【第十章 エルフの里】第九話 エルフの事情
ラフネスは、ヤスとリーゼに事情を説明した。
説明を聞き終えたヤスは頭痛を抑えるような仕草をする。リーゼは、事情がよく飲み込めていないようで、ラフネスとヤスの表情を必死に読み取ろうとしている。
「ラフネス。率直な意見を言っていいか?」
「何を言いたいのか解っていますが、どうぞ?」
「エルフはバカなのか?」
「・・・」
リーゼがヤスの服の袖を可愛らしく引っ張る。
「ねぇヤス。どういうこと?エルフ族が、僕の持っているお金が欲しいってこと?」
「そうだな」
「僕、お金なんて持っていないよ?」
「そうだな。今のリーゼに、神殿の居候以外の価値はないからな」
「え?僕、居候・・・?」
「違うのか?」
「うん。神殿に、ヤスの側に住んでいる!だから、居候じゃない!」
ヤスは、リーゼが”居候”の意味をどう捉えているのか聞きたかったが、やぶ蛇になりそうなのと、ラフネスの視線が徐々に厳しくなっていくのを見て追求を止めた。
「そうだな。でも、リーゼには母親からの愛情があるだろう?」
ヤスは、リーゼを見ながら、厳しい目線を向けているラフネスに視線を向けると、視線の厳しさが和らいでいるので正しい対応だったと考えた。
「愛情?」
「そうだ、母親と父親が残してくれた物があるだろう?」
「うん!」
リーゼは、アイテムボックスから、宝石が着いたブレスレットを取り出した。
「それか?」
「うん。ママが僕に残してくれた。僕にしか使えない・・・。らしいのだけど、意味がわからないよね?ブレスレットだと、誰にでも付けられるのにね」
ヤスも、同じことを考えた。
ラフネスの説明では、リーゼが持つ物を狙って愚か者が湧いた。
ヤスは、ラフネスを振り返るが、視線はブレスレットに固定されている。ヤスは、リーゼが持つブレスレットが、ラフネスたちが欲している”鍵”なのだと認識した。
「ラフネス!」
”鍵”に釘付けになっていたラフネスの名前を呼ぶ。
「・・・。もうしわけありません。リーゼ様が出されたブレスレットこそ・・・。鍵で間違いありません」
「ふぅーん。ねぇヤス。僕・・・。別に、ヤスの近くに居られれば、いいだけで、エルフの里に戻るつもりはない。僕の故郷は、ユーラットだよ」
「ん?」
ヤスは、リーゼが何を言っているのかよくわからない。
リーゼも、自分が何を求めているのかイマイチわかっていない。でも、こんなブレスレットのために、神殿の・・・。ヤスの近くから離れるのは”嫌”だという思いが湧き上がってきている。
「ヤス。僕。神殿に居ていいよね?」
鈍感なヤスも、リーゼが何を言い出したのか理解できた。『リーゼを”荷物”として、エルフの里に置いていくと考えた』と感じたのだ。間違いではないが、大きな勘違いだ。
「もちろんだ。ラフネスの話が終わったら、神殿に帰ろう」
「うん!」
「え?」
ラフネスが違った反応を示すが、ヤスとリーゼは神殿に帰るという認識で一致している。
「ん?ラフネス。リーゼが、エルフの里に残るメリットはないよな?エルフが欲しがっているのは、リーゼではなく、リーゼが持つブレスレットで、鍵の発動ができるリーゼなのだろう?」
「・・・」
「ラフネス!」
「リーゼ様は、エルフの里で過ごされるのが」「違うだろう?それを決めるのは、リーゼだ」
ヤスは、呆れた。ラフネスが最後まで言い切る前に、言葉を重ねた。普段では、絶対にしないような強い口調だ。言われた、ラフネスだけではなく、リーゼもヤスの顔を見てしまったほどだ。
結局は、ラフネスも同じ穴の狢なのかと思い始めていた。ヤスの心情としては、先程までいた男たちよりも、ラフネスの方が”質”が悪いと思えた。親切心でリーゼを匿おうと思っている。リーゼの意思を無視するという結果は同じなのだ。それに、気がついていない”正義”は個人で違うのに、ラフネスやエルフたちは自分の正義こそが”唯一絶対の正義”だと考えている。根本にあるのは、エルフ族は優秀な種族で、人族と一緒に居たら不幸になる。優秀な者は、優秀な者で纏まっているのが正しいと本気で考えている。
「ヤス。僕・・・」
「リーゼ。残りたいのなら、俺は1人で神殿に戻る。リーゼは、どうしたい?」
「僕は、神殿に帰る!でも・・・」
「でも?何でも叶えるとは言わないけど、希望は言ってくれ」
「うん。あのね。ヤス。ママとパパが、僕に何を残したのか・・・。知りたい。ダメ?」
「ダメじゃない。リーゼの正当な権利だ。そうだろう?」
ラフネスは、ヤスの問いかけに頷いた。自分が発した言葉で、ヤスが激怒したことを理不尽に感じていたが、リーゼが譲歩と取れる発言をしたので、やはり自分の考えは間違っていないと思い直した。
「はい!そうです。リーゼ様は、エルフ族と一緒に居るほうが幸せに慣れます」
ラフネスの暴走に近い妄想を、ヤスは無視した。リーゼも、エルフと一緒に過ごすつもりは一切ないので、無視することにした。
それでも、ラフネスはリーゼがエルフ族と過ごすべきだと主張をして、エルフ族の素晴らしさを力説している。リーゼとヤスは、ラフネスが語れば語るほどに、先程までいた男たちと同列だという印象を強くしている。
いい加減にうんざりしたヤスが手を上げてラフネスの妄言を止める。
「ラフネス。それで、リーゼのブレスレットの秘密は教えてもらえるのだな?」
「・・・」
「ラフネス?」
「私では・・・」
「ラフネス。いい加減にしてくれ、お前が、ブレスレットの秘密を知らなければ、”なぜ”リーゼが持つブレスレットを見て”鍵”だと・・・。確信していたよな?なぜだ?」
ヤスの問いかけは、誰でも思いつくことだが、ラフネスとしては手痛いミスでしかない。
「リーゼ。どうやら、ラフネスたちエルフ族は、リーゼに説明する”気”が無いみたいだぞ」
ヤスは、ラフネスに見えないようにして、リーゼの方をしっかりと見て伝えた。
リーゼは、ヤスが言っている話の内容はわかっても、意図までは意味がわからない。解ったのは、自分の中で、エルフに関する興味がなくなってしまったことだ。
「ねぇヤス。帰ろう。依頼は果たしたよね?」
「あぁラナから依頼は、”書類を届ける”だけだからな」
「・・・。うん。しょうがないよね。ヤス。僕が悪いのかな?」
「違う。リーゼ!リーゼは、何も悪くない。悪いのは、しょうもない理由でリーゼから大切な物を奪おうとしている、コイツらだ!」
ヤスが、ラフネスを睨むが、自分が該当しているとは思っていない。
「リーゼ様。ヤス殿。エルフ族は、リーゼ様を大切に」「ラフネス。お前が、お前たちが大切にするのは、リーゼなのか?リーゼが持つ権威なのか?」
ヤスは、ラフネスの言葉を遮る。
「え?」
「どっちだ!」
語気を強める。
リーゼに向ける視線は優しいが、言葉は強く、非難するようにも聞こえる。
「もちろん、リーゼ様です」
「そうか、それなら、リーゼが持つブレスレットを、俺が持っていても問題はないのだよな?」
「え・・・。それは・・・」
「問題はないよな?リーゼが大切なら、何の問題はないよな?」
ヤスに隠れている状態になっていた。リーゼが、一歩前に出てきた。
「ヤス。もういいよ。ねぇラフネスさん。正直に答えて・・・。欲しい」
「・・・」
「僕の持っているブレスレットは”鍵”なのだよね?」
ラフネスは、リーゼからの視線を受けて、身体を硬直させている。
「・・・。はい」
「さっきの人たちだけど、なんで、このブレスレットが欲しいの?」
「それは・・・」
「ラフネスさん?」
リーゼはヤスと違って追及するつもりはない。純粋な気持ちからの質問だ。
ラフネスは、諦めた表情をリーゼに向ける。リーゼの表情が、あまりにも自然体でリーゼの母親がエルフの里を捨てたときの表情と重なった。
ラフネスは、観念してエルフが抱える問題を語り始めた。
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