【第三章 復讐の前に】第九話

 

フィファーナの辺境にある小国レナート。辺境は、人類の辺境である。レナートの近くには、広大な未開の地が存在している。

その王城にある一つの部屋。召喚勇者の1人、サトシが使っている部屋。

今、部屋の主であるサトシとサトシの婚約者の1人であるマイが、ローテーブルに広がった資料を片づけながら雑談をしている。資料は、次期国王への説明が多く含まれている。
もう1人の婚約者である王女であるセシリアとマイがまとめた資料を、次期国王であるサトシに説明をしていた。説明は、優しい言い方なのは、サトシだけが理解をしていればいい。ようするに、マイがサトシに覚えさせていた。

説明が終わって、お茶の時間になって、やっと部屋には弛緩した雰囲気が戻ってきた。

「ユウキは?」

サトシは、ユウキに会っていない。
ユウキが来るのは、基本が昼間だ。そして、サトシは、昼間は訓練と視察に出ている。名目は視察だが、セシリアと一緒に行動してレナート国中に次期国王になるサトシを印象付ける意味が強い。その為に、マイは一緒に行動していない。
マイは、第二夫人の立場だ。マイとセシリアは、役割分担をはっきりと認識している。表はセシリアが、裏はマイが、二人でサトシを支えている。あとは、二人が話題にあげる人物が、サトシの首に繋がりリードを持てば完璧だ。

「帰ったわよ?」

マイに、あっさりと言われて、サトシは驚いた表情をするが、すぐに理由に思いついた。

「そうか、そろそろ受験だったよな?」

高校受験を回避したサトシだが、ユウキたちの受験は覚えていた。

「終わったわよ?サトシ、いつの話をしているの?」

少しだけ呆れた表情で、受験が終わったと告げるマイ。
テーブルの上に散らばっている資料を片づけて、紅茶を自分のカップに注ぐ。以前に、サトシに紅茶のポットを渡したら、日本で5本の指に入るほど有名な刑事が紅茶を入れるスタイルを真似して、テーブルだけではなく、絨毯を紅茶まみれにした。それから、サトシには紅茶ポットを渡していない。
絨毯くらいでは、マイもセシリアも怒らないが、メイドたちが激怒した。それから、サトシには溢す可能性がある物は渡さないという不文律ができた。

「え?終わった?大丈夫だったのか?」

やはり、サトシは正確な日付を認識していなかった。

「聞いていないけど、大丈夫でしょ?ユウキだよ?」

サトシは、受験と聞いて心配になったが、マイは一言で終わらせてしまう。
理由も”ユウキ”だからという雑な理由だ。
サトシが聞きたかったのは、もっと違う理由だけど、聞き返しても意味がないのは、長い付き合いから解っている。

「・・・。そうだな。でも、ユウキがあの高校を選ぶとは思わなかった」

ユウキが選んだ高校は、皆に情報として共有されている。
最初、ユウキが選んだ高校は、マイもサトシも知っている。

フィファーナに召喚されるまえまで、ユウキを含めて受験を控えていた。

ユウキは、手に職をつけるために、工業高校を受験するつもりだった。
学力に不安があったサトシは、中学の時に遊びで参加したラグビーの試合で、活躍を見せて、県内の高校からスカウトされていた。
マイは、将来的に商売を行うつもりだったので、商業高校を受験予定だった。レイヤは、自動車工業高校を考えていた。整備士になることを考えていた。ヒナは、マイと同じで商業高校を考えていた。
そして、もう一人の少女は、子供のころからの夢を実現するために、高校を選んでいた。

皆が、高校を選んでいく過程で、ユウキたちが”無い”と考えていたのが、ユウキが受験した高校だ。
評価が低いわけではない。しかし、ユウキたちとしては”無し”と考えるだけの理由があった。

「そう?ユウキなら・・・。そうね。でも、ユウキなら、敵陣に突っ込むときでも、危険な所に率先して突っ込んでいったわよ?」

魔境での戦いだけではなく、同じ勇者や国との戦いでも、ユウキの戦略は、一点突破型を選ぶことが多い。そして、最も危険な先鋒は、自分が行う。
敵が集中している所が、敵が一番、突破されたくない所だ。ユウキは、何度も単騎で突破を試みて、ボロボロになって戻ってきた。その都度、皆でユウキを説教するが、次の戦いでもユウキの提案を聞いてしまう。
作戦の中で、成功率や損耗予測が少ないのが、ユウキの作戦だ。

「あぁ・・。でも・・・」

サトシが心配しているのも解っている。
セシリアだけではなく、現国王も解っている。ユウキが”死にたがっている”ことを・・・。だから、ユウキの作戦を採用する条件は、”死ぬな”だった。そして、ユウキのサポートを、サトシとレイヤが行う。レナートの最大戦力による中央突破作戦。これが、ユウキたちの最良で、最大で、最も愚かな作戦だった。

「解っている。私たちも・・・。いえ、向こうには・・・」

マイがいい澱んだ内容は、サトシも把握している。
地球には、ユウキを害せる存在はいない。ユウキなら、後ろから銃で討たれても躱せる。50cmの距離から撃たれても、致命傷にはならないだろう。極端な話として、50mmの砲弾が至近距離から直撃でもしない限り、ユウキを殺すのは無理だろう。未知の毒でも大丈夫だろう。ウィルスなどの生物兵器でも、ユウキなら大丈夫だ。
地球で、ユウキを殺そうとしたら・・・。サトシとレイヤとヒナとマイが考えた限りでは不可能だと結論が出た。

「そうだな。それで、アメリアからの提案というか・・・」

「私は、考えてもいいと思っている」

「え?てっきり、マイは反対だと思っていた」

「反対よ?でも、ユウキのことを考えれば、アメリアの提案は、”あり”だと思うのよ?」

「そうだな」

「セシリアは、違う意味で賛成と言っていた」

「やっぱり?皇国?」

「違う。もっと面倒な所・・・」

「あぁ・・・。聖女はやりすぎたか?」

「そうね。認定してやるから、”身柄を寄越せ”だって」

「はぁ?認定?あいつら、まだそんな事を言っているのか?」

「えぇ・・・。死んでも治らない病なのでしょう」

二人は、この場に居ない二人の話で盛り上がった。
アメリアが、ユウキの事を好きなのは、誰の目にも明らかだ。現国王やアメリアの姉であり次期国王妃のセシリアも、アメリアの気持ちを知って、協力をしている。もちろん、大事な家族の為であるのは、間違いない。しかし、父であるが・・・。国王だ。国の為に、ユウキをレナート王国に縛り付けるための鎖に使おうと考えている。
もちろん、ユウキが縛り付けられるわけではない。国王もセシリアも解っている。それでも、サトシが国王の座について、サトシとアメリアの治世を揺るがない物にする為にも、ユウキの力が必要だと考えている。
スキルだけではない。ユウキという要石がある事で、召喚された者たちはまとまっている。

サトシとマイが、ユウキの話をしている時に、ユウキの手元に合格の連絡が入った。

合格を確信していた関係者だが、通知が届いた事で、安心した。

ユウキは、花束を持って母親に報告するために墓参りをしていた。

それから、新しい住処になる家に、移動した。
役所に届けを提出して、申請を行う。中学生くらいのユウキが1人で来た事に不思議に思った区役所の職員だが、ユウキは説明を聞きながら書類の提出と申請を澄ませた。

区役所に置いてある、地元サッカーチームのマスコットが書かれたレンタル自転車に乗って、巴川沿いにある。母親の出陳地である寂れた港町の魚を取り扱っている居酒屋に向った。形態は、居酒屋だが、昼には、ランチを提供している。

店の前に出ている。ホワイトボードには、ユウキの母親が好きだと言っていた魚が書かれていた。

”倉沢アジ刺身定食”

中学生が頼むには、少しだけ渋い選択だが、ユウキは迷わず”倉沢アジ”を注文した。
アラ出汁の味噌汁を口に含んで、満足そうに口元を緩ませる。

今日は、ユウキの高校合格祝いだ。本来なら、目の前には、ユウキの母親が座っているはずだ。
ユウキは、1人でカンターに座って、合格祝いを食べる。

そして、ネコサイで獲れた”倉沢アジ”を食べ終えて、一言だけ呟いてから、料金を置いて店を出る。

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