【第六章 神殿と辺境伯】第十一話 確保?
ダーホスたちは弓で牽制して、引っ張り出された男に複数で斬りかかる。終わりの見えない撤退戦をおこなっていた。
暗くなるまで逃げ切れば石壁を越えて森の中に入る。神殿方向に逃げる者と囮となってユーラットに逃げる者で別れることにしている。
暗くなるまでは4時間ほどある。カスパルは殿を見事にこなしている。なんとか、傷を負っている者は多いがなんとか全員が生きて逃げることができている。
ダーホスも事ここに至って、女性を帝国のヤツラに返しても自分たちが見逃されるとは思っていない。
女性の証言が必要になってくることも考えられる。人数は自分たちのほうが多いが武装と経験の差は大きい。ジリジリと逃げる時間よりも戦闘している時間が長くなっている。途中で、ユーラットに所属している3人娘が合流して距離を稼ぐことができたが一時的なことだった。
”ダメか?”
ダーホスの脳裏にそんな言葉が浮かんできた。
それでも、気力を振り絞って戦いながら逃げることを繰り返した。4-5回ほど森の中から獣が出てきて男たちに襲いかかった。それでなんとか逃げ延びることができている。
「ダーホス!あれ!」
最初に気がついたのは殿を努めていたカスパルだ。全身の至るところに傷を負いながら気力は失われていない。
「あ・・・」
ダーホスも男たちの後ろから来るものがヤスのアーティファクトだと判断した。
箱型馬車にも見えるが、馬がひいているわけではない。なによりも、あんな速度で移動できる物をダーホスはアーティファクト以外は知らない。
男たちは何が起こったのかわからない。
後ろからすごい速度で何かが移動してきているのは解る。魔物にしては奇妙な形をしていると思うしか無い。
「助けだ!」
ダーホスが叫ぶ。
—
ヤスは重大なミスをしていた。
「マルス!バスに結界をつけていないよな?」
『設置しております。ディアナが設置を行いました』
ヤスのミスはディアナによって回避されていた。
「そうか・・・『ツバキ。結界を発動して、男たちをはねろ。死んでしまったら運がなかったと諦めよう』」
ツバキにつながる魔通信機を使って声を伝える。
「『よろしいのですか?マスター。眷属たちが男たちを拘束できると言っています』」
双方向になっているようでツバキ側の声もヤスが居る場所に伝わる。
「マルス。どう思う?」
ヤスは判断ができないが。轢き殺すよりはいいと思うが、それでも眷属が傷つくことを考えてしまっている。
『個体名ツバキにギリギリで停めさせて、眷属たちが飛び出せば無傷での拘束も可能だと思われます』
「わかった『ツバキ。聞いていたな!』」
「『はい』」
「よし『マルス。ディアナ。ツバキをサポート。加速して、男たちとダーホスの間に滑り込め。頭から突っ込めば、男たち側のドアが使えるだろう。眷属が降りたら、後退してダーホスたちを確保しろ!』」
『了』「『はい』」
指示を受けたツバキはバスを操作した。ぎこちないアクセルワークはディアナがサポートしたことで安定した。加速するバスの中では眷属たちが武装を確認する。
「突っ込みます!」
ツバキが宣言した。
引き攣った顔をしている男たちの横を抜けて、バスを滑り込ませる。昇降口のドアを開けるのと同時に窓を開ける。
「ダーホス様。マスターである神殿の主からの指示で助けに来ました」
眷属たちが飛び出したのを確認してからツバキはバスを後退させ、昇降口をダーホス側に持っていくためにバスを前進させる。
ダーホスたちの横にバスを付ける。運転席から移動して昇降口からダーホスたちを招き入れる。
「感謝する」
ダーホスが代表して感謝を口にする。
「マスターからの指示です」
「マスターとは?ヤス殿ですか?」
ツバキは肯定するようにうなずいた。
マルスからの注意として、ヤスの名前は出さないようにと言われている。
ダーホスもツバキが名前を言わないことで事情を察した。
「助かりました。今後はどうされるのですか?」
「はい。ユーラットに・・。向こうも終わったようです」
ツバキが指摘したとおりに男たちは倒されていた。人数を確認しても逃してはいないようだ。
「彼らはどうしますか?マスターからはできるだけ殺すなと言われています」
「そうですね」
ダーホスは、カスパルの肩に頭を乗せながら寝ている女性を見る。
緊張の糸が切れたのだろう。バスに乗り込んでカスパルとダーホスがもう大丈夫と言ったことや、男たちが圧倒されている場面を見て安心して気絶するように寝てしまった。
「ユーラットにつれていきます。何やら、スタンピードに関しても知っているようでした」
「わかりました。縛り付けて床に転がしておけばいいですか?」
「おまかせします」
「拘束を手伝って欲しいのですが可能ですか?」
「もちろんです」
ダーホスは、荷物の中から縄を取り出して、護衛に指示を出した。
護衛たちは眷属に倒された男たちを縛り上げていく。バスの後部座席に男たちを座らせるようにして、その前に眷属と護衛たちが座る。
カスパルと女性は入り口の近くだ。カスパルは肩を枕にされているので場所を動く事ができない。
ダーホスは助手席に座る事にしたようだ。道中、ツバキに話を聞きたいという事だ。
全員が乗ったことを確認して、ツバキはバスに火を入れる。
ダーホスは全員の名前と所属を告げる。自分たちは、ユーラットに属するもので神殿の主に敵対していないと告げた。
宣言を聞いたツバキは、自分の名前を告げて、神殿の主に使えるメイドだと教える。そしてツバキという名前は、神殿の主から頂いたと告げる。戦闘に参加した者たちは、神殿の主に使える執事長の眷属である事も告げる。
ダーホスは、宣言を聞いてツバキの素性をある程度予測した。眷属と呼ばれた者も同じだと判断した。
ダーホスが石壁と休憩所のことをツバキに聞こうとしたときに、戦闘に参加した3人娘からダーホスに話があると言い出した。
サンドラがユーラットに来ているという事だ。
「はぁ?辺境伯のお嬢様が?なんで?」
「しらない」「ダーホスたちを呼び戻しに行くのが依頼だっただけ」「ユーラットに居る冒険者で移動速度が早い私たちが選ばれた」
サンドラの来訪は以外だったのだが、街道で会わなかったのには心当たりがある。
「それで、ツバキ殿。神殿の主殿は何をご所望なのですか?」
アーティファクトを使っている状態なら今日中に到着もできると思っている。
ダーホスが気になるのは、今回の介入に神殿の主の意向が反映されていることだ。取引に使おうとしているのかもしれない。
「マスターのお考えは私などには理解できません。ただ・・・」
「ただ?」
「平穏を望んでいらっしゃるのは間違いないと思います。それ以上は、私から申し上げる事はございません」
二人の会話を盗み聞きしていたヤスもツバキの返答で問題ないと判断した。
—
「旦那様」
「そうだな。マルス。FITを出す」
『了』
「どのくらいに出ればいい?」
『個体名ツバキが地域名ユーラットに到着するのは明け方です。到着してからも話し合いが行われる事が考えられます。マスターは13時を目処に移動することを推奨します』
「わかった。時間になったら教えてくれ。移動時間を加味したスケジュールを出してくれ、着替えの時間も含めてくれ」
『了』
「旦那様。お食事は?」
「セバス。悪いけど、何か用意してくれ、ツバキに引き継いだのに悪いな」
「いえ。旦那様のお世話以上に大切な仕事はありません」
「そうか・・・。頼む。マルス。少し工房に籠もるけど、時間が来たらセバスを工房まで誘導してくれ」
『了』
セバスは背筋を伸ばして頭を下げて”かしこまりました”とだけ告げて奥に入っていった。
何も用事はなかったが工房で新しい魔道具のアイディアを考える事にした。
食事ができたと連絡が来るまでタブレットを操作していた。
食事を食べてからも工房で時間を潰した。途中で仮眠の為に部屋に戻ったが落ち着かなかったのか1時間ほどで目が覚めてしまった。
それからセバスが呼びに来るまで工房で時間を潰したのだった。
ヤスは風呂に入ってさっぱりしてからセバスが用意した服に着替えた。
「マルス。行ってくる。セバス。助手席に乗れ、運転は時間ができたときに教える」
『はい』「かしこまりました」
地下駐車場から少しタイヤを鳴らしながら外に出る。
そのまま中央通りを抜けてユーラットに向かう。
(そうか、上りと下りを分けた方がいいな。事故が怖いからな)
運転しながら余計なことを考えた。
積読本や購入予定の書籍の情報を投稿しています
小説/開発/F1&雑談アカウントは、フォロバを返す可能性が高いアカウントです