【第六章 約束】第十一話 共和国の闇

 

「殿下?」

「ん?」

「それで、調べるのですか?」

「命令だからな・・・。そんな顔をするな。私としても、調べないほうがいいような気がしている」

 ユリウスは、燃え残った紙片を見つめている。
 重要な文面は残されていない。しかし、ユリウスやハンスたちの頭には命令の形で書かれていた”共和国の闇”が残っている。

 確認しないほうがいいのは、自分たちというよりも、ライムバッハ家のためだ。

「殿下。ご命令を・・・」

 ユリウスは、天幕の中でもっとも信頼できる者を探した。しかし、ユリウスが求める者は、”約束”を守るために、王国に帰還している。
 天幕の中にいる者たちをしっかりと見つめてから、大きく息を吸い込んだ。

「共和国には協定違反の疑いがある。ハンス。5000を率いて、西門を閉鎖せよ」

「はっ」

「ギード。おまえは、ギルベルトと一緒に、東門からデュ・コロワの首都に入り、行政を抑えろ。援軍で来ている3000を預ける」

「殿下!それでは、殿下を守る兵が少なすぎます」

「大丈夫だ。俺は、ここから西にある平原までさがる。そして・・・。街道を抑える」

「・・・」

「本当に、大丈夫だ。街道の分岐は抑えたい。違うか?」

 ユリウスの案は、大きくは間違ってはいない。
 自分自身を囮に使おうとしているのが気に入らないだけだ。

「心配なら、さっさと制圧して証拠を押さえて戻ってこい」

「「御意」」

 ハンスとギードの言葉が重なった。
 二人は、深々と頭を下げてユリウスの指示を具体的な戦術に落とし込むためにはなしはじめる。

「ユリウス」

「ギル。悪いな。面倒な役割を押し付けてしまって・・・」

「かまわない。それよりも、本当に無理はするなよ?おまえに何かあったら、俺がアルに殺されてしまう」

「大丈夫だ。さすがに、俺もわかっている。無茶はしない約束する」

「本当に・・・。アルが居ればと思ったことは、何度も有ったけど・・・。今回は・・・」

「そうだな。アルが居れば、俺の代わりに街道を抑える役目か、ギードの代わりに突入部隊を任せて・・・」

 二人は、居ない者を考えても仕方がないと思っていても、二人が信頼している独りの男を思い出して考えてしまった。
 ライムバッハ領を任されるようになってから、誰も口に出しては言わないが、皆が同じ思いを持っていた。

「ギル。頼む」

「任せろ。ん?国としては、見つかったほうがいいよな?」

「そうだな。ライムバッハ家としては・・・。微妙だな」

「微妙?」

「正確には”間違いであってほしい”だな」

「え?領土が増えるのだろう?」

「あぁ最低でも、デュ・コロワ国は、ライムバッハ領になるだろう・・・。ギル。考えてみろ、国境が変わる。共和国は、国境が複雑になっている。それらの交渉をしなければならない。そして、問題は外だけではない」

「ん?」

「問題は、国内だ」

「え?」

「ギル。考えてみろ。もし、デュ・コロワ国だけを割譲できたとして・・・。今のライムバッハ家なら運営は大丈夫だろう。少し・・・。本当に少しだけ、文官が負担を強いられるだけだ」

「それはそうだが・・・。領地が増えるのだから、役職も増えるからいいのでは?」

「そうだな。ライムバッハ家としては、問題は少ない」

「なんだよ?何が問題になる」

「ギル。デュ・コロワ国の国境はライムバッハ家だけが接している」

「そうだな。辺境伯の名前は伊達じゃない」

「あぁそうなると、共和国を傘下に加えても、増えるのはライムバッハ家の領土だ。あとは、王家の直轄領とするかだが・・・」

「・・・。王国内の貴族がうるさい?」

「そうだな。それは、王家が黙らせればいいのだが・・・。デュ・コロワだけが協定違反をしていると思うか?」

 ギルベルトは、首を横に振る。

「ギル!」

 天幕の外から、ギルベルトを呼ぶ声が聞こえる。
 準備が出来たようだ。

「行ってくる」

「頼む。無理はしないでくれ」

「大丈夫だ。俺は、ユリウスやアルとは違う」

 笑いながら、ギルベルトが差し出した手をユリウスは握った。

 天幕を出ていくギルベルトを見送ってから、ユリウスは残っている兵に指示を出した。

 共和国は、”民衆による政治”を謳っている。

 過去には、”抑圧された民衆を解放する”という理由で、王国に攻め込んだ。その時に、共和国軍を撃退したのが、2代前のライムバッハ辺境伯だ。ライムバッハ家の意向を受けて、領土の割譲を望まなかった。領土が増えても、当時のライムバッハ家では領地の運営ができなかった。
 王国が望んだのは、”奴隷制度の撤廃”と”共和国外への食料輸出の禁止”を突き付けた。

 特にライムバッハ家が望んだのは、奴隷制度の撤廃だ。
 民衆を考えてのことではない。王国と共和国と帝国の関係は絶妙なバランスで成り立っていた。

 帝国は、王国にちょっかいを出すときに、主に”奴隷兵”を肉壁にして攻め込んできた。その奴隷兵の提供元が、共和国だ。共和国は、自国や近隣諸国から民衆を攫ってきて、”奴隷”として帝国に売っていた。帝国は、”奴隷”を隷属状態にして戦わせていた。ライムバッハ家は帝国とは国境を接していない。しかし、共和国とは国境を接している。共和国の”商人”を装った者たちが、ウーレンフートなどのライムバッハ領からも民衆を攫って、奴隷として売っていた。

 そして、帝国は自給率が低い。王国で食料の買い付けを行っているが、戦争状態になればもちろん食料の買い付けは不可能になる。そのために、帝国は共和国から食料の買い付けを行っている。

 王国は、共和国に二つの約定を呑ませた。
 共和国にもメリットが存在した。食料の輸出が禁じられたことで、共和国の人口が徐々にではあるが増えた。増えた人口が、今回は足枷になってしまっている。

 そして、増えた人口を有効に使おうと、第三国を通じて帝国に国民を売っていた。
 隠れ蓑を用意して、”奴隷制度”を復活させていた。

 ユリウスによってもたらされた情報だ。

 ユリウスたちが捕らえた共和国の要人を人質として王国内に護送した。
 ライムバッハ家で一時預かりになり、その後、王都に送られることになっていた。ライムバッハ家で調書を作成していた時に、自分が助かりたい一身で、”奴隷売買”に手を染めている議員がいる事をほのめかした。また、それらの情報と合わせて、商人からも似たような証言を得ていた。

 ”奴隷制度”を復活させていれば、まだマシだったかもしれない。
 しかし、共和国は”拉致した者たちを奴隷として販売”していた。増えた自国民だけではない。ダンジョンを訪れた王国民もターゲットになっていた。

 ユリウスたちが”見つかってほしくない証拠”と言っているのは、”王国民”を奴隷として帝国に違法に売っている証拠だ。かなり期待は薄いと思っている。共和国は商人たちが牛耳っている国だとしても、”奴隷売買”を一般商人が行える状況ではない。国家に関連している商人が主導しているのは間違いない。

 約定を取り交わすきっかけになったのが、”ライムバッハ”だ。
 メンツを保つ意味でも、約定が守られていなかった場合の対処が必要になる。最低でも、当時に割譲が可能だった領土を奪い取る必要がでてくる。そのうえで、共和国に賠償を求める必要がある。
 賠償を拒否された場合には、当時に戻って戦争の継続が必要になってしまう。

 王国のメンツを守るためにも、そしてユリウスの体面メンツのためにも必要なことだ。

 ギルベルトとギードがデュ・コロワ国の首都に突入してから、3日後。
 ユリウスの下に、ギルベルトからの書状が届く。

 望んではいなかったが、証拠が見つかったという知らせだ。
 ユリウスが考えていた”最悪”をこえる方向に状況が進んだ。教会所属のシスターを含めた女性と女児が、奴隷紋を押された状態で見つかった。それも、暴行され殺された状態で・・・。シスターの身に着けていた衣類から、王国所轄の教会所属だと判明した。

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