【第九章 ユーラット】第十七話 慣れない事をする
カイルとイチカとドッペルたちが揃ってオペレーションルームに入ってきた。
「旦那様」
「ありがとう。セバス」
ドアを開けて、カイルとイチカが中に入ったのを確認した。セバスは、全員が部屋に入ったのを確認してから深々と頭を下げた。
ドッペルは、ドッペルだと解る姿に戻って、オリビアの横に移動する。オリビアが、自分のドッペルから”痛み”の情報以外を貰い受ける。ドッペルから見ていた情報をオリビアが必要だと判断した。
ヒルダの蛮行を誰かに聞かれた時にしっかりと自分の言葉で説明を行うためだ。
そして、カイルとイチカにしっかりと”礼”を伝えるためだ。
記憶をオリビアに戻したドッペル・オリビアは、壁際まで戻った。
記憶を受け取ったオリビアは、少しだけ椅子に座ったまま目を閉じた。
皆の視線がオリビアに集中した時に、目を開けて立ち上がった。
しっかりとドアの所に居るカイルとイチカを見てから、深々と頭を下げた。
「カイル様。イチカ様。私たちを、御身を顧みずに助けて頂いて感謝いたします」
オリビアの口上が終わると同時に、メルリダとルカリダとルルカとアイシャが立ち上がった。
同じように、カイルとイチカに深々と頭を下げる。
戸惑うのは、カイルとイチカだ。
特に、イチカの動揺が酷い。勝手に助けに向った。助けに行くことには、カイルと話をして了承をしていた。”いい事”だと思っていた。しかし、ドッペルから話を聞いて、自分たちが行ったのは、皆が考えた作戦を台無しにした可能性に思い至った。
それだけではない。ヤスが何度も言ってきた、”まずは自分たちの安全を考えろ”を無視した形になっている。オリビアを助けるのは、正しい行動だとは思っていた。しかし、助ける為の行動で、自分やカイルが危険に身を曝す行為ではなかったのか?
オリビアからの言葉は嬉しいが、言葉の中に”御身を顧みず”という言葉が、イチカの心にのしかかった。
そして、イチカはヤスを見て、悟ってしまった。
「ふぅ・・・。イチカ」
ヤスは、イチカの気持ちが解るのか、優しい声で話しかける。
「はい」
イチカは、ヤスの呼びかけに、緊張した声でまっすぐにヤスを見ながら答えた。
「イチカは、解ったのだろう?」
ヤスは、優しい声で、イチカに向って問いただす。
これから、やるべきことを考えて憂鬱な気分になっているが、自分の役目だと解っている。年長者であるアフネスは、部外者に近い立場だ。身分で言えば、アデレードでもいいのだろうが、年齢がカイルとイチカに近すぎる。
「・・・。はい」
ヤスの言葉で、イチカは呆れられていないことだけは理解が出来た。
「え?なに?解った?」
カイルは、ヤスとイチカのやり取りを聞いていたが、自分たちの行動が、悪い事だとは思っていない。
最悪の方向に発展しなかったのは、運が良かったからだ。それが解らない。
「カイル。俺は、誰かを叱るのが苦手だ」
ヤスは、テーブルの上に両手を置いて、まっすぐにカイルを見つめる。
宣言している通りに、これから、ヤスはカイルを”叱らなければ”ならない。子供だからでは、終わらせてはダメな状況だ。
「え?」
叱られるとは思っていなかったカイルは、睨むようにヤスを見るが、ヤスが哀しそうな目でカイルを見るので、反抗心が折れそうになっている。
「カイル。誰が神殿の領域から出ていいと言った?」
ヤスは、イチカに話しかけるように、ゆっくりと問い詰めるような口調ではなく、優しく諭すような口調で、カイルに質問をする。
「・・・」
「カイル。答えろ」
カイルが黙っているのは、反抗心から来る沈黙だと考えたヤスは少しだけ強い口調で、カイルに問いただす。
「誰も・・・。でも!」
「”でも”じゃない。それに、お前は、イチカと一緒に、出たよな?」
カイルが答えた事で、ヤスは口調を戻す。
それでも、最初の優しい口調ではなく、上司が部下に指示を出す時の機械的な口調を目指して、問いただす。
「うん。アイツらが、3人だと聞いて、おいらが、一人を抑えている間に、イチカにオリビア姉ちゃんを助けて・・・」
「カイル。お前が怪我をしたり、捕まってしまったり、最悪は、殺されている可能性だってあるのだぞ?」
「・・・。うん。でも!オリビア姉ちゃんたちを助けないと・・・」
カイルの中では、神殿で生活をして、会話ができる人は”仲間”なのだ。
帝国の姫と言われて最初は戸惑った。話してみれば皆と何も変わらない。それが嬉しくて、他の人たちよりも、近くに感じていた。
「そうだな。その気持ちは大事だ。大切な気持ちで、お前の考えは正しいと思う」
「なら!」
カイルは、自分が”正しい”と考えて行動した。
行動した結果が伴っている。ドッペルだったけど、オリビアを助け出した。
だから、自分の行いは”正義”だったと思っていた。
「カイル。お前が怪我して、二度とモンキーに乗れなくなったとしてもいいのか?」
「・・・。うん。残念だけど、おいらが自分で実行した事だから・・・。でも!」
「カイル。お前が怪我をして、モンキーに乗れなくなったとして、お前は自分の責任だと、諦められるのだな」
「うん。兄ちゃん。おいら。おいら」
「カイル。お前が怪我してまで助けたオリビアはどうしたらいい?お前を助けられなかったと考えてしまうイチカはどうしたらいい?それだけじゃない。俺も、お前とイチカを二人だけで行かせたことを後悔するだろう。他にも、アデーもサンドラも・・・。リーゼも、後悔する」
カイルの”正しさ”は、他の人からも”正しい”と認識されると、カイルは思っていた。
「・・・」
「俺たちも、オリビアを見殺しにしようとは思っていない。危険な役割を頼むのは、皆が解っていた。そのうえで、できるだけ安全にオリビアたちが助かる方法を考えていた。カイル。解るよな?お前の行動がどれだけ危なかったのか?そして、それはお前だけが危険に晒されたわけじゃないことを・・・」
「・・・。うん」
カイルは最初の勢いもなくなって、俯いてしまっている。
道筋を作って話せばカイルは解ると、ヤスは考えていた。
だからこそ、オペレーションルームに呼んで、説教を行おうと考えた。
他の場所では、神殿の中でも視線がある。
カイルが虚勢を張る可能性があった。
ここなら、無責任にカイルに味方をしようとする人が居ない。
そして、ヤスが慣れないことをしているのを、”生暖かい視線”で観察する程度には、ヤスの事を信頼している者たちだ。
「イチカ!」
「はい」
「お前も、同罪だ」
「兄ちゃん!イチカは、おいらが無理矢理」
「解っている。イチカを怒るのは、解っているよな?」
「はい。私は、カイルが一人で行くくらいなら、一緒に行って、カイルが危なかったら、バイクでヒルダに突撃を・・・」
「そうだな。イチカの目の前で、カイルが剣で切られるところは見たくないよな」
「はい」
「でも、イチカ。カイルと逆の立場になっているだけで、何も変わらない。わかるよな。お前が怪我をして、カイルが助かったとして、カイルはお前に感謝はするだろう。でも、それ以上に後悔する。わかるだろう?」
「はい」
カイルとイチカは、ヤスを見て、謝罪の言葉を口にした。
「そうだな。お前たちの事を心配したのは、俺だけじゃない。解っているな。それに、この場合は、謝罪はダメだ」
「え?」「??」
「お前たちが、謝罪してしまうと、助けられたオリビアが困るだろう?今日は、ドッペルだったから謝罪でも、まぁいいけど・・・」
「兄ちゃん?」「ヤス様?」
「カイルとイチカにしか使えない方法を教える」
「うん!」「はい」
「”ただいま。無事に帰ってきた”で、いい。お前たちの無事が俺たちが求める事だ」
カイルとイチカは、お互いの顔を見てから、皆に頭を深々と下げてから、大きな声で・・・。
「「ただいま帰りました。二人とも無事です。ご心配をかけました」」
息があった言葉だ。
「おかえり。カイル。イチカ。見事だった。でも、危ない事はしないでくれ」
「「はい!」」
ヤスが照れているのを他の者たちはニヤニヤしながら見ている。
「マルス!状況の説明を頼む!」
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