【第四章 スライムとギルド】第六話 緊張する
最悪だ。
今までにないくらい興奮もしている。しかし、緊張が、興奮を上回っている。吐きそうになってしまっている。
最初は、円香さんも、蒼さんも、孔明さんも付いてくると言ってくれていたが、蒼さんは、私たちが(主殿から提供された情報を、検証してマイルドな物から)公表した件に関して、元の職場から呼び出しが掛かった。
この時点で、主殿には約束をしていて、日時の変更を言い出しにくい状態になってしまっていた。主殿に都合がいい日をいくつか出してもらって、その中から選んだのはギルド側だ。
でも、蒼さんが居なくても、孔明さんでも、円香さんでも、千明でも、キャンピングカーの運転はできる。
日時を約束した後で、主殿の拠点に行くことが決定した。
場所が確定して、キャンピングカーでの移動は不可能となった。主殿の拠点があんな場所にあるとは・・・。予想はしていた。でも・・・。
主殿は、高校生だと言っていたけど、あの場所から学校に通っていたのか?
今日は、主殿から依頼されていたことの、初めての報告を行う日だ。思っていた以上に問題が多い報告になってしまって、主殿にお願いして安全に報告が行える場所を用意して貰った。
まさか、それが・・・。主殿の家に来て欲しいと言われるとは思わなかった。
私は、絶望した。円香さんと孔明さんは喜んだ。蒼さんも、凄く喜んだ。千明は、フェードアウトを狙っていた。
蒼さんはしょうがない。本人も、元の職場から頼られたら嫌とは言えない。
でも、まだ円香さんと孔明さんが居たはず・・・。
今、私はクロトとラキシをキャリーに入れて、電車に乗っている。
ギルドからは新静岡の方が近いけど、目的の駅はJRだ。静岡駅まで、千明に送ってもらって、東海道本線の上りのホームから電車に乗った。
電車がホームを出ていく、30分くらいかな・・・。
なぜ一人になっているのか?
ワイズマンからの明確な命令だ。主殿が信頼している。又は、信頼を寄せ始めている者だけで行くようにという事だ。皆が、私を一斉に見た。
主殿と最初に会話したのは、円香さんだ。主殿との窓口は、私が担当した。主殿と話をして解ったのは、スライムになってしまっているが、本質は変わっていないということだ。人なのだ。そして、同情したりする必要はない。主殿は、スライムになってしまった事は、既に自分の中で折り合いを付けている。ただ、なぜこんな事をしたのか?そして、行った人物を知りたいという事だ。もし、主殿をスライムにした者が魔物なら、その魔物を捕えて始末したい。人なら、罪に問えるのなら、罪に問いたい。そして、自分と同じような者が産まれないようにしたいと考えている。
外を見ると、目的の駅に近づいてきている。
待ちまわせ時間の前に着くように電車に乗った。
緊張で言葉がおかしくなりそう。主殿との会話で困らないように、丁寧に話さないと・・・。思考も切り替える必要がある。
孔明さんが、蒼さんに呼ばれました。
蒼さんだけでは、しっかりと説明が出来なかったようです。そのあとで、円香さんが本部に呼ばれました。ワイズマンからの情報を得て、本部が動いたようです。円香さんが、主殿から買い取った物を持って、本部に向かいます。買い取る予定になっている物で、まだマイルドな物を数点と、最高の危険物を持って本部に向かいました。渡米です。簡単に帰って来られないでしょう。でも、必要な儀式です。予定では、もっと後だったのですが、それだけ主殿から提供された情報のインパクトが強かったのです。
私たちも、本部の反応を受けて、考えなおしました。
主殿と話をして、検証ができる情報の検証を行って、ワイズマンに提供して公開情報にしたのですが、私たちは主殿の他の爆弾とも言える情報を知っています。特に、魔石を使って、動物を魔物化する方法は、私たちでは検証が成功していませんが、成功例が3匹います。他にも・・・。
魔石の利用方法だけでも、円香さんの呼び出しがかかる位の情報だとは考えていませんでした。
失敗でした。ギルドの予算を増やすために公開する必要があったのですが・・・。本部からの呼び出しとは・・・。
それで、私が一人で主殿の拠点に向かっている理由です。
千明は、ギルドに誰も居なくなると困るという理由で留守番です。出かける前に、留守番なら変わると言ったのですが、無駄でした。アトスと留守番しているから大丈夫だと言われました。
たしかに、4-5人の強盗ならアトスだけで撃退してしまうでしょう。
3匹の中で、アトスが武闘派になってしまって、蒼さんとの模擬戦でハンデを貰っても楽勝な状況になっています。
(ふぅ・・・)
現実逃避をしていても、電車は予定通りに進んで、目的地の寂れた港町に到着してしまいました。
ホームに降りたのは、私だけです。
改札を出ると、なんと・・・。主殿が待ってくれていました。
急いで、駆け寄る。
「お待たせして、もうしわけありません」
「いえ、私が早く来てしまっただけです」
主殿の姿は、私服なのでしょうか?可愛い恰好です。こうして見ると、少しだけ小柄な女子高校生です。
先日の制服姿ではない。ライ殿が一緒ではないのは、周りの人を気にされたのでしょう。
「・・・?どうしました?」
「クロトちゃんとラキシちゃんを連れてきたのですね?」
「え?ダメでしたか?」
「いえ・・・。ただ、駅などの公共施設には、魔物を感知する装置が設置されていると聞いていたので・・・」
主殿の言葉を聞いて、主殿が駅のベンチで待っていなかった理由が解りました。
「あ・・・。それは、私たちも検証中なのですが、クロトもラキシもアトスも反応しないのです。本部から送られてきた最新の物でもダメでした」
「え?反応がしない?」
「はい」
初めて、主殿に有益な情報を渡せた気がします。
「里見さん。試してみていいですか?」
「あっ。私の事は、茜と呼んでください。ギルドでは、”茜”が定着しているので・・・」
「わかりました。茜さん。駅には、魔物の感知を行う装置があるのですよね?」
「はい。設置の義務があります。主殿が、試されるのですか?」
「ダメですか?」
少しだけ考えて、主殿の実験を許可しました。
私も興味があります。それに、この駅は無人ではないのですが、ほぼ無人駅です。私のギルド証を出せば、警告音がなっても大丈夫でしょう。
「大丈夫だとは思いますが、アラームがなってしまった時には、小さなスライムを出して貰って、第三者に見つけてもらって、私が討伐したということに出来ますか?」
私の提案を、主殿は了承してくれました。
実際に、主殿が手の平を広げると、こぶし大のスライムが現れます。
適当に動き回るだけのスライムらしいです。よくわからないので、スルーしました。
主殿も緊張しているのでしょうか?
少しだけ歩く速度が遅いように思えました。しかし、駅の券売機の前まで行って、入場券を購入して、改札を出ます。
警告音がならない。
装置が切られている可能性を考えて、私が持っている特殊なコードが組み込まれたスマホで確認します。
装置の設置状況と稼働状況が解るようになっているので、確認をしますが、オールグリーンです。装置も稼働している。魔物も検知していない。
監視カメラがあるので、死角になりそうな所で、スライムを出してみたのですが、装置は反応しません。
欠陥品でなければ、困った情報です。
魔物の一部は、装置に反応しないことになってしまいます。主殿に協力して貰わなければならない事柄が増えました。
まずは、今の情報を千明に転送しておきます。
千明から、円香さんと孔明さんと蒼さんに通達してもらいます。
(ははは)
最初は、緊張していました。凄く凄く凄く緊張していました。
この場所に来ることを、”嫌”だと思っていましたが、今は、来てよかったと思います。
主殿が戻ってきた
「どうでしたか?警告音は鳴らなかったのですが?」
「なりませんでした。それに、装置が検知すると、ギルドに報告が上がるのですが、それもありません」
「装置が故障していたのですか?」
「ギルド側で調べられる状況では、オールグリーンです」
「問題がなかったという事ですか?」
「そうです」
「うーん。茜さん。後で、少しだけ実験に付き合ってください。あっ装置の仕組みとかは秘密ですか?」
主殿の言葉が不穏当ですが、気にしません。
面白そうなので、全面協力です。
「私の権限内なら提供します」
「ありがとうございます。他にも、いろいろお見せしたい物があるので、報告を聞いた後で相談に乗ってください」
あっ
ダメな奴だ。
でも、覚悟を決めます。楽しそうなのは間違いない事です。
「わかりました」
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