【第九章 神殿の価値】第二十二話 ヤスの判断
「それで?」
サンドラは、次の話をする前に、資料をヤスに見せる。
「ヤス様。話は一つですが、その前に状況をお伝えします」
「頼む」
「はい。リップル子爵家から始まった騒動ですが、セバス殿やツバキ殿のご協力を得て、証拠が固められました。本来なら、王家がヤス様にお礼を言いに来るのが筋ですが・・・」
「必要ない」
「ありがとうございます。既に、ヤス様にご報告の通りに、指示を出した、公爵家と侯爵家は当主の交代と、領地の没収が完了しております」
「あぁ聞いている。クラウス殿の領地が増えるのだろう?寄り子に任せたとは言っていたな」
「はい。王国としては、ヤス様に領地を任せたかったようですが・・・」
「飛び地だし、俺は、ユーラットと周辺だけで満足だよ」
「はい。ヤス様から言われているように領地は必要ないと伝えてあります。そして、関わった者たちへの処分が終了しました」
「一部、別荘区に来ているよな?」
「はい。アデーが管理する別荘に幽閉しております」
「いいのか?」
「はい。その件で、レッチュ辺境伯からお礼が届いております」
「必要ないのに、俺としてもメリットがある話なので受けただけだ」
「わかっております。貴族の見栄だとお考えください」
ヤスは少しだけサンドラを見つめてから、受け取ると返事をした。サンドラは、話の前段が問題になるような部分がなく終了したことに安堵した。
王国からの報告を交えてしまうと、王国が神殿を”流刑地”にしている印象を持たれてしまう。それに、王家からの”礼”ではなく、辺境伯から”礼”が来ている時点で、王家が神殿を”下”に見ていると思われてもしょうがない。
実際の話として、ヤスは”上”とか”下”とか、もっと言えば、”メンツ”にはこだわらない。もし、メンツを考えているような人間なら、アデーに別荘区の管理を一部とは言え任せたりはしないだろう。それだけではなく、”流刑地”だと思われるような使い方をされたら、文句の1ダースをサンドラにぶつけているだろう。
ヤスにとっては、些細なことなのだ。
自分がやりたいことが出来る状況になっているのが嬉しいのだ。
辺境伯も自分たちにメリットがある為に、ヤスの提案である”物流倉庫”の建築を推し進めた。短期的な効果は予想以上に大きいが、長期的なメリットを感じ始めるには至っていない。長期的なメリットが感じ始めた時には、ヤスの”物流”に頼ってしまっている実情を嘆くことに鳴るのだが、神殿の価値が上がる行為なので、サンドラも辺境伯に言葉を濁した忠告をしただけだ。
二人が言及しない”辺境伯からの礼”には、情報提供が含まれている。
サンドラとアデーには、別荘区の管理を任せている。実際には、管理ではなく、監視業務を任せているのだが、サンドラは貴族に関係する業務が多いために別荘区の業務はアデーに任せたいと思っていただのが、アデーは自分の趣味に走ってしまっている。二人は、自分たちの従者や侍女に一定の権限を与える許可をヤスに求めた。ヤスは元々二人が業務をやるとは思っていなかった。別荘区の入り口近くに作った建物を二人に与えて、その中で業務を行うように伝えて、侍女や従者に権限を与える許可を出した。別荘区に出入りする者たちの監視が表向きの業務だが、神殿の力を使った監視が行える状況になっている。それらの情報をまとめて辺境伯や王国に提供しているのだ。もちろん、アデーとサンドラの名義での提出になっている。二人は、情報料を貰って、ヤスに”監視施設”の賃料にしようと考えていたのだが、ヤスは受け取らなかった。代わりに、別荘区で働く者たちへの給金として渡すように言われた。二人は、孤児院などから成人が間近に迫った子どもたちを雇って、最低限の教育をさせてから施設の運営に必要な人員を確保する計画を立てて、ヤスに承認してもらった。
「”礼”に関しては、俺からクラウス殿に、”受け取り状”を出せばいいのか?」
「もうしわけありませんが、お願い致します」
「わかった」
「ヤス様。本題なのですが・・・」
「あぁ」
「別荘区に、幽閉されている公爵家の元当主が、帝国経由で皇国に密書を流していたことがわかりました」
「それは?」
ヤスも、その事実は掴んでいる。
サンドラやアデーのルートとは違うが、セバスが楔の村経由で掴んだ情報だ。帝国のヤスに乗っ取られた男爵家にも同じ内容が皇国から届けられている。
「要約すると、”王国の公爵家が、神殿の管理は皇国に委託された。従って、不法占拠している、管理者を名乗る者を皇国に差し出し、神殿を明け渡すように通達する”です」
「へぇ・・・」
ヤスが怒り狂う状況を考えていた、サンドラは拍子抜けしてしまった。
「ヤス様?」
「あぁサンドラ。少しだけ、考えたのだが、俺の考えを補填するために、状況を少しだけ教えてくれ」
「はい。私が知る限りの情報をお伝えいたします」
「まずは、皇国が言い出した根拠となる”公爵家の当主”は、別荘区に居るのだよな?」
「はい」
「ドッペルだよな?」
「はい」
「事情を聞き出すことは出来るよな?」
「はい。事情は既に聞いています。本人も認めています。帝国からの増援が欲しくて、帝国からの提案を受ける形で、密書を送ったようです」
「密書なのか?」
「はい。しかし、公爵家の紋章が使われています。密書でも、正式な文章としての効力があります」
「それは、どうでもいい。重ねて聞くが、サンドラたちが対処に困っているのは、王国にある教会も似たようなことを言い出しているからなのか?」
「え・・・。はい。公爵家と侯爵家の派閥にいた者たちが、教会を扇動したようです」
「なぁサンドラ?」
「はい」
サンドラは、身体をこわばらせる。
「俺が、神殿を攻略したから、神殿の領域は俺が好き勝手にしていいということだよな?」
「はい」
「神殿の迷宮区は、開放しているけど、俺が各地を回って聞いた話では、俺たちが居る神殿以外では、神殿を攻略した者だけが神殿に入られるようになっているのだよな?それは、再攻略されるのを恐れるからなのか?」
「当然です。再攻略されたら、神殿の権利を奪われてしまいます」
ヤスは、周りが見ている神殿の状況を改めて認識した。
自分がしているように神殿の権能を使って、迷宮を複雑に攻略出来ないようにすれば、迷宮区を公開して、冒険者たちを誘致すればメリットが多くなる。ヤスの考えが異端だと認識出来たのは大きいことだ。これで、ヤスの思考が加速する。サンドラの目の前で話をしても良かったが、一人で考える”フリ”してマルスと相談しようと考えた。
「ふぅーん。10分くらい考える時間をくれ」
「え?わかりました」
サンドラは、ヤスに頭を下げてから控えの部屋に移動した。
『マルス!話は聞いていたな』
『是。愚かなことです』
『だよな。再攻略は不可能だろう?』
『今、迷宮区に入っている者たちが100万人居ても可能性は”0”です』
『一人が、100万倍の強さになったら?』
『それでも、0.0025%です。マスター。最下層の部屋を思い出してください』
『あっ・・・。そうか、もう密林になっている広大なフィールドの中で、天井に結界で何重にも守られた場所に居る米粒程度の魔物を倒す必要が有ったのだな』
『はい。それだけではなく、エルダーエントの個体名セバス・セバスチャンやエルダードリュアスになっている個体名ツバキの本体があります。経験を積んだ眷属たちが守っています。攻略は不可能です。また、密林は炎で焼き尽くしても、すぐに復活します』
『そうだけど、できれば最下層は隠したいな』
『是』
『マルス。今なら、階層はどこまで増やせる?』
『限界はわかりませんが、魔素の充填を考えると、255階層が限界です。入り口が実質的には、5階層になるので、迷宮区として使えるのは、250階層です』
『作るのには?』
『マスターの努力次第ですが、階層だけなら、164時間39分です』
『約1週間か・・・』
『作成に当たって、討伐ポイントの殆どがなくなります』
『運用を現状維持で考えて、支障がないレベルで作成を行うと?』
『261時間45分です』
『わかった。階層を増やす処理を始めてくれ』
『了。最下層の前に挿入する形で階層を増やします』
『わかった。一時的な安全装置の解除も可能だよな?』
『是。マスターが命名した安全装置の解除は可能です』
ヤスは、その後も時間までマルスと打ち合わせを行った。
時間が来て、サンドラをセバスが呼びに行った。
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