【第九章 神殿の価値】第二十話 サンドラからの報告
大木の都に住む者たちは順調に増えている。しかし、神殿の都に住む者たちは増えていない。
カイルとイチカたちは、神殿の都で受け入れた。その後に、帝国で二級国民になっていた子どもたちも受け入れた。ヤスが決定したことなので、異議を唱える者は居なかった。神殿の都に住むには、マルスの審査が必要になる。厳しい審査だ。審査基準が公開されていないので、敬遠する者も多いのだ。しかし、他の村では、審査は王国の町や都市に近い状況なので、移民として移り住む者が増えている。
神殿の都ないで特別な施設は、学校関連だろう。カイルたちや帝国で保護された子どもたちで、テスト運用していた学校関連の施設が、正式に稼働し始めた。
午前中は基礎学習を行う。文字の読み書きから、簡単な計算を勉強する。年齢で学年は分けていない。ヤスは、日本の小学校をイメージしていたのだが、育った環境がバラバラで、年齢で分けるよりも、習熟度で分けるほうがいいと判断した。
基礎学習は、テストに合格すれば卒業となる。あとは、成人の年齢まで、学校で生活を行っていく。
食事と住居が与えられる。卒業までは、学校で行われる好きなカリキュラムを受けることが出来るようになっている。
リーゼの治療魔法を教えるカリキュラムは人気講座の一つだ。
他にも、イワンが選出して学校に派遣してきた者が行っている、魔道具の製作講座も人気だ。
ヤスも、最初は運転の講座を実行しようとしたが、神殿の住民から”辞めて欲しい”懇願された。神殿の主が講座を行えば皆が受けたいと思うのは当然の話で、受けられない者から苦情が”学校やギルド”に殺到するのが目に見えていたからだ。
施設の利用は、大木の都の住民には解放した。
成人後でも意欲があれば勉強を始められるようにしたのだ。文字の読み書きは必須ではないが、出来たほうがいいのは当たり前だ。四則演算も必要ではないが、騙されないためにも覚えておいたほうがいい。
学校の施設は、成人前の子供なら無料で利用できる。元々は、住民に限っていたのだが、大木の都も大きくなり、バスの運行が始まったことで、ユーラットだけではなく、トーアフードドルフやトーアヴァルデ、ローンロットだけではなく、湖の村やウェッジヴァイクからも通ってきている。
講座も、いろいろ始まっている。神殿の都の住民が申請して始まった講座も存在する。受講を希望する講座は、最初は”ギルド”で受けていたのだが、作業が多く煩雑になることから、学校に事務局を設置した。
事務局には、三月兎の店主だったラナが就任した。事務局長はお飾りだがヤスが就任している。神殿の都の施設は、ギルド以外は全てのトップはヤスなのだ。ヤスは、面倒だから好きにしてくれと言っているのだが、住民からの求めに応じた形になっている。
学校は、発展には必要な物だが、効果がすぐに現れる施設ではない。
ヤスが、為政者なら学校など作らなかったであろう。各村の代表が集まる会議でも、議題として学校が取り上げられる。支出が飛び抜けて多いのが学校施設だからだ。大木の都は一国として考えると、領土は少ないし、領民も少ない。純粋な戦力で考えると、最弱なのだが、”神殿を攻略した”事実が不気味に見えるのだ。ユーラット近くにあった”神殿”は活動していないと言われていた。しかし、大量のアーティファクトが産出されて、迷宮区と呼ばれる場所まであったのだ。神託を伝えていた皇国のメンツが潰された状態になっているのだ。ヤスだけが目立つ形になっている状態で、”国”としての大木の都は、辺境に出来た”街”程度に考えられていた。
各村の代表は、”村”と呼ばれる場所が、従来の常識で考えれば、”都市”と同等以上の防衛力を有している状態なのを認識している。
ヤスが、頑なに”村”という呼称を続けているので、皆も”村”と呼称し続けている。王国内で、神殿の情報に詳しい者たちは、”村”でないのは承知している。学校で行われている内容は把握していても、その価値に気がついている者は少ない。
学校は、ヤスが絶対に続けると言っている施設だ。運営を行う為の資金の殆どは、ヤスから出ている。
—
サンドラは、4つの案件を持って、ヤスに面会を申し込んだ。
ヤスは、物流倉庫の設営のために出ていた。二日後に戻ってくると伝えられたサンドラは、安堵の表情を浮かべる。4つのうち3つは大きな問題にはならない。問題は、王都から伝えられた内容だ。サンドラは、伝えられた内容を、アデーに確認したのだが、アデーも知らない内容だった。すぐにジークに連絡をして確認したが、書類には不備がなく、すでに発行された命令だった。大木の都は、独立した国家と同等と考えられていて、そこの主人であるヤスに命令は出来ない。サンドラは、与えられた二日間で最大限の努力をした。情報を収集して、打開策を模索した。アデーやドーリスやアフネスを巻き込んだが、いい方法は浮かばなかった。
サンドラは、重い足で約束の場所に向かった。疲れた身体を、重くなっている心が更に重くさせていた。
部屋の前に居たセバスに、ヤスとの面会で来たことを告げる。
「お待ちしておりました」
セバスが開けたドアから、サンドラは部屋に入る。サンドラが、重要な報告があるとヤスに伝えての会議だったので、学校の会議室ではなく、ヤスの工房に隣接して作られている執務室に通された。
「おかけになってお待ち下さい」
「ありがとう」
サンドラを案内したセバスが部屋から出ていくと、入れ替わりにツバキがコーヒーを持って現れた。サンドラが良く飲んでいる物だ。ヤスが座る場所には、紅茶を置いた。サンドラは、出されたコーヒーの美味しさから息を吐き出した時に、工房に繋がる扉が開いて、セバスが部屋に戻ってきた。サンドラは、持っていたカップをテーブルに置いて立ち上がろうとした。
「立たなくていいよ。座って」
セバスの後ろから、ヤスがサンドラに座っているように言っている。素直に従って座り直す。
「悪かった。待たせたな」
「いえ、お時間を頂きましてありがとうございます」
「うん。それで?報告があると聞いたけど?」
「はい」
サンドラは、4つの報告があるとヤスに伝えてある。
細かい内容を伝えようとしたのだが、ヤスがサンドラの様子から、直接会って話を聞きたいと言ったのだ。
1つ目の報告は、各”村”の現状をまとめた物だ。
ヤスは、サンドラから報告を受ける。ヤスは、好きにしていいと、何度も言っているのだが、”村”の代表は、ヤスが”頭”だと譲らないのだ。仕方がないので、ヤスは報告をマルスにも聞かせて、問題がないのかをチェックさせている。サンドラたちも、報告をまとめる時に皆で集まって作成するようにしている。二重にチェックが行われているような状況になっている。そもそも、ヤスは”村”から税を徴収していない。”村”は王国に支払っていたのと同等の”税”を収めようとしたのだが、ヤスは必要ないと言っている。その代わり、集めた”税”は各村で使うように指示を出した。それに異議を唱えたのは、各村の代表だ。折衷案として、”税”は神殿に集められて、全部を各村に配布するとことになった。今は、集められた”税”の説明が行われている。
2つ目の報告は、各村からの提案だ。
ヤスは提案に関しては、どんな些細なことでも伝えるように各村に伝えている。そのために、本当に些細なことからぶっ飛んだ要望までヤスに伝えられる。人間関係や個人的な願いは却下していくが、生活が楽になったり、村の為になったり、公益になるような物ならヤスは受け入れている。
今回の提案の中から即座に採用が決まったのは、3つだ。
一つは、アシュリとトーアヴァルデとローンロットの間に一定間隔で物見櫓を建てたいという提案だ。商人だけではなく、別荘に向かう貴族や豪商の安全を確保するためにも必要だと思われた。サンドラが裏の意味として、貴族たちや豪族たちの置き土産を排除する意味があると言っていた。
置き土産。護衛として申請して連れてきた者を、神殿の近くに忍ばせて諜報活動をしようとしているのだ。完全な排除は難しいが、抑止力にはなると提案はまとめられていた。
実は、物見櫓は必要ではない。マルスが領域を神殿の領域を広げて監視を行っているので、不審者は処理されている。その事実を知らされていない者たちからの提案だった。
二つ目は、一つ目にも関わることだが、守備隊の増強を提案された。予算に問題がないのなら増強は問題ではないとヤスはサンドラに伝えた。
三つ目は、マルスからの微妙な反応を無視してヤスが即決した。各村が集まる”祭り”の開催提案だ。会場の手配から、内容までヤスが責任を持つと宣言した。
残り二つの報告は、一つはそれほど問題ではないのだが、もう一つが・・・。
サンドラは、残っていたコーヒーを一気に煽ってからヤスに報告を告げる。
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