【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察6

   2020/05/10

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。神殿の視察で、神殿の真実の一端に触れてしまった。しかし、これが終わりではなかった。娘の笑顔を見て、これで終わったと思ったが違っていた。
 もう少し、カートを動かしたいと思ったが、ダメだと言われた。今度、休みが許可されたときにまた来て視察し遊びたい。ドワーフの工房は心臓に悪いから、カート場だけでいいか・・・。だが、ドワーフの酒精は魅力がありすぎる・・・。

 カート場を出て、バスと呼ばれたアーティファクトに乗って、教習場と呼ばれる場所に着いた。先程のカート場を大きくしたような場所だ。

「お父様。ここが、教習場です」

「サンドラ?」

 儂は自分の目を疑った。
 バスだけでなく、儂が神殿に来るまで乗っていたアーティファクトと比べると一回りほど小さいアーティファクトが動いている。

「サンドラ。ここは、もしかして・・・」

 聞きたくないが、聞かなければならない。バスに乗った時にも違和感があった。アーティファクトを動かしていたのは、人族の女性だ。

「はい。お父様が考える通りの施設です。ヤスさんのアーティファクトを貸し出して、動かし方を教えている場所です」

「それは、誰でも出来るのか?」

「いえ、教習場はカート場よりも審査が厳しいです」

「審査?」

「はい。マルス殿の審査の合格は必須なのですが、それ以外にも、読み書きや計算。あと、簡単な戦闘の確認もあります。あっあと、アーティファクトの操作に、ある程度の魔力と身長が必要なので、最低限のチェックが存在します。それから、”筆記試験”と呼ばれているテストに合格してから、教習場でアーティファクトの操作を覚える修練が始まります。修練期間は最大で6ヶ月とされています。その間に、試験を受けて、合格できたら、ヤスさんからアーティファクトが貸し出されて、最初は神殿の都テンプルシュテット内部を自由に移動できるようになって、更に試験を受けて合格できれば、ユーラットや関所の村まで移動できる許可がおります。その後は、多分ですが、領都までになると思います」

 娘が省略したが、領都はレッチュ領の領都だろう。
 アーティファクトでの輸送が行える?ヤス殿以外にも?

 ドワーフの工房で見た二級品と言われていた、品質の高い武器や魔道具や日用品が手に入る?
 それだけではない。目に見えないメリットも大量に発生する。まずは、塩や砂糖の輸送が可能になる。関所の村が出来たと言っても、そこから領都までは、安全とは言えない。盗賊は日頃から討伐しているから大丈夫かもしれないが、魔物の被害は・・・。それに、リップル子爵がどう動くのかわからない。帝国も驚異だ。

「お父様?考え事をしている所で申し訳ないのですが、考えている内容は、想像が出来ます。それを実現するためにも、ヤスさんに報告をして提案を受けていただかなければならないと思いますが?」

「そっそうだな」

 いろいろ衝撃的な情報が多くて忘れていたが、儂が神殿に来た理由を思い出した。

「お父様。迷宮区に移動します」

「わかった。どうやって移動する?また、バスに乗るのか?」

「いえ、少しだけ歩きますが、ギルドから移動します」

「ん?」

「大丈夫です。行けばわかります」

 教習場からギルドは割と近かった。それ以上に、住民たちが乗っているアーティファクトが気になった。

「サンドラ。あれは?」

「あれは、ヤスさんが言うには、”バイク”と言うそうです。そして、あれが、”原付き”という名前で呼んでいます」

「自転車とも違うのだな?」

「そうですね。アーティファクトではありますが、自転車は自分の力で動かします。”バイク”や”原付き”は魔力を使って動きます」

「そうか・・・。そうなると、バイクや原付きが欲しくてもダメだな」

「はい。自転車で満足してください。あっギルドや建物の説明は必要ないですよね?建物は、それほど違いはありません」

 確かに、ギルドの雰囲気には違いはない。なぜか安心してしまった。
 娘が、受付に居る女性に何やら話をしてから戻ってきた。

「お父様。行きましょう」

「大丈夫なのか?」

「えぇ問題はありません」

 娘についていく、今までと同じ様にカードをかざすと扉が空いた。緩やかな下り坂になっている。

「お父様。ここが、迷宮区の入口です」

 坂道を歩いて広場のような場所に出た。冒険者らしき者たちが、洞窟の入口あたりで何かを見ている。

「あれは?」

「あぁ相場を見ているのだと思います」

「はい。階層別に、狩れる魔物が違います。ギルドが買い上げた値段や商人が買い取った値段の新しい物から表示されています。時々、商人の希望買い取りも表示されたりします」

「なぜ?」

「ヤスさんが言うには射幸心を煽るためだと言っていました。他にも、正面にいくつも”モニター”があります」

「あれは?」

「近づけば見えてきますが、迷宮区の中を表示しています」

「え?」

 娘に言われて近づいたら、たしかに魔物と冒険者が戦っている様子が表示されている。理解できないが、理解しよう。どうやって表示しているのかは、この際は気にしない。子供ではないが若い者が表示されている戦いを食い入るように見ている。戦闘の参考にするのだろう。真剣な眼差しだ。

 傷だらけの者たちが休んでいる場所がある。迷宮に潜っているのなら、怪我もするだろうし、相手次第では死ぬこともあり得る。なのに、けが人だけが大量にいる場所があるのは理解できない。

「サンドラ。あの部屋は?」

「救護部屋ですか?」

「救護部屋?」

「はい。あっ丁度いいですね。右端のモニターを見てください。そろそろ、消えると思います」

「消える?」

 娘に言われて、右端で戦っている者たちを見る。戦闘は訓練だけではなく実践を見てきているので、娘ほどではないが実力を見る目は持っている。儂から見ても、あの者たちが挑める魔物ではない。もって、5分。早ければ、1~2分でパーティーが崩壊するな。

 儂の見立て通り、1分後に前線を支えていたタンクがやられそうになった。ダメだな。死んだな。

 そう思った瞬間。パーティーメンバーの身体が光に包まれた。そして、次の瞬間には、写っていた場所から消えていた。同じタイミングで、救護部屋の一部が光った。光が収まると、先程戦っていた者たちが現れたのだ。

「サンドラ!どういう、一体、なぜ!?」

「お父様。落ち着いてください。彼らは、約束を守ってくれていたようです」

「どういうことだ?」

「ヤスさんからの命令で、迷宮区に入る時には、ある特定の魔道具を身につける約束になっています。私たちは、ヤスさんの命名通り”リターン”と呼んでいますが、腕輪タイプや足輪タイプ、イヤリング、指輪。いろんなタイプがあります。身に付けて、入口の・・・。あっ彼らのように、全員で入口近くにある魔道具に触れると、パーティーとして認められて、パーティーの誰かが瀕死の状態になった場合に、パーティーメンバー全員が救護部屋に転移されます」

「・・・。死なないということか?」

「そうですね。でも、残念ながら必ず助かるわけではありませんが、魔の森の探索や他の神殿に比べれば死ににくい状況ではあります」

「・・・。サンドラ。この情報は?」

「え?あっもちろん、ギルドには知らせています。お父様。でも、勘違いされるかも知れませんが、攻略が容易になっているわけではありません。実力がなければ、攻略できないのは同じですし、ギルドの難易度で言えば、最高ランクを軽く凌駕しています。ただ、他の場所と違って、順番に攻略していけば実力も身についていくように調整されているだけです。あと、お父様がいきなりどっかのパーティーに入って高難度の階層にはいけません。パーティー内で最低の実績に合わせた階層までしか許可されません」

「・・・。そうか・・・」

 それしか言えなかった。
 ギルドがこれで運営を許可しているのなら、口出ししてもしょうがないのだろう。王都周辺や他の街に居る冒険者が集まってくる事態にならなければいいとは思うが、そのくらいは考えているだろう。

「お父様の懸念がわかりますが、ここは神殿です」

「解っている」

「いえ、解っておられないと思います。迷宮区に入るにも申請が必要です。いきなり、今日住民になった者が迷宮区に入られるわけではありません。それに、神殿の都テンプルシュテットの住民になるのにも審査があります。ヤスさんが言うには、冒険者の審査はゆるくしているとは言っていますが、最低でも2回の審査があり、実績で狩場が決められるような、場所に他の場所で実績を作っているパーティーが来ると思いますか?話の種にするために一度は来る可能性はありますが定住はしないと予測できます」

「そうだな・・・」

 迷宮区の入口を見回すと、確かに若手の冒険者しか居ないように見える。
 武器や防具を売っている店もあるが、人影はまばらだ。道具屋もある。一般的な迷宮と考えれば普通の光景にみえなくもない。

 ここは、モニターや転移を除けば”比較的まとも”だと思える。他の施設がひどすぎたから、感覚が麻痺しているだけかもしれないが問題は内容に思える。
 正直、疲れた。本気で疲れた。来なければよかった。ヤス殿なら、領都に来てくれと言えば来てくれたと思う。サンドラと一緒に来てくれと伝えればよかったのだ。
 そして、心の底から後悔している。好奇心に負けてしまった。でも、視察に来て自分の目で見て知れたのは良かった。後から、知ったら後悔では済まなかったかも知れない。王家に土産も出来た。そうだ、ハインツにも神殿の視察をさせよう。その後で、土産を持って王都に行かせればいい。王都で、王家とのパイプ役をやらせて、ゆくゆくは辺境伯を継がせる。そして、儂は神殿で隠居生活を行う。

「お父様」

「どうした?」

「セバスが来ています。私の家は、ヤスさんとの面談の後でいいですか?」

「大丈夫だ。サンドラの家も気になるが、領都の屋敷とそれほど違いはあるまい」

 娘の可愛そうな人を見る目は気になるが、領都の屋敷は最新の魔道具で固めている。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫・・・・。だよな?
 娘がヤス殿に会うまで儂の顔を見ようとしなかったのは気になったが、気持ちを入れ替えよう。交渉次第で動き方が変わってくる。

F1&雑談
小説
開発
静岡

小説やプログラムの宣伝
積読本や購入予定の書籍の情報を投稿しています
小説/開発/F1&雑談アカウントは、フォロバを返す可能性が高いアカウントです