【第三十二章 妊娠】第三百二十二話
ナーシャは、場の雰囲気を変えるために、最初から気になっていたことを聞くことにした。
普段との違いはあるが、質問した意図は、場を整えるためで、深い意味は持っていなかった。
「えぇなんで、エリン姫は、シロ様に縋りついているの?珍しいよね?いつもは、横に座る事はあっても、そんなに周りを警戒しないよね?何かあるの?」
ナーシャとしては、敵の存在が気になるところだが、チアル大陸の中央と言ってもいい場所で、カズトたちが構築した警戒網を掻い潜ってこの場所を急襲するような組織はないと考えている。
この場にいる者も同じ考えだ。
そして、この場所を急襲する可能性があるのは、エリンの種族だけだ。
エリンは、ただの族長の娘ではない。
全ての龍族をまとめる氏のトップだ。カズトよりも重要人物だ。エリンが何者かに傷つけられたら、大陸中だけではなく、全龍族が襲い掛かってくる。そんな重要人物が警戒しなければならない状況は考えにくい。
「え?旦那様を守るのは当然なのだ」
エリンは、シロから離れようとしない。
シロに抱き着いた状態で胸を張るという微妙に難しい事をしている。ドヤ顔を決めているが、かわいいが先立ってしまうのは、エリンが幼稚園児くらいに見えるためだろう。
「ん?」「え?」「は?」
皆がそれぞれの表情で固まる。
エリンは、皆を不思議そうな表情で見回してから、気にしないように、シロに抱き着く。
「えーと」
場の雰囲気がさっきと違った感じになったことを悟ったが、ナーシャはエリンの言葉を反すうしている。自分がきっかけなのはわかっているがそれ以上に、エリンの言葉に衝撃を受けている。
「エリン」
抱き着いていたエリンの肩を持って、少しだけ体から離して、シロが話しかける。
エリンはかわいい顔でシロを見上げる。両方の眼で、しっかりとシロを見上げる。
「何?ママ?」
エリンは、シロを見上げているが、気にしているのははっきりとわかる。
「いま、”旦那様”と言った?」
確信に迫ることだが、シロにも心当たりはある。
実際に、遅れているのもわかっている。そろそろ、メリエーラに相談しようと考えていた。同時に、ステファナやレイニーに聞こうと考えていた。エリンの言葉を聞いて驚きはしたが狼狽えるようなことはない。
「うん!ママのここに、僕の旦那様がいる!」
エリは、シロのおなかに頬を摺り寄せながら嬉しそうに報告をしている。
お茶会だったはずが、ナーシャの質問から大きく話が変わってしまった。
「そう?エリンの旦那様が居るの?」
「うん。僕が・・・。まだ!そうだ!ママ。少しだけ待っていて!」
「え?いいわよ?何をするの?」
「ちょっと、里に行ってくる。すぐに戻ってくるから待っていて」
エリンは、シロにではなく、最後の方は、宿った命に向けて話しかけているようでもあった。
部屋から勢いよく飛び出して、外に出た瞬間に竜族の本来の姿になって飛び立ってしまった。
「え・・・。と?シロ様?」
場をさらなる混乱に陥れた最初のきっかけはナーシャだが、ナーシャもここまでの結果が返ってくるとは思っていなかった。
「シロ様。まずは、メリエーラ殿をお呼びします。フラビア殿とリカルダ殿。あとは・・・」
クリスティーネが、シロに話しかける。
シロの子供は、ツクモの子供で、チアル大陸に住む者たちが望んでいた跡継ぎだ。
エリンの様子から、竜族と縁を結ぶ者だ。大陸だけではい。
クリスティーネの呼びかけで、メリエーラがすぐにやってきた。ドリュアスたちにも”可能性”レベルの話として事情を説明している。ツクモにも話は伝わっているが、女性特有の話をすると言って同性は遠慮してもらっている。
メリエーラは、シロにいくつかの質問をした。
初期の段階の”可能性”があるという結論をだした。これで、エリンの言葉と合わせて、シロは確実だと思い始めている。
準備もなにも、シロに自覚症状が何もないので、何から手を付けていいのか女性だけで話を進めるが、具体的な方法は何も出てこない。シロの自覚ができてからの話は平行で進めることに決まった。
話の終わりが見えてきた。皆が一息入れるために、出された飲み物を飲み始める。
話に加わっていないのは、爆弾を投げ落として部屋から出て行ったエリンとナーシャだ。
「ナーシャ?」
追加で出てきたケーキを頬張って、ナーシャが呼びかけられた方向を向いた。
「ん?」
「いいわよ。食べちゃいなさい」
「ん!」
ケーキを食べ終わって皆の視線が自分に集まっているのはわかっているが自分には関係がないと思っている。
「はぁ・・・。ナーシャ。ここでの話は、誰にも話さないでね。私が、ルートとカズトさんと相談して、発表のタイミングを考える」
「うん?」
「いい。もし、外に話が漏れていたら、違ったとしても、ナーシャが言ったと思うわよ?」
「え?お祝い事だからいいのでは?」
「はぁ・・・。いい。他の人は・・・」
クリスティーネは、周りを見回して、大丈夫だと考えた。
やはり、危ないのはナーシャだ。
「いい。ナーシャ。シロ様が懐妊されたと知ったら皆がどう思う?」
クリスティーネの問いかけに、ナーシャはケーキに伸ばしていた手をひっこめて考え始める。
ケーキは食べたいが、質問にしっかりと答えないと、次のお茶会に呼んでもらえないと考えた。
「うーん。嬉しい?特に、獣人族はお祝い・・・。宴会とかで、大騒ぎでしょう?」
ナーシャは、自分の周りにいる者たちや、付き合いのある者たちに、シロが懐妊したことを伝えた時の状況を予測する。
特に、獣人族は皆が伝えたナーシャをもてなすほどの喜びを見せるだろう。そして、三日三晩の宴会が行われる。それ以上の宴会が行われると予測が出来るために、なぜ伝えたらダメなのか余計にわからなくなった。
「そうね。それじゃ、アトフィア教や中央大陸の人たちは?他にも、獣人族を排除しようとしている商人はいるわよね?」
クリスティーネは、ナーシャがどんな想像をしているのか、今までの言動や行動から、正確に見抜いている。
そして、その危うさもわかっている。ナーシャは、基本が”善良”な人物だ。そして、善良な者は、善意を最善の物と考えて行動する。正しいことが全てであるかのように思う事がある。過去の自分が、まさに”正義”を信じて疑わなかった。正義の反対にあるのが、同じ質量を持った同じ正義だと考えなかった。
「え・・・??」
ナーシャは言われたことを考えた。
言われれば、考えることができる。
「カズトさんとシロ様の子供よ?そして、話の流れから、エリンを嫁に貰うことになる子供よ?」
「・・・。うん。あっ・・・」
ナーシャの表情から、最悪は回避できたと考えた。
外で知られたとして、シロの暗殺が可能かと言われたら、限りなく0に近い。ただ、シロの暗殺が計画されたと知った時のツクモの動きが読めなかった。クリスティーネは、ルートガーが全てを把握して、チアル大陸を動かすことを望みの一つと考えているが、それはツクモやシロの不幸の上に成り立つものではない。
「わかったみたいね。私たちから発表があるまで、黙っていてくれるわよね?」
「もっもちろん!」
「よかった。ナーシャさんや、ノービスはこれからも頼りにしているわよ」
「うん。うん!まかせて!」
怯えた表情ではあるが、一安心した雰囲気を出してナーシャが頷いている。
ナーシャが納得したタイミングで、ドリュアスの一人が部屋に客人の訪問を告げた。
予測はしていたが、意外な人物の来訪を告げられた。
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