【第三章 秘密】第二話 準備

 

「晴海さん」
「夕花。部屋で待っていてくれ。外からノックを3回したら鍵を開けてくれ」
「はい?」
「今から少しコンシェルジュに忘れた頼み事をしてくる」
「わかりました」

 晴海は、夕花に先に部屋で待っているように言って、自分は一度ロビーに戻った。
 コンシェルジュに頼んでおきたい事が有ったからだ。

「文月様。何か?」
「もうひとつの部屋の事を問い合わせた者が居たら教えて欲しい」
「かしこまりました。どの様にお伝えすればよろしいでしょうか?」
「端末にメッセージを遅れるだろう?」
「はい。大丈夫です」
「秘匿通信だよな?」
「当然です。警察が来ても情報開示する事はございません」
「わかった。メッセージで頼む」
「かしこまりました」

 コンシェルジュはメモを取らない。
 業務は覚えることにしているのだ。

「もう一点確認したい事が有るのがいいか?」
「はい。なんでございましょうか?」

 晴海が確認したかった事は、ホテルから出る方法だった。
 車での移動になるのだが、どうしてもホテルを出る時に尾行が付いたりする事が考えられる。考え過ぎだとは思ってはいるが、まずは伊豆地区にある別荘に移動するまでは、誰かに見られるのは避けたいと考えている。
 考えられるリスクを回避したいと思っているのだ。

「文月様。申し訳ございません。従業員の出入り口を含めて、全て表通りに面しております」
「そうか、無理を言ってしまったな」
「いえ・・・。少しだけ予算がかかってしまいますが、お車だけでしたら手段が無いわけではございません。確実ではありませんが、かなり高確率で誰にも見られる事なく当ホテルと抜ける事ができます」

 コンシェルジュの話では、ホテルの地下駐車場にトレーラを用意して、車を荷台に入れて運び出すという方法だ。
 確かに、完全ではないが見つかるリスクはかなり少なくできる。コンシェルジュの提案に、晴海は乗ることにした。

 チェックアウト予定の一日前に、トレーラを準備してもらって、早朝にトレーラを名古屋方面に走らせる。足柄のSAで車を降ろして、トレーラは名古屋まで行ってもらう契約にした。

「文月様。準備ができましたら、ご連絡いたします」
「たのむ。部屋の情報端末で受け取れるよな?」
「はい。問題ありません」
「メッセージを入れておいてくれ」
「かしこまりました」

 晴海は立ち上がって、エレベータホールの方に向って歩きだした。

 晴海は数歩進んでからなにかを思い出して、もう一度コンシェルジュの所に戻った。

「夕花に、情報端末を持たせたいけどダメか?」

 制度的には、奴隷は主人の所有物となる。
 情報端末は、個人での取引を行う為の物だ。そのために、奴隷には”基本的”に持たせる事はない。

 古い時代のまだスマホと呼ばれていた頃の”チャイルドロック”に該当する機能を用いる事で、奴隷にも情報端末を持たせる事ができるようになる。
 コンシェルジュは、晴海に説明した。

「端末は?」
「カタログの中に数種類あります」
「発信素子も付けられるよな?」

 発信素子は、昔はSIMと呼ばれていた物だ。
 通信デバイスには必要になっている物だが、発信素子に呼び名が変わった。機能面では、素子だけで通信を行う事ができるようになった。ただし、素子の起動には生体認証が必要になり初期設定時に生体登録を行った者がマスター登録者となってしまう。

 実はここで問題が発生してしまう。
 発信素子は、子供や奴隷がマスター登録者にならないと使う事ができない。発信素子は、単体でも”頑張れば”発着信を行う事ができるのだ、”チャイルドロック”されている端末なら、できる事を制限できるのだが、発信素子の場合にはそれができない。

「もちろんです。できますが、よろしいのですか?」
「なにが?」
「夕花様のマスター登録が必要になってしまいます」
「そうだな」
「発信素子だけで発着信できてしまいます」

 晴海の質問にコンシェルジュが消極的な見解をしめしたのだ。

「問題ない。それよりも、僕の情報端末とペアリングする事はできるよな?」
「文月様の情報端末とペアリングする事はできます。操作方法はおわかりですか?」
「通常のやり方なら問題ない」
「それで、大丈夫でございます」
「わかった。ありがとう」

 晴海はポケットから自分お情報端末を取り出して、コンシェルジュに見せた。

「この端末と同じ物はあるか?」
「・・・」

 コンシェルジュが少しだけ困った顔をしているのを、晴海は見逃さなかった。

「どうした?」
「申し訳ございません。文月様の端末はございません。最新版の最上位機種のご準備になってしまいます」
「それでいい。二台頼む」

 コンシェルジュとしては、奴隷に最新機種を勧めて、主人が旧機種を使い続けるのが問題だと考えたのだが、”二台”と言った事で、主人である晴海も交換するつもりだと解って”ほっと”したのだ。

「かしこまりました。ご準備ができましたら、お部屋にお持ちいたします」
「頼む」

 今度こそ晴海は、エレベータホールに向った。
 先に予約した部屋がある階に移動してから、非常階段で夕花の名前で予約した部屋がある階に向かう。

 わざわざそんな事をしたのは、ロビーで晴海を見ている視線を感じたからだ。
 監視されているとは思わなかったが、部屋の回数まで登られると厄介な事になりそうだと考えて、別の階に移動してから、階段を使う事にしたのだ。

 晴海は、部屋を一旦通り過ぎてから、尾行や監視している視線が無いのかを確認してから、ドアを3回ノックした。

 鍵がすぐに開けられて、ドアが開いた。

 夕花が部屋から出て出迎えようとしたので、晴海は慌てて部屋に入った。
 監視が居ない事は確認したが、リスクは少ないほうがいいに決まっている。別荘にたどり着くまでは、夕花の事は伏せておきたいと考えていたのだ。

「晴海さん?」
「ん。これからの事を話して、夕花にも考えてほしいからな」
「はい!」

 夕花を伴ってリビングに腰を降ろした。
 正面に夕花を座らせた。夕花は、座ってから飲み物が出ていない事に気がついて、備え付けのキッチンに向かおうとした。

「夕花。いいよ。せっかくだから、なにか食べながら話をしよう」
「よろしいのですか?」
「一緒に食べよう」
「はい!」

 晴海が、部屋に備え付けられている端末を操作して、メッセージの確認を行う。
 支払いが承認されたメッセージが最初に出ていた。支払い金額も表示されていた。

 夕花が選んだ服の準備ができた旨のメッセージも届いていた。その中から、部屋着と寝間着を数点部屋に届けるように依頼を出す事にした。同時に、ルームサービスとしてサンドイッチを頼んだ。

「夕花。アルコールは大丈夫か?」
「飲んだことはありません」
「わかった」

 晴海は、二人分のフレッシュジュースを頼んだ。

「晴海さん?」
「ん?あぁアルコールは気分じゃないからね。フェレッシュジュースなら大丈夫だろう?」

 夕花が頷いたのをみて、晴海は注文を確定させた。
 15分ほどで届くと表示されたので、晴海はメッセージとして、情報端末と服の準備ができたら、一緒に持ってきて欲しいと伝えた。

 2分後に、メッセージで30分後に持っていくと連絡が入った。

 晴海はメッセージに了承の返事を出した。

「夕花。僕は、シャワーを浴びるから、適当に待っていてくれ」
「ご一緒いたします」
「うーん。いいよ。軽く汗を流すだけだからね」
「はい」

 明らかに、残念そうな表情を夕花は浮かべた。
 夕花自身もなぜ自分が残念に思ったのかわからなかった。

 夕花は、晴海が替えの下着どころか、着替えさえも持っていない事を思い出した。
 部屋には、ガウンが備え付けられているのだが、下着を付けないで着るという選択肢を選ぶには夕花は経験値が足りていなかった。

 晴海は、シャワーだけ浴びて、下着や服はそのまま着るつもりでいた。
 夕花との会話が終わってから、夕花を先に寝かせてから、ゆっくりと風呂に入るつもりでいたのだ。

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