【残された記憶】何気ない日々
今日も憂鬱な一日が始まる。
最低な目覚めだ。
「太輔!太輔!朝だよ。早く起きて、ご飯を食べちゃいな!」
「解っている。起きるよ」
ほら、こうして、無理矢理起こされる。勉強なんてしてもしなくてもさほど変わる事はない。
母親も父親も弟も妹も幼馴染のあいつも俺に何を期待している。
どうせ、今更勉強しても変わらない。
中堅の大学に入って、運が良ければどっかの公務員にでもなれるだろう。そうじゃなかったら、俺程度が入られる会社なら、大した仕事もさせてもらえないだろう。楽しくもない仕事を、もらえる賃金で釣り合いを取りながら、休日を楽しむのだろう。
「大兄!早く起きないと、ゆっこ姉にまた怒られるよ」
妹も、中学に入ってから急に色気づいてきた。
隣に住んでいる由紀子とたまに遊びに行っているようだ。どうせ、俺の悪口を言っているのだろう。
「わかった。わかった。楓。お前、また化粧なんかして」
「だって・・・みんな、しているよ?」
「みんなって誰だよ?」
「みんなはみんなだよ!」
「わかったから、布団をとるな。起きるよ」
「解ればよろしい。大兄も、ちょっと身嗜みを気にしようよ。ゆっこ姉に嫌われちゃうよ」
「はぁ?なんで、ここで由紀子の名前が出てくる」
「高校生にもなって、まだそんな事を言っているの?いいの?ゆっこ姉に彼氏ができても?」
「はぁ無理だろう?由紀子だぞ?」
「はぁ・・・。これだから、大兄にだけはわからないのだろうね」
「はぁ?由紀子だぞ?俺に所構わずに蹴りを入れたり、殴ったり、あんな暴力女に彼氏?無理だな!」
「大兄本気??」
お?
なんか、とてつもなく、妹に蔑まれた目で見られた気がする。
確かに、由紀子は可愛いと思う。口を開かなくて、動かなければ、だけどな。
「大輔!楓!なにしているの?早く、朝ごはんを食べて、さっさと学校に行きなさい!」
「ママ。大兄が悪いの!私は悪くない!」
「楓!お前!」
「いいから、早く食べなさい!」
リビングに行くと、さも当然な顔で、弟が座って1人だけパンを食べている。
「雄輔」
「なんですか?お兄様?」
「なんでもない。お前だけパンなのか?」
「はい。僕は、お兄様や楓と違って、朝起きて、新聞配達をして自分で稼いだお金で食事をしています。文句があるのなら、いつまでも惰眠を貪るご自分を責めるべきではないでしょうか?」
「はい。はい。そうですね。俺が悪かった。オフクロ。メシ!」
「うるさい。自分で取りなさい。炊けているから!」
「あっおばさん。私が、大ちゃんのご飯を渡しますね」
「悪いね。由紀子ちゃん」
「いえ、いえ」
こっちもさも当然の様に、朝から我が家に居る、隣に住んでいるはずの由紀子だ。
「由紀子。なんで居る?」
「なんで?迎えに来たのに、まだ寝ているって言うし、暇だから手伝っているだけだよ。それよりも、早く食べてよね」
「え?なに?なんで?」
「はぁ忘れたの?」
「えぇ・・・と??」
「ゆっこ姉。馬鹿兄貴には、はっきりと言わないとダメですよ」
「そうね。覚えているとは、思っていなかったけど、本当に忘れているとは思わなかった」
「だから、なんだよ?」
「今日、会長選があるから、早くに行かなきゃならないのでしょ?」
「・・・・あ!!!今日か?」
「今日よ」
「なんで・・・」
ダメだ。これ以上いうと墓穴を掘る。
急ごう。
由紀子から茶碗を奪い取って、シーチキンの缶を開けて、油を捨てて味の素を振って、醤油を適量垂らす。それを、ご飯の上に掛けてかき混ぜてから、2枚の海苔に乗せてから伸ばして巻く。簡易的なシーチキン巻きが出来上がる。
二本を味噌汁と一緒に流し込んだ。
「オヤジは!」
「もう仕事に行った」
弟が答えてくれる。
電車で行ったのか?朝早くに出ていったのなら、乗って行っていないだろう。
「バイクは?」
「あるよ」
「由紀子。俺は、バイクで行く。どうする?」
「大ちゃんだけ行っても、なんにもできないでしょ。一緒に行くよ」
「わかった。着替えてきてくれ」
「大丈夫。そうなると思って持ってきているし、着ているよ」
制服のスカートをめくって中を見せる。
確かに、ライダースーツを着ている。
それなら、スカートは意味ないよな?と思ったけど、口にだすほど野暮じゃない。
オヤジのCB400SF。30年近く前のバイクだが、オヤジが好きで転がしている。
今では俺が乗る事が多い。
免許を、一発免許で受かれば貸してくれると言って、3度目に合格して勝ち取った。
16で原付きの免許をとって、18でバイクの免許を取得した。
学校は、バイクでの通学も許されている。
許可は必要だが、距離的な事や事情を説明すれば案外簡単に許可が降りるのだ。
後ろに、由紀子を乗せて学校に急ぐ。
この選挙を仕切っているのが、タクミとユウキだ。奴らには逆らわない方がいいのは間違いない。
会長でもないのに、会長選を仕切っているのは、タクミだ。本人は押し付けられたと言っているが、そうじゃないことも、裏の事情もユウキから聞いて知っている。
それにしても、由紀子。いい匂いさせているな。
それに、こんなに大きかったか?
「大輔!遅いぞ!」
「すまん。タクミは?」
「もう準備が終わって、待っているぞ」
「わかった。急ぐ」
「大ちゃん私は着替えてから行くね。ねぇユウキは?」
「ユウキも、タクミの後ろに乗ってきて、着替えてから行くと言っていたぞ」
「わかった。ありがとう」
門番が答えてくれた。たしか、生徒会の役員だったはずだ。
CB400の独特のエンジン音を聞けば、タクミなら俺が学校に到着した事くらいは解るだろう。
学校も普段の喧騒が嘘のように静かだ。
「タクミ!悪い。遅れた」
「いや、大丈夫だ。それよりも、大輔。CB400だけど、回転数を落としたのか?」
「ん?いつもと同じだぞ?」
「そうか・・・。あぁ隣の姫を乗せていたのか?」
「あぁだから、何度もいうけど、由紀子は彼女じゃねぇ!」
「お前は、そういうけど、周りはそうは考えていないぞ?」
「え?」
「なんだ、知らないのか?」
「何がだよ?」
「工業の二大美女の話だよ」
「知らない?なんだよそれ?由紀子が美人?そんな事があると・・・・え?まじ?」
タクミが、この手の冗談を言わないのは知っている。
そもそも、二大と言っているが、由紀子が1人だとしたら、もうひとりはユウキで間違いない。
そして、ユウキの彼氏は目の前で座って3台のパソコンを操っている変わり者だ。
「まぁそんな事はいい。それよりも、お前の準備はいいのか?」
「大丈夫だ」
「そうか、お前が最初だからな。最初からつまずいたら、いい笑いものだからな」
「そうおもうのなら、お前がやれよ」
「やってもいいけど、お前が操作してくれるのか?」
「わるい。無理だ」
「だろう?」
それから、タクミと立候補者と応援演説をする奴らの所に移動する。
平凡な俺にそんな大役を任せたのは、由紀子だ。俺が司会をする事がいつの間にか決まっていた。確かに、もうバイトもしていないし、部活もしていない。なにより、由紀子に頼まれてしまったのだ。昔から、由紀子の頼み事が断れない。昔の話を切り出して脅してくるからだ。
つつがなく、会長選も終わった。
無投票での決着だが、一通りの儀式は必要になる。
クソみたいな授業を受けて、友達と言われる者たちといつものような話をして、家に帰る。
たまにある。イベント事はクソみたいな日常に刺激を追加してくれる。
夜。由紀子からのメッセージに返事を出して、布団に潜り込む。
弟は、今日も遅くまで勉強するようだ。たしか、小学校の七夕で、雄輔が書いた短冊の事で、両親が呼び出されていたな。
”学力が欲しい”
だったかな?小学生が考える事じゃないとか言われていたのを思い出す。
妹が、彼氏ができたと喜んで見せてきた写真が、大学生のチャラ男の写真だったときには、本気で怒った。相手を呼び出したら、小学生が出てきて二度びっくりした。写真写りを研究していると言っていた。
オヤジの仕事を手伝うと言った時には笑って必要ないとだけ言われたな。
オフクロは、もう少し料理がうまくなって、洗濯で色物を分けてくれて、掃除機の使い方を覚えてくれたら完璧なのだけどな。オヤジの話では、お嬢様だったからしょうがないのかな?
眠いな。
そうだよな。由紀子が・・・。あの男からの告白を断ったのを聞いて、安心したよな?なぜだろう?
俺の横に由紀子が居なくなると思ったら悲しくなったのだよな。俺、由紀子の事が好きなのかな?そんな事が有るのか?
ゆっくりと目を閉じる。由紀子からのメッセージが届いた。音を変えているから解る。あの音は、由紀子が好きな曲だ。なんと言ったかな。そうだ、ヴェルレクだ。ヴェルディが作曲した曲だ。由紀子からそう教えられた。
明日の目覚めも最悪なのだろうな。
最悪な目覚めで、いつもの憂鬱な日々が繰り返される。
—
「教授。この被験者は、これが最良の夢で、最高の目覚めなのでしょうか?」
「この被験者のステータスは見たかね?」
「はい。34歳で自殺」
「そこじゃない」
「えぇーと。22歳の時に、夢に出てきた、由紀子という幼馴染と結婚。翌年・・・え?」
「そう、この男性は、22歳で結婚した。翌年、産まれてくるはずの子供と一緒に最愛の妻を殺された、ただ覚せい剤という薬が欲しいという理由で、家に泥棒に入った男に、妻と弟と妹夫婦と両親を殺された」
「教授。でも、わかりません、なぜこれが”最高の目覚め”なのですか?」
「それは、君たちが考えなさい。今日のレポートにします。来週までにまとめて来なさい」
『えぇぇぇーーー』
教授と呼ばれた男性は、踵を返して部屋を出ていった。
残された生徒は、友達と今見た夢の話をして、考察を行っている。
大輔が自殺してから、約250年。
脳の一部から記憶を読み取る技術が確立した未来。
大輔は、最低だと思って居た日常が、最高の日々で毎日母親や妹や幼馴染に起こされるのが最高の目覚めだと未来になって知らされる事になる。
fin
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