【第七章 王都ヴァイゼ】第四話 ヤスは?不在でも話は進む

 

 ドーリスは神殿の状況とヤスに関して感じたことを率直に語った。

 あたたかいお茶を口に含んだ。神殿で出されたお茶よりも美味しく感じない。領主が一緒なので、お茶にも気を使っているのだろうが神殿で出されたお茶の方が美味しく感じてしまっている。

「ドーリス殿。今の話はどこまで真実なのですか?」

 話を聞き終えた領主が最初に言い出した。

「全部です。信じてもらえるとは思っていませんが、事実だけを語っています。感じたことやサンドラさんと考察したことを含めたらもっと荒唐無稽な話になってしまいます」

 ギルドマスターであるコンラートは冷めきってしまったお茶を飲み干してから領主を見る。

「クラウス様。ドーリスの話を聞いて何を思いましたか?俺は、本当に、本当に、心の底からヤス殿と敵対しなくてよかったと思っていますよ」

「そうだな・・・。サンドラとランドルフと儂の首を差し出せば・・・。ダメだな」

「はい。領主様。無意味です。サンドラさんからの手紙にかかれていると思いますが、ヤス殿に取り入るのは難しいと考えてください。首を差し出せば関係が悪化するだけです」

「どうしたらよいと思う?」

「それは、『領主として』ですか?王国の『貴族として』ですか?サンドラさんの『父親として』ですか?」

「全部だ」

 ”ふぅ”と大きく息を吐き出して、新しくいれてもらったお茶で喉を潤してからドーリスは領主を見つめる。

「・・・」

「率直な意見を聞きたい。特に、神殿の主に関してだ!サンドラの考察とやらを含めて聞かせて欲しい」

「私とサンドラさんだけが感じていることかも知れませんよ?」

「頼む。今は、情報が欲しい」

 領主がギルドの職員に頭を下げる。
 辺境伯という立場に居る貴族なのに命令しないで懇願したのだ。

「わかりました。ヤス殿は・・・。善良な人物です。善良がゆえに歪んでいると思います」

「歪んでいる?」

「表現が難しいのですが、間違いなく善良です。でなければ、大量の移民を受け入れません」

 コンラートも辺境伯もうなずくしか無い。

「そうだな。家を与えて、畑も与えて、それでいて対価を要求しなかったのだろう?」

「はい。それどころか、魔石や食料を提供してくれます。一部の人間には、アーティファクトの使い方を教えて、ユーラットと交易を始めています」

「神殿の主になんのメリットがある?人頭税も要求しなかったのだな?」

「はい。サンドラさんがヤス殿に進言したと言っています。が、”税”は必要ないと言われたそうです」

 ヤスが歪んで見えるのは価値観の違いが大きいからだ。神殿としては、神殿の領域に住んでくれるだけでメリットが存在している。討伐ポイントが稼げるのだ。ヤスが生活するのに必要な物は、金銭で得られる少量の物資だがそれさえも討伐ポイントで交換出来てしまうのだ。
 家の設備にかんしても、ヤスの基準は自分が住んでいた場所なのだ。多少やりすぎだと思える部分は認識しているのだが、必要だろうと思ってそのままにしている。
 魔石に関しては、完全にドーリスやサンドラの勘違いなのだ。家やギルドに設置されている家電魔道具は魔石を燃料にして動いていると思っていた。少数の魔道具は魔石を必要としていたが、ほとんどの家電魔道具は燃料を神殿から供給されているのだ。

「サンドラを神殿の主にと思ったが無理だな」

「どうでしょう?判断は出来ませんが、難しいと思います。女性が嫌いという雰囲気はありませんし、経験もお有りのようです。ディアス殿の話を聞いて憤慨しておられました。身体を要求されれば差し出す状況に至っても要求すらしませんでした」

 辺境伯はギルドマスターのコンラートを見て自分の判断を口にした。

「コンラート殿。儂は、神殿の主に会いに行こうと思う」

「そう言われると思っていました」

「ドーリス殿。他にはなにかあるのか?」

「漠然としていますね?」

「おかしなことと言えば神殿の主に申し訳ないか・・・」

「いえ、おかしくないところを探すのが大変です」

「そうだよな。あれほど高性能のアーティファクトを貸し出したりして大丈夫なのか?」

「原理はわかりませんが、盗まれても、いずれ動かなくなると言っていました」

「どういうことだ?」

「動力を補充できるのが神殿の中だけで、修理も補修も同じだと言っています」

「・・・。神殿から持ち出しても動かなくなるのか?」

「それは違うと思います。実際に、ヤス殿は王都までアーティファクトで移動しますし、カスパル殿が神殿とユーラットの間をアーティファクトで人や物資を運んでいます」

「一定期間、神殿から離れると動きが止まる感じなのか?」

「わかりません。わかりませんが、アーティファクトを動かすためには、なにか条件が有るようです。カスパル殿は動かすことが出来ますが、ミーシャ殿やディトリッヒ殿は動かせません」

「いろいろ聞いたが余計にわからなくなっただけだな。それで、どうしたらいいと思う?」

 領主は、ドーリスが意図的に考えをそらしたと思った。実際にドーリスは答えにくい質問を曲解して答えたのだ。
 しかし、領主はドーリスの考えを見抜いた上で話を元に戻したのだ。それだけ領主は切羽詰まっている状況なのだ。

「わかりました。わかりましたが、私の意見ですよ?」

「わかっている。ドーリス殿が迷惑に思うことはしないと誓おう」

「この状況が迷惑だと言うことはダメですか?」

「それは勘弁して欲しい。あと・・・」

 コンラートを見て、ギルドにも迷惑にならないように配慮すると付け加えた。

「そうですか・・・」

 ドーリスの話は、辺境伯や領都のギルドマスターに告げるには辛辣な意見になっている。

 辺境伯という立場と王国の貴族という側面は似ている。
 神殿を独立させるか、一つの国家として認めると宣言してしまうことだ。しかし、ヤスの考えもありしっかりと話すことが前提になっていると話をまとめる。

 移住者や移住に至った経緯もしっかりと領主の立場として説明しなければならないだろう。
 見方によっては厄介事を押し付けたと取られてしまう。辺境伯として情報をおおやけにすることで、他の貴族から問題視される可能性が高い上に、王から叱責される可能性だってある。それらを全部飲み込むつもりがなければ『知らぬ、存ぜぬ』で通すしか無いのではないかという意見だ。

 うなりながら辺境伯は考えるしか無いのだが、ドーリスの話はまだ半分だ。
 サンドラとランドルフの父親としての辺境伯の立場もある。貴族的に見れば、神殿の主と繋がりを作るために娘を差し出したと見られるだろう。貴族間ではよくある話なので問題にはならない。問題になるのはランドルフのことだ。父親として首を落とせなかった。今から落としては、事実は違っていても神殿の主が首を所望したと見えてしまう。ヤスはそれを望まないのはわかりきっていることだが、ランドルフが無罪放免になるのは貴族として問題になってしまう。
 父親としてはランドルフの継承権の剥奪だけで終わらせたかったのだが状況が悪い方に動いてしまった。

「辺境伯様。辺境伯様は、ランドルフを守りたいのですか?それとも・・・」

「ランドルフがしたことを考えれば死罪だ」

「そうですね。でも、今首を落とせば事実は違っても、ヤス殿に疑いの目が向く」

「儂は、貴族として間違った選択をした。今後は間違えないようにしたい。父親としては、ランドルフに生きていて欲しいが、貴族としては無理だとわかっている」

「そうですか・・・。セバス殿。神殿の主であるヤス殿に使える執事兼神殿の都テンプルシュテットの責任者ですが、彼と話をしたときにちらっと言われたことなのですが・・・」

 ドーリスが語ったのは、辺境伯の立場を守るには最適の手段だと思われた。辺境伯だけでなく、ヤスとの関係改善にも役立つ可能性だってある。
 実行に移したとして成功しても失敗しても問題にはなりにくい上に神殿の主であるヤスに迷惑がかからない。そして、帝国への楔に使える可能性だってあるのだ。

「ドーリス・・・」

 コンラートが愕然とするのも当然だ。
 ドーリスの口から提案される手段だとは思えなかったのだ。短い間だが、神殿に住んで、あの空間をうしないたくないと考え始めているのだ。それだけではなく、自分が役立つ部分は裏側では無いかと考え始めていた。
 ギルドは自分とサンドラが仕切ることになるのだが、表の作業はサンドラがそつなくこなしてくれる。裏の事情もわかった上で表として働いてくれるだろう。
 本当の裏は、セバスたちが担当するのだが、表と裏の橋渡しが必要になる、神殿の都テンプルシュテットにあるギルドのギルドマスターという立場がある自分が担当するのが一番よいと理解したのだ。

 ドーリスの提案を”是”とした二人は詳細を相談することになった。
 王都からの帰りにも領都に寄る。寄ったときにヤスをギルドにつれてくるか、二人がヤスに会いに行くこととなった。それまでに、ランドルフの処遇を決定して、ドーリスが持ち帰る。

 ヤスがセミトレーラで惰眠を貪っている最中にいろいろと物事が動き出した。

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