【第九章 ユーラット】第十八話 そのころ
ヤスが慣れないことをしている頃。
リーゼは、神殿に来ていた。
サポートは、ファーストだけだが、マルスが監視をしているので、大きな問題になっていない。
リーゼが神殿に足を踏み入れるのは、今回が初めてではない。
エルフの里から戻ってきてから、皆が忙しそうにしている時に、黙って神殿に入ろうとした。武器と防具の一式を持ち出して・・・。
マルスからファーストに連絡が入って、アタックする前に見つかってしまった。
リーゼは、皆がヤスの為に知恵を絞っているのを、自分では知恵の面では役に立たないから、力をつけようとしたようだ。
エルフの里での経験や、帰り道での経験から、リーゼの心境にも変化が見られた。
そして、ヤスへの気持ちを自覚し始めた。
友愛なのか、親愛なのか、線引きが出来ないフラフラとした状態だが、ヤスの側に居るのは自分だと強く意識するようになった。
ヤスの手伝いの為に・・・。
自分に何ができるのか?
そして、何をしたほうがいいのか?
知識では、アーデルベルトやサンドラには及ばない。人生経験では、辺境伯だけではなくアフネスやロブアンだけではなく、イザークやルーサにも及ばない。力では子供を除けば弱い方から数えた方が早い。愛嬌はあるとは思っているのだが、ヤスの好みなのか聞いたことがないから解らない。
アーティファクトの操作では、ヤスを除けば一番だと言えるかもしれないが、ヤスの代わりはできない。
全部が中途半端に思えてしまっている。
そこに、帝国からの姫が亡命してきた。リーゼから見ても、素敵な女性だと思えた。
リーゼは、ヤスの隣にいるために、自分だけの武器を得る必要があると考えて、神殿にアタックをおこなおうとしていた。
リーゼに手を差し出したのは、マルスだ。
マルスは、エルフの里にある”マリア”から情報を得て、エルフ種の上位種族である”ハイ・エルフ”の能力解放が発生する方法の把握を行っていた。リーゼには、ファーストが説明をしているのだが、”能力解放”がハーフで発生する可能性は低い。それを認識した上で試練に挑むのならサポートを行うと説明をしている。
リーゼは、ファーストの提案を二つ返事で受け入れた。
可能性が低いだけで、”0”でないのなら挑戦をする。”能力解放”がおこなわれれば、ヤスの隣に居られる。それなら”挑戦する”しか考えられなかった。
それから、リーゼはマルスから指示を受けているファーストと一緒に、神殿の奥地で訓練を行っている。
神殿の入口では、ギルドからの依頼や貴族からの依頼を受けた者たちが活動を行っている。そこに、女性二人だけのパーティーが入り込むと、目立ってしまう。その為に、マルスは専用の入口を作成して、リーゼたちはそこから神殿の奥地に移動している。そうでなくても、リーゼは神殿では有名だ。その為に、二人が他の者たちからの干渉を受けない場所をマルスが用意した。
「リーゼ様。もうそろそろ・・・」
「もう少しだけ、何かが掴めそう」
「わかりました。前方の角を曲がった先に、エント2体。来ます」
リーゼの”能力解放”が、発生するのか、マルスの計算でも高く見積もっても1割を下回っていた。実際には、2?3%くらいだと思われていた。
エントを倒した瞬間に、リーゼは何か解らない力が身体から、心から溢れだすのを認識した。
目を瞑り、力の根源に意識を集中した。
手順は解らない。でも、間違っていないと確信している。
力の場所を把握して、自分の身体に溶け込むように受け入れる。概念の世界で、リーゼは欲しかった力を手に入れた。
実際には、まだ力の片鱗を掴んだに過ぎないが、大きな力の入口にリーゼが立ったことになる。
伝説の巫女が誕生するまであとわずかの所まで辿り着いた。
—
マルスは、リーゼの覚醒(の始まり)を歓喜の想いで受け止めた。
マルスは、ヤスのサポートを行うための演算装置だ。
感情を持って産まれる生命体ではない。
マルスは、神殿と融合した。
正確に言えば、神殿を支配し、吸収してしまった。神殿の本来の力を、マルスが統合したのだ。
マルスは、ヤスの指示に従って、神殿を拡張した。
拡張の過程で、多くの者を取り込んでしまった。
取り込んだ者や、生活している者からの影響を受けて、マルスは感情を”理解”した。
マルスは、自分が感情を得たのだとは思えなかった。感情を持っている”生命体”から学んだのは、感情が心だけでなく、肉体にも影響を及ぼすということだ。その為に、肉体を持たないマルスでは、感情が得られないと思えた。
マルスは、自分は感情を得たのではなく、感情を理解したと考えた。
—
リーゼが、覚醒の扉に手をかけて、マルスが感情を理解している頃。
「ルーサ」
「悪いな」
「何だ、大将関係か?」
「最終的には・・・」
ルーサは、仕事の合間を見つけて、集積所に来ていた。
エアハルトに相談をするためだ。
既に、ルーサ/ヴェスト/エアハルトには、オリビアたちが考えた作戦が伝えられている。
その結果、誘導されるように発生する物事も予測だと注意書きがあることが伝えられている。
「戦争か?」
「帝国の姫が神殿に亡命してきたのは聞いたな?」
「そうか・・・。相手は帝国か?」
「そうだ。集積所は大丈夫だと思う。大将から行動計画は来ているよな?」
「ぶっ飛んだ計画が来ている」
「ははは。俺のところにも来て、エアハルトと相談して欲しいと言われた」
「相談?」
「ローンロットもトーアフートドルフも攻められる心配はなさそうだ。違うな、ローンロットは・・・。可能性は低いが、森を抜けられたら・・・。防衛戦に戦力が必要だろう?」
「そっちは、大丈夫だ。手配した」
森の中にある村に指示を出している。指示だけではなく、指示を実行するための機材や人材の手配も終わっている。攻め込まれたら逃げてくるように伝えて、森の中でも移動が可能なアーティファクトを待機させている。次いで、日頃の物資の搬送頻度を上げている。
「そうか・・・。アシュリは、今回は物資の一時保管場所になる」
「主戦場が大将の予測通りなら、たしかにアシュリが・・・」
「そこで、アシュリにある機密情報や外に出しにくい物資の搬送を頼みたい」
「搬送?どこに?」
「保管場所は、ローンロットで頼む。それから、外に出せる物資をアシュリに集約させたい。頼めるか?」
「うーん。ルーサの目的は解ったが、預からせてくれ、王国内への配送がまだ終わっていない。大将が動いてくれたら、簡単だが・・・」
セミトレーラは、ヤスしか運転が出来ない。
実際には出来るのだが、ディアナが拒否してしまうために、実質的に動かせるのはヤスだけだ。その為に、王国内の配送は軽トラックが主戦力になってしまっている。道幅の問題もあり、トラックでの運用が可能な場所は限られてしまっている。
「わかった。だが、アシュリからローンロットへの輸送だけは頼みたい。俺たちだけだと、終わりが予測できない。慣れた奴に頼みたい」
「わかった。そっちはシフトを考える。期間は?」
「できるだけ早く。報酬は?」
「物資のなかから流せそうな物があれば、物資が欲しい」
「武器?」
「この件で、ヴェストが欲しがっていた。足りてはいるけど・・・」
「聞いている。義勇兵だろう?」
「あぁ帝国から、現在の帝国に反発する者が流れてきているようだ」
「中途半端な奴らに武器を渡していいのか?外に出せないような物が多いぞ?」
「それは、大丈夫だと思う。見せるための武器が欲しいと言っていた」
「見せる?」
「義勇兵の奴らには渡さない。大丈夫だと判断された奴に渡す武器だ」
「それなら・・・。わかった。大将には?」
「伝えてある。ルーサの・・・。アシュリに流れている武器は、尖がった性能が多いから、帝国に流れても問題はないと言っていたぞ?」
二人は、お互いの指示を確認して、大きなため息を吐き出した。
「「大将・・・」」
この場には居ないヤスに向けて・・・。
しかし、やることはやらなければならない。トーアヴェルデに居るヴェストを呼び出して3人で物資の搬送と必要になりそうな人員の確保を行うことにした。
神殿以外では、いつ戦争になっても不思議ではない雰囲気が漂い始めている。
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