【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十四話 散歩
ヤスは、今日ものんびりと過ごしていた。ヤスが受けなければならない依頼が来ていないのが主な理由だ。
プラプラと、神殿の街をぶらついている。
帝国で行っている意識改革も目に見える成果が出てくるのはしばらく時間が必要だろう。
リップル子爵家がそろそろ王都に付きそうだという報告は読んだ。到着してから自分たちがどれほど愚かだったのか気がつくのには、それでも2-3日はかかるだろう。
ヤスは、綺麗に整備された道をギルドに向かった。ギルドに用事があるわけではないが、なんとなくギルドに足を向けた。
イワンがヤスを見つけて声をかけてきた。
「おい。ヤス!」
「ん?あぁイワンか?どうした?」
「お前さんを見かけたから声をかけただけじゃ」
「ふーん。それにしても珍しいな。穴蔵から出てきたのか?」
「あぁギルドに頼んでいた物が届いたと連絡を受けた。取りに行く所だ」
「工房まで持ってこさせればよかったのに?」
「そうだが、持ってきたのが、同族で、工房での作業を行う申請も通ったから、今日から工房に個室を作って働いてもらう。荷物を受け取りに行く次いでに迎えに来た」
「また増えるのか?本当に、宣伝していないのに、よく集まるな」
「え?ヤス。マルス殿から聞いていないのか?」
「何を?聞いたかも知れないが忘れた」
「呆れた・・・。とんでもない神殿の主だな。まぁそれがヤスだな。儂らは、土の精霊と相性が良い」
「なんか聞いた気がする。ドワーフが土で、エルフが風で・・・。とか、言うやつだろう?」
「あぁそうだ。土の精霊が、いろんな場所で、この神殿を自慢していて、ドワーフが集まってくる」
「え?」
「ここなら、鉱石も豊富だし、最新技術もある。エルフ共も協力的だ。それに、なんと言っても酒精がうまい。ドワーフの天国じゃよ」
イワンは、大口を開けて笑いながらヤスの背中を叩いている。
ギルドに到着するまで、イワンはヤスにどれだけドワーフたちが神殿の環境を気に入っているのかを力説した。ヤスは、右から左に聞き流す状態だったが、イワンやドワーフたちが感謝しているのがわかって嬉しかった。
二人で話しながら歩いていたら、ギルドの前まで来ていた。イワンは、ヤスと別れてギルドの中に入っていった。
イワンを見送ったヤスは、正門に向かった。
神殿の守りの横に作られたヤスの執務室に向かっているのだ。表向きには、ヤスの執務室は神殿の守りの横にある建物にある。神殿の中にある執務室は、誰でも入られる場所ではない。
暇なヤスは、のんびりと歩いている。
時折すれ違うバスから挨拶されたり、自転車に乗る人たちから挨拶されたりしているが、住民が増えてきたので、ヤスを直接知っている人の割合も減ってきている。
「ヤス兄ちゃん!」
「お!カイルか?イチカは?」
「兄ちゃん。別に、いつもイチカと一緒じゃないぞ」
カイルが一人で仕事をしているのは珍しくはない。しかし、神殿に住んでいる者たちは、イチカが一人で仕事するのは多いが、カイルが一人で仕事をするのは珍しいという印象を持っている。それだけ、カイルとイチカは一緒に居る。
「そりゃぁそうだよな」
「うん!イチカは、妹たちと料理を習いに行っている。料理教室とか言っていた」
学校で始めた、メイドになるための勉強の一つだ。
簡単な料理が出来るようになれば、将来の選択肢が増えるだろうとヤスが提案したのだ。女子たちの、熱量がすごい説得で、料理教室は開催されている。しかし、”料理”の殆どが食後に出されるデザートに偏っている。男子には知らされていない秘密事項なのだ。
簡単に言えば、料理教室の名前を使った、お菓子を作って食べるだけの教室だ。ドワーフたちに与えた物と同じタブレットを渡している。タブレットの中には、翻訳されたレシピが大量にはいっている。調理器材が無く作られない物もあるが、随時ドワーフと協議をして新しい調理器具が生まれている。レシピは、秘匿とされているが調理器材や作られたお菓子に関しては、少量だが取引され始めている。
すでに、基本のレシピを覚えて、紅茶にあうお菓子や、酒精に合うお菓子などの開発も始まっている。ドワーフが協力することで、冷菓まで作り始めている。
「そうか、それで、イチカの仕事もカイルが引き受けているのか?」
「そう!今から、ギルドに報告して、その後で、アシュリに行ってくる。新しい、魔通信機が足りなくなっているらしくて、届けて欲しいらしい」
「そうか、頑張っているな」
「もちろん!頑張らないと・・・。父さんと母さんが、なんであんなに頑張れたのか、解ってきた・・・。俺、弟と妹が増えて、奴らの手本にならないと!兄ちゃん!ありがとう!」
「ん?」
「俺に頑張れる場所を作ってくれた!」
「おぉ!頑張れよ」
「うん!俺、行くね」
カイルは、改造したモンキーを軽やかに操りながらヤスの前からギルドに向かっていった。
ヤスは、カイルの背中をみながら小さかった背中が少しだけ大きく見えていた。
『なぁマルス』
『はい。マスター』
『ドワーフたちが増えて魔道具が作られるようになったよな?』
『はい』
『アーティファクト級の魔道具も何個か出来ているよな?』
『はい』
『イワンに、モーターの作り方を教えて、魔石を燃料にした自走する馬車を作ってもいいと思うけど、駄目か?』
『モーターにも問題はありますがそれ以上に、駆動輪に力を伝える方法が問題です』
『ギアか?』
『シャフトも難しいと思われます。他にも、ブレーキなどの安全装置は必須になってきます』
『そうだよな。カートもまだ改造が出来る段階じゃないからな』
『はい』
『でも、モーターはいいだろう?』
『マスター。モーターは、磁気を理解しなければなりません。魔法の応用を考えるのなら、ピストン運動の方が、理解が早いと思います』
『そうか・・・!そうだ、マルス。俺の蔵書に、カートの整備やエンジンの構造を覚える本があったよな?』
『・・・。電子化されておりません。検索対象外です』
『あぁそうか・・・。それなら・・・』
ヤスは、エミリアを取り出して操作した。カタログの中からイワンに渡せば結果を出してくれそうな本をピックアップした。
”誰でも解るカートの整備方法(図解)”
”猿でもわかるエンジンの基礎”
”優しく覚える旋盤の本(図解)”
”いますぐ始める溶接(図解)”
”自宅で作る世界の酒(醸造酒・蒸留酒・混成酒)”
『マルス。この5冊を取り込んで翻訳を頼む。イワンに、俺からと渡してくれ。閲覧は奥に入られるものだけだと注意しておいてくれ』
『了』
ヤスは思いつきで、とんでもない爆弾をドワーフに与えてしまった。
最初の二冊は良かったも知れない。最後の一冊もドワーフにとっては最高の本かもしれないが、もうすでにヤスが与えた情報でもある。理論が説明してあるだけなのだ。だから問題ではない。しかし、旋盤と溶接はドワーフたちの技術力を一段も二段も先にすすめてしまう情報だ。カートの整備を教えるのなら、旋盤や溶接は必要だろういう安易な考えからヤスはドワーフに知識という武器を与えてしまったのだ。最高の手本が目の前にあるのだ。時間をかければ出来てくるだろう。
そんな事態になるとは考えないヤスは、執務室で寛いでいた。
「旦那様。サードです。お客様です。お通ししてよろしいでしょうか?」
「客。いいよ。だれ?」
サードがドアを開けて連れてきたのはラナだった。
「久しぶり。それで?俺に用事?」
「ヤス様。いきなりの訪問もうしわけありません」
「ん?ラナ?どうした?」
「・・・」
「なに?俺が悪いの?」
「はぁ・・・。ヤス。立場ってあるだろう?」
「あぁ・・・。気にするな。俺は、俺だ」
「ふぅ・・・。ヤス。そうだな。あぁそれで、頼みが有ってヤスを探していた」
「ん?頼む?なに?セバスやツバキじゃなくて?」
「ヤスにしか出来ない・・・。違うな。ヤスにやってほしい」
「言ってみろよ。出来ることと出来ないことがあるからな」
「ヤス・・・。エルフの里に、」
扉が激しくノックされた。
「旦那様。ラナ様。もうしわけございません。ルーサ様から緊急の連絡です」
ヤスは椅子から立ち上がった。
今まで緊急連絡などなかったからだ。
「ラナ。すまん。後日でいいか?」
「あぁ時間はまだ大丈夫だ」
「ありがとう。時間が出来たら、宿に顔を出す」
「わかった。待っている」
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