
「そうでしょう。ノーネーム殿にはどうやっても勝てそうにない。それで、アトフィア教なのですが、ロングケープ街の教会が潰れてしまっていますので、足場がない状況です。他の街にも教会があるとは聞いていますが、ミュルダからの商隊の勢いが強くて、布教活動ができていないと報告されています」
・・・意外と面倒な状況になってしまいそうだな。
テロリストの様になってしまわなければいいのだけどな。組織だった抵抗をしてくれる方が楽なのだけどな。
「宣教師でも街々を回っているのか?」
「方法は聞いていませんが、布教活動はうまく行っていないようです」
「人数は?」
「全部で、1,000名程度のはずです」
まっすぐに俺を見て、目をそらさないで、アトフィア教の内部情報を俺に話している。
「シロ。今更だけど、俺にそんな大事な事話していいのか?」
「本当に今更ですね。それに、私はノーネーム殿にすべてを捧げると宣言しました。ならば私が知っていることを話すのは当然の事だと思っています」
シロ・・・その考え重いよ。
もしかしたら、害されるとでも思っているのだろうか?
「ノーネーム殿が望むのならば、貧素で女らしくもないこの身体ですが如何様に使っていただいても構いません。夜伽はした事がありませんが、話しは聞いていますので大丈夫です」
「シロの知識は俺にとってはありがたいが、抱きたいわけではない」
なぜ、そこで悲しそうな顔をする。
「わかりました(貧素で筋肉質な身体ですし、必要ないのでしょう・・・ノーネーム殿なら・・・)」
こっちの世界の女性陣はなんでこんなに積極的・・・なのだ?
「シロ。この大陸入るのは、ロングケープが主な玄関口なのだな」
なにかブツブツ言っているが無視して話しを戻させてもらおう。
「はい。そうです。他に、港と呼べる場所はありますが、漁船が主で数千人規模の兵が駐屯できる街はありません」
「そうか・・・でもな・・・」
俺が相手ならどうする?
どこかの港に兵を送って海上封鎖とかするよな。その上で、漁村を橋頭堡して近くに街を作るだろうな。
「ノーネーム殿?」
「シロ。その1,000名だけどな。もし、お前や副長が捕らえられて、処刑させられるとなったら、助けるために現れると思うか?」
「・・・来ないと思います。奴らが持つ財産や教典を破壊ないしは没収すると言えば、現れる者も居るかと思います」
”奴ら”と呼ぶか・・・。
財産か?なにかあるのか?
「シロ。そう言えば、領主に貸し出していた、アーティファクトは、アトフィア教にとって価値が有るものなのか?あと、聖騎士の鎧や剣はどうだ?」
船は既に沈めてしまったしな。
「”声飛ばし”のアーティファクトは、私が教皇から直接貸し与えられた物ですから、価値的なことよりも敵方から奪い返していたといえる事に意味が出てくると思います。鎧や武器も同じ考えになると思います」
「そうか、それなら・・・できそうだな」
「なにか考えたのか?」
「あぁ」
「シロ。アトフィア教の宣教者たちの耳は性能はいいのか?」
「・・・そういう事ですと、よくわかりません。私は直接関わった事がありません。ハツやチュンならなにか知っていると思います」
「そうか・・ありがとう。彼女たちの名前は変えないとな・・・」
「え?変えるのですか?」
「え?変えなくていいのか?」
「・・・いや、変えたほうがいいと思います。そうですね。私が考えていいですか?」
「そこは、本人たちに考えさせてあげようよ」
「はい!私の名前と違って、ノーネーム殿の命名じゃなければいいと思います。私だけが特別ですよね!」
「そっそうか?」
「はい!」
何故か嬉しそうなシロは断言してくれたが、二人に聞いてから実行すればいいかな。帰りたいと言えば、帰す事も考えよう。シロは死んだ事になるから、帰る場所が無くなってしまうのだが問題ないようなことを言っているし、大丈夫なのだろう。
「ノーネーム殿。それで、これからどうするのですか?」
「一度俺たちの街に戻ろう。それから、体制は方法を決めて再度ロングケープ街に来よう」
「わかりました。旅の支度をしないダメですね。私とノーネーム殿と・・・」
「うーん。そうだけど、それほど必要ないと思うぞ?」
一度ペネム街に戻る。
スーンとシュナイダーを連れて戻ってくる。
違うな。
「うーん。戻らなくてもなんとかなりそうだな」
「そうなの・・・ですか?」
なぜか残念そうにする。
「あぁ」
シロを連れて、まずは奴隷商の・・・ライマン老の所に戻る。
今度は、シロを連れてだ。
「ノーネーム様。その者は?」
「シロ。説明は、省くがしばらく俺と一緒に行動する」
「シロ殿ですね。わかりました。おい!」
奥から、ライマン夫人が出てくる。
「まぁまぁまぁ素材がいいのに・・・ノーネーム様。この者の服装を直してよろしいですか?」
「そうだな。頼む。ただ、剣を携えて動ける格好にしてくれ、それで顔がわからないようにしておいて欲しい」
「かしこまりました。ほら、貴女も来なさい!女の子が・・・綺麗な顔が・・・髪の毛も綺麗に切ってあげるわ!」
シロは、ライマン夫人に強制的に連れて行かれた。
獣人である夫人を忌避するかと思ったが、圧倒されたのか素直に従っている。
やはり、異世界でも最強はおばちゃんなのだろうな。
「ライマン老。すまんな」
「いえ、シロ殿は・・・」
「あぁ多分、老が考えているとおりだ」
「よく、従っていますね」
「そうだな。いろいろ見なかった物や、知らなかったことをここ数日で体験させたからな」
「それでは、信仰は変わらないまでも、なにか考えるきっかけにはなったのでしょうな」
「それだと嬉しいのだけどな。明日から、徒歩でペネム街まで戻る。途中、アトフィア教を受け入れた村々や集落を回っていこうと思っているからな。考え始めているのなら耐えられるだろうからな」
「ノーネーム様。村々は・・・その・・・」
「あぁ老の想像通りになっているだろうな」
「・・・アナタは・・・」
「俺を批難するか?」
「いえ、違います。わかっていながら・・・違いますね。貴方の手はそこまで長くない。自ら受け入れた者たちまで・・・という事ですね」
「あぁ・・・残念なことだけどな、守れたのかも知れない。守れと命令する事はできたかも知れない。でも、俺のことを必要として、俺のことを守ってくれている奴らを危険に晒したりする事は俺にはできない」
「当然ですね。あっそれで元領主はどうされるのですか?」
「ペネム街に移送する。そこで、罪を明らかにして償ってもらう」
「そうですか・・・それで、ノーネーム様は、私たちに何を望みますか?」
「その前に、老。部屋を1つ・・・いや、3つほど貸してほしいが余っている部屋あるか?」
「メイドはいませんが、宿泊所ならあります。ノーネーム様の部屋には、先程のシロ殿が泊まるでよろしいのですか?」
「老!」
「ハハハ。そちらはまだのようですな。シロ殿は・・・いややめておきましょう。奴隷商なぞやっていると、人の目線でいろいろ考えてしまうのですよね」
「嫌な商売だな」
「えぇそうですね。でも、今はそれが役立っています。良かったと思っていますよ。最後にこんな面白い方に仕える事ができるのですからね」
「それは俺のことか?」
「はい。今、儂の目の前で腕を組んでなにやら難しそうな表情を浮かべている御仁です」
「ハハハ。そりゃぁ災難だったな。その人物・・・俺がよく知っている奴なら、仕事の丸投げが得意だから注意したほうがいいぞ」
「わかりました。忠告、心に刻みましょう」
夫人に連れて行かれたシロが何やら抵抗しているが、その抵抗は無駄だと思うぞ?
着たことがないとか、自分には似合わないとかいろいろ言って抵抗はしているようだ。下着から変えているようだ。そこまでの物なのか?
「まだかかりそうだな?」
「はい。申し訳ありません。子供が娘でして・・・殺されたのが丁度シロ殿と・・・同じくらいなので、余計に・・・申し訳ない」
「あ・・・そういう事か、もしかして子供の髪の毛は・・・」
「はい。銀色です」
「・・・そうか・・・まぁいい。部屋を借りるな」
「はい。こちらになります」
3部屋借りたのは、俺とカイとウミとライとオリヴィエで一部屋。リーリアとクリスで一部屋。シロ・ハツ・チュンで一部屋と考えた。ヨーンが寝る所がなければ、俺の所を使わせればいいと思っている。
皆、ライマンの所に来るように伝言する。
最初に来たのは、リーリアとクリスだ。こうしていると姉妹のようにも見える。
「カズ・・ノーネーム様」
「クリス。ありがとう。物資は行き渡った?」
「概ね・・・大丈夫だとは思いますが、皆今後の事を心配しております」
「そうか・・・どうしたらいいと思う?」
「はい。一刻も早くペネム街に連れていくのが良いかと思います」
「リーリアも同じ考えか?」
「・・・はい。しかし、街道沿いは・・・」
「あぁだから、リーリアとクリスに頼みがある」
「「なんでしょうか」」
二人は息がぴったりと合っている。
「簡単だ。ヨーンたちを護衛に付けて、ヨーンたちが通ってきた道をペネムまで戻って欲しい」
「ヨーンと僕たちだけでですか?」
「オリヴィエも付ける」
「ノーネーム様は?」
「俺は、シロたちと街道を戻る。これは当初の計画通りだ」
「わかりました。カイ兄さんたちは一緒なのですよね?」
「当然だ」
「それなら安心できます。でも、街道はアトフィア教の残党や野盗などが出ています。お気をつけ下さい」
「わかっている。なにかあればエリンも居るから大丈夫だろう」
「そうですね」
「クリスとリーリアには、もう一つ頼みがある」
二人が期待した目で俺を見る。
本当に、頼まれごとが好きな奴らだような。
二人に頼んだのは、ペネム街で捕らえられている、アトフィア教の聖騎士たちのロングケープ街での移送だ。シロから、聞いて、今回の一件は副長と一部の者たちの出世欲から来ているのはわかっている。
そんなもののために、俺たちは貴重な時間と物資を大量に失う事になったのだ。命をもらうくらいでは釣り合わない。
アトフィア教の中で相互不信の芽を芽吹かせてもらう。
丁度いい事に、副長の”獣人嫌い”は有名で獣人が店から出てきたというだけで、その店を破壊して燃やした事が一度や二度ではない。獣人の女を犯したと自慢した部下を汚らしいと言って、切り捨てた事もある。獣人の存在自体を消さなければならないといって、捕らえた獣人の子供200名を集めて、生き埋めにした事もあるらしい。
そんな副長がアトフィア教を裏切って獣人の所に走った。
そう思わせる事ができれば、十分だ。この作戦が失敗しても、俺たちの懐が痛むわけではない。くだらない男が1人身内に処分されるだけだ。
しっかり、順番を考えないとならない。
まずは、1,000名居ると言われている宣教師たちを捕まえる。作戦は考えている。来なかったら来なかったでその時には諦める事にするが、汚物は早めに処理してしまいたい。
ロングケープに保管してあった、アーティファクトと聖騎士の鎧や剣を、商隊によってペネム街に輸送する。
と、いう情報を流す。
実際に商隊をクリスとリーリアたちの1日後に出発させれば目くらましにもなる。今更、獣人の1人や2人捕まえるよりも、貴重なアーティファクトを奪い返したほうが上の覚えはいいだろう。と考えてくれたら襲ってくれるだろう。
次は、残してある豪華ではない方の船で、大量の死体とアトフィア教の信者や聖騎士たちに総本山まで帰ってもらう。ボロボロの状態で、聖騎士の鎧も剣も奪われて、ギリギリの食料だけを積んだ状態で船出してもらう。
もちろん、上の奴らが間に合えば、宣教師たちにもご同乗していただく。船が狭くなってしまうが我慢してもらおう。
次は、シロの元部下だった者たちだが、最初は上の船に乗ってもらおうかと思ったが、酷いことになるのは間違いないし、最悪シロの遺髪を届けられない可能性がある。そのために、商隊に混じって帰ってもらおう事にする。総本山に着いたら、その後の判断は自分たちでしてもらう事にする。隊長の自害の情報と、アーティファクトと聖騎士の鎧と剣を奪われた事を報告してもらう事になる。情報が届けられる時間は調整して、副長が総本山に到着してすぐ位に情報が伝わるようになるのがベストだが、俺にはどうなるかわからない。
シロの元部下だけでは不安なので、現ロングケープ領主の名前で書簡をアトフィア教に出す事にした。遺髪の半分を書簡と一緒に送る事にする。書簡の文章は、シロとハツとチュンが考えて書いたので問題は無いだろう。
最後には、無傷で解放された副長が、一部の側近たちとアトフィア教の総本山がある大陸に豪華な船に乗って帰る事になる。
奪われたと報告されたアーティファクト(偽物)や、生き残った少数の信者や司祭と共に帰還する。
”自分たちは、捕らえられていたが、すきを見つけて逃げてきたと・・・”と思わせる。
最後は、成功しても失敗してもどちらでもいい。そのまま逃げるのなら逃げればいい。
これらのことを、ライマン老に後始末として頼んだ。
見返りとして、漁が安定するか、次の収穫までの間の支援を頼まれた。
調整は必要だが、問題にはならないだろう。
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