【第八章 王都と契約】第十九話 新たな関係
ローザスが読んでいた書類をハーコムレイに渡した。
ハーコムレイもじっくりと読んでいるのがわかる。視線の動きからの判断だが、しっかりと読み込んでいるのだろう。ゆっくりとした動きで、視線を上から下に動かして、また上に戻る。複雑な書類なのだろうか?ハーコムレイの額に深い皺がきざまれていく。
「ローザス」
「ふぅ・・・。従兄殿も諦めればいいのに・・・」
「諦めきれないのだろう。そもそも、あの愚物が元凶なのだ。なぜ、生かしておく必要がある!」
ん?
元凶?生かしておく必要?
「なぁ俺が聞いてもいい話なのか?」
「ごめん。ごめん。リン君にも関係する話だけど・・・」
ローザスの歯切れが悪い。
今までになく、何かを言い澱んでいる。
「リン=フリークス。この書類は、今日の話には関係がない物だ。証拠固めが終わっていないことや、神殿勢力・・・。リン=フリークスとの関係を悪化させる可能性があるために、事情がわかってリン=フリークス・・・。人柄の判断ができてから話をする予定だったものだ」
「え?そこまで”説明した”ってことは・・・。”見せない”というつもりがないのだな?」
ローザスは、”にっこり”と笑ったが、ハーコムレイは眉間の皺を増やしてから、書類をテーブルの上を滑らせた。
書類を読んで良いのだろうか?
持ち上げて、内容を・・・。
おいおい。
「ローザス?」
「そうだよね。リン君への説明は、ハーレイではないよね」
ハーコムレイを見れば、ローザスに視線を固定している。
書類の内容を考えれば、ハーコムレイでも説明はできるのだろう。しかし、ローザスが説明をしてくれたほうが、納得ができる。
「頼む」
一言だけローザスに告げる。
書類の内容をなぞるようにローザスが語り始める。
サビニ・・・。母親のサビナーニが、王家から抜け出した。当時の話は聞いていた。
経緯も大まかには把握していた。話されていたのは、表の事情だけだったようだ。実際には、裏の事情の表側。おおやけになっても、王家や貴族社会に大きなダメージがない内容だ。サビナーニとニノサが悪いという印象を植え付けられる内容だ。
「・・・」
貴族の考えそうな内容だ。
「リン君?」
ローザスが窺うようなそぶりを見せる。
至って冷静だ。サビナーニとニノサの話として客観的に考えられる。しかし・・・
「大丈夫。聞いているよ。それで?そのクズは?生きているのか?」
「・・・。あぁ」
処罰ができなかったのか?
「王家が庇ったのか?」
「リン=フリークス!」
ハーコムレイが立ち上がる。
「なんだ?ミヤナック家も関係しているのか?」
テーブルをたたいて抗議の意思を見せるが、今までの流れから、本気でミヤナック家が関係しているとは考えていない。
どちらかというと、正面に座って、苦虫を噛み潰したような表情をしているローザスの・・・。王家が関係しているのだろうか?
もしかしたら、庇ったのは、国王か?
「違う。王家は、やつを罰しようとした」
予測は正鵠を得ている。ハーコムレイの言葉で、確信した。
「それなら?なぜ、生きている?」
王家が処罰したのなら、生きているのが不思議だ。
確実に、醜聞につながる。それだけではなく、生かしておくメリットがないだろう。幽閉して、時期が来たら”自殺”する流れだろう。
「それは・・・」
ハーコムレイも自分で言っていて、王家のやり方に納得ができていないのだろう。
自分で納得ができていない事柄で、他人を・・・。当事者に近い人間を説得できるわけがない。わかっているのだろう。被害者の家族に、加害者に近い者たちが、いかに言葉を並べても無意味なことが・・・。
それが、真実だったとしても、事実として認識ができないように追い込んだのは、加害者や加害者を擁護した者たちだ。被害者側が求める真実は、加害者の言葉ではない。被害者が納得のできる情報を提示して、被害者の疑問に、被害者にわかる言葉で説明ができる者が必要だ。そして・・・。そんな人物は存在しない。
「ハーレイ。いいよ。従兄殿は、教会に逃げ込んだ」
黙ってハーコムレイとのやり取りを聞いていたローザスが、ハーコムレイの肩に手をおいて座らせてから、まっすぐに俺を見て、隠さずに情報を提示した。
「リン=フリークス。王家は、やつをとらえようと・・・」
ハーコムレイが、王家を擁護しようとしたが、ローザスが手を上げてハーコムレイの発言を遮る。
「ん?教会にいるのか?宗教都市か?」
王国の中に存在するが、王国の権力が及ばない場所だ。
逃げ込むには最良の場所だ。そして、神の代弁者を語る者たちにとっても、王家の血筋は利用価値が高い。
教会の保護下で、子供を作らせて・・・。その子供は王家の血筋だ。教会と強いつながりがある新しい統治者として担ぎだすことができてしまう。
「そうだ。やつは、宗教都市で軟禁されていたはずだ」
ローザスも、教会を信じていないようだ。そして、王家でも、教会の機密情報は簡単には盗めないのだろう。
「そうか・・・。教会も敵なのか?」
一部の貴族だけではなく、教会が敵になるのか?
神殿が公開されれば、絡むことができない貴族・・・。アゾレムに関係する者たちから敵視されるのはわかっている。同時に、教会とも微妙な関係になるのは最初からわかっている。
「・・・」
「それは・・・。一部の者たちが・・・」
ローザスは、黙って頷いているが、ハーコムレイは何か気にしているのか?
それとも、この件を追いかけると、何か問題があるのは、王家ではなく、ミヤナック家なのか?
「それは、俺には関係がない。王家や貴族・・・。ミヤナック家は、教会の一部勢力と結託するのか?」
俺の問いかけに、ハーコムレイは苦虫を噛み潰したような表情をさらに厳しくしている。
ローザスは、ハーコムレイを見てから、俺をまっすぐに見る。
「リン君。王家の中にも、貴族の中にも、教会に協力する者たちはいる」
正直に答えてくれるとは思わなかった。
国の考えでは、公爵家は王家ではない(はずだ)そうなると、ローザスの身近にも教会に協力する者がいるのか?
ハーコムレイはローザスを見てから、下を向いてしまった。
辺境伯家は、王家ではない。
ローザスが第一王子で、跡継ぎのはずだ。
第一王女と第二王女は、嫁いでいるから、話の流れからは、王家とは言わないだろう。
第三王女は、神殿に匿っている。ローザスにも近いから教会勢力とつながっているとは思えない。
俺が考え込んでいると、ハーコムレイが資料の中にあった答えにつながる名前を指さした。
「そうか・・・」
前国王の側室の子供。
俺たちの二つ年上になり、現在まだ継承権を放棄していない。
宰相の血縁者だ。
「リン=フリークス。誓って言うが、ルナは、ルアリーナは、教会とは関係がない。ルナは、教会に近づいたこともない」
資料から視線を離したタイミングで、ハーコムレイがミヤナック家ではなく、ルアリーナが教会勢力とのつながりはないと断言した。
あまり、意味があるとは思えないが、ハーコムレイの心情としては、自分やミヤナック家は自らが守ればいいとしても、神殿に身を置いているルアリーナが心配なのだろう。
「ハーレイ。神殿にいる連中を疑ったりはしない。そもそも、教会に情報を流す意味がない。そうだ、教えてほしい」
「なんだ?」
「コンラートは、教会の・・・。枢機卿だよな?」
「・・・。そうだ」
「今回の件に絡んでいるのか?」
「・・・」
ローザスが、ハーコムレイを黙らせている。
「リン君が、なぜ”コンラート”の名前を出したのか気になるけど、今は聞かない」
「それで?」
「コンラート家が率いている派閥は、王家とは適度な距離での付き合いに留めて、教会の・・・」
「ん?」
「教会を本来の姿に戻すことを考えている」
「本来の姿?」
「あぁ・・・。それに関しては、僕から説明するよ。ハーレイもいいよね?」
よくわからないが、教会の中にも派閥が存在するようだ。
敵の敵は味方なのか、それとも、敵の敵もやっぱり敵なのか?
ローザスの説明を聞いてみなければ、判断はできない。
新しい関係を教会とも築けるのか?
新しい関係が、友好的な物でなかったとしても、神殿という新しいファクターを咥えた関係になっているのだろう。
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