【第九章 ユーラット】第二十一話 帝国国内

 

帝国の情報は、確かに、オリビアから得る事が出来た。
しかし、オリビアが持っている情報は、第三皇女として得た情報でしかない。そして、大きな問題として、帝国は王国よりも男尊女卑が強い傾向にある。また、政務などの情報も入手が難しい立場だった。オリビアの頭脳が優れているために、ある程度の情報から正解を導き出すことが出来てしまっていた。

情報の齟齬があるとしたら、帝国国内の情報ではない。
オリビアにも小さいながらも派閥が存在していた。後見してくれる貴族も存在していた。その為に、帝国内の情報は、遅くても入手が出来ていた。どんなに優秀な人間が居ても、入手が難しい情報があった。それが、オリビアの家族に関する情報だ。具体的に言えば、第一皇子と第二皇子のオリビアに対する気持ちだ。表面的な態度と派閥から聞こえてくる耳あたりの良い感情ではない。皇子たちの本当の感情を知らないが故に大きな勘違いをしていた。

帝国には、大きく3つの派閥が存在している。

王国に近い位置に領地を持つ貴族は、王国への侵略には消極的だ。
昨今、王国に対しての侵略がうまく行っていないことも大きな理由だが、それよりも神殿勢力の出現が大きな理由になっている。神殿や王国は憎いが、神殿や関連の村から流れて来る者を目当てに、商人たちが動く、人が動けばそこに”利”が産まれる。王国と国境を接している領主たちは、今では王国に対して柔軟な対応を行うために、穏健派と考えられている。しかし、穏健派には有力な貴族が居ない。穏健派は、王国との小競り合いをしつつ、”利”を求めている。王国への侵攻作戦には自領が”自国兵”によって荒らされる危険性があるために、断固反対の立場だ。
帝国は、一つの貴族家が力を持つことを嫌って、辺境伯を任命していない。それだけではなく、軍も貴族家には決められた兵の拠出を命じている。具体的には、自領で抱えている軍の半数を中央に送らなければならない。維持費は、貴族家持ちだ。その為に、貴族家は兵の維持は常備兵の倍が必要になる。

王国への対処には、帝国の悲願が関わっている。
別に、帝国は王国を滅ぼそうとしているわけではない。そもそも、帝国が持っていたと主張している領土を取り戻したいのだ。それが、自分勝手な思いだとしても、”悲願”なのだ。帝国は、先代の皇帝が即位している時に、王国との紛争で負けた。帝国側の考えでは、エルフ一族が余計な動きをしなければ買っていたという物だ。この時に、”余計な動き”をしたのが、リーゼの母親と父親だ。リーゼは、ハーフハイエルフというだけではなく、実際には救国の英雄を親に持っていた。
リーゼは帝国から見たら、帝国を負けに追い込んだ仇の娘になる。

従って、奪われた領土を奪い返す聖戦を仕掛けるべきだと主張する貴族家が多い。
特に中央貴族に多く、自分たちは安全な場所に居て、船倉を賛美する者たちだ。そして、もっとも人数が多く、有力貴族が多く、次期皇帝に近いと言われる第二皇子が所属する派閥だ。
しかし、軍権は皇帝が握っている。そして、皇帝から委任されているのが、第一皇子だ。第一皇子は穏健派とも強硬派とも違っている。厄介なことに、第一皇子は、皇国の思想に近い考えに洗脳されてしまっている。派閥は、皇国に毒されている者たちが多い。領土を持たない宮廷貴族が多い。その為に、戦争の悲惨な状況を自分の肌身で感じたことがない者たちで構成されていて、過激な度合いでは、過激派を越えている。

そんな超過激派と過激派の所に、帝国から王国に亡命した第三皇女の護衛をしていた者から情報が届いた。

帝国国内は、3つに分かれて言い争っていた。

”情報がこんなに簡単に流れるのはおかしい”と穏健派が唱える。
”騎士が命がけで送ってきた情報なのだ!それを信じないでどうする”と強硬派が応じる。
”情報の正誤を確かめるために戦ってみればいい”と超強硬派が提案する。

戦いたくない穏健派と領土を取り戻すチャンスと思っている強硬派が言い争って、そこに油を注いで両者を潰そうと考えている超強硬派がいる図式だ。

穏健派は、自分たちの兵士が使われるのが解っているために、なんとか戦争は回避したい。
強硬派は、第二皇子に実績を持って皇帝の座を射止めて欲しいと考えている。その実績として最良だと考えているのが、”悲願”の達成だ。
超強硬派は、穏健派の兵士たちと強硬派の兵士たちを使って、自分たちが有利になる立ち位置を確保することだ。

別々の方向を見ている状況では、会議は進まない。

ただ一人だけ、報告の違和感に気が付いた人物が居た。
皇国の傀儡になっていると思われている第一皇子だ。第三皇女を心配している唯一の人物だ。立場上、心配している素振りを見せられなかったが、可愛い妹が逃げるという判断をしているのを知っていた。そして、亡命も黙認していた。
最初の違和感は、自分が第三皇女に付けた者からの連絡が途絶えたことだ。
問題があれば連絡が来ることになっていた。連絡が来ていないのは、第三皇女に問題が発生していないことを意味する。そうなると、護衛からの報告とは矛盾している。

些細な違和感から始まった考えだが、報告を読み込んでいけば、アデレードが考えそうな事を思い出してみれば、”カチリ”と何かが嵌る感じがした。

そこからは、一人での戦いになった。

第一皇子は、自分の置かれている状況をかなり正確に把握していた。
そして、第一皇子は今回の第三皇女の忠実な騎士からの報告書を使って、帝国を壊すことを考えていた。第三皇女のように、神殿に亡命することも考えたが、第一皇子には皇国から来ている神官やらいろいろな目が張り付いている。皇国の利にならないことを行おうとした瞬間に暗殺される可能性がある。

神殿の思惑と、王国の思惑と、第二皇子派閥の思惑と、穏健派の思惑と、第一皇子の思惑と、巻き込まれる可能性があるエルフの里。
どこが、何を得るのか?
そして、何を失うのか?

皇帝は何をしているのか?
国内で派閥間の闘争が激しくなり国内が割れる寸前まで来ている。皇帝は、現在の状況を傍観している。
騎士から齎された神殿と王国の情報も、第一皇子と第二皇子だけではなく、宮廷にいる有象無象に”機密文章”だと言いながら流してしまっている。

作戦行動は、強硬派に属している者たちと、超強硬派というべき第一皇子の派閥の者たちが分担することに決まった。
穏健派は、王国からの反撃を抑えるという建前を使って、自分たちの領土に引き籠ることに決めた。行軍の予定は、穏健派にも開示された。近郊ルートに指定された貴族家には、侵攻への参加ではなく、サポートが依頼された。

第一皇子は、第二皇子や強硬派の貴族からの要請を受ける形で、帝国軍を動かすことを決めた。

分担と言えば聞こえはいいが、反りが合わない者たちが同時に同じ情報を持って攻め込もうとしている。
そして、どちらの陣営も既に勝ったつもりになっている。そのうえで、より実利が多くなる方法だけを考えている。

情報の解釈が違う状況で、同じ場所に攻め込もうとしている。
二方向からの侵攻だ。神殿側は、両方から攻め込まれることを考えれば対処が難しい。

皇国に近い者たちは、神殿の実効支配が目的だ。
第二皇子派閥は、王国に奪われた領土の奪還が目的だ。

”マルス様”

”マリアですか?”

”はい。お伝えしたいことがあります”

”どうしました?”

”巫女候補の一人が商人から情報を得ました”

”それは?”

”はい。帝国の第一皇子ですが・・・”

セバスチャンから、ヤスに至急の報告があると連絡が入った。
ヤスは、セバスチャンからの情報を得て、オリビアとアイシャを呼び出した。

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