【第十章 エルフの里】第六話 リーゼとヤス

 

 国境に近づいてきて、砦が見えた場所で車を停めた。

「ヤス。なんで?もう砦だよ?許可書もあるから、大丈夫だよ」

 リーゼが言っている通り、王都を出る時に許可書をもらっている。許可書があれば、”行き”も”帰り”も検査を受けなくてもいいという最上級な物だ。

「ん?」

 ヤスは、砦の入り口を指差す。
 砦の関所を超えるための行列が出来ている。ヤスたちが持っている許可書は、行列を無視できる物で、並ぶ必要はない。

「並ばなくてもいいよね?」

「あぁだけど、列を見ると、高級な馬車が見えるだろう?」

「あ?うん」

「ほら、これで見てみろよ」

 ヤスが持っていた、双眼鏡を渡す。双眼鏡と望遠鏡は、ヤスがイワンに言って作った物だ。ヤスが満足した物が出来てからは、神殿では普通に使われている。ルーサやヴェストがすごく喜んで大量に制作して使っている。レッチュガウ辺境伯家も大量に購入して、領内の村や街に配置している。村を優先したのは、魔物や敵性生物の接近を発見するのに役立てるためだ。村では、接近されてしまってからでは、全滅の可能性が高まってしまう。できるだけ、遠くで発見したいと思っていたのだ。

 リーゼは、受け取った双眼鏡で、馬車を確認する。

「・・・」

 馬車には、いくつかの約束事がある。規格ではなく約束事だ。馬車は、見える場所に所属国家の紋章を入れなければならない。例外なのは、ヤスのようにギルドに登録している特徴な形状をしている馬車と軍が使う物になる。

 確認をして、リーゼはヤスに望遠鏡を返した。

「ヤス」

「俺も詳しくはないから、正しいかわからないけど、あれは帝国の貴族が使っている馬車だ。それも、確か・・・」

「伯爵家」

「そう・・・。馬車が道の幅の限界まで広がっている上に、下品に飾り立てて、周りを護衛に守られているよな。護衛も周りを威嚇しているよな」

「うん。あ・・・。そうか、だから、ヤスは停まったの?」

「あぁ。周りを威嚇している馬車の隣を、走り抜けて・・・。まぁ文句を言われても無視するけど、面倒な状況になると解っているのなら、避ければいいだろう?」

「うん。そうだね。ヤスは、あの馬車が抜けるのを待つつもり?」

「予定よりも時間がかかっているけど、まだ誤差の範囲だからな。2-3日となると辛いけど、半日程度なら待ってもいいだろう?戻って、草原をドライブしてもいいと思うけどどうだ?」

 ヤスの提案は、リーゼも考えていたことだ。せっかく、ヤスが居て、FITにはモンキーが積まれている。せっかくだから、一緒に走りたいと考えていたのだ。

 リーゼは、一緒に来ているヤスの眷属を見て、眷属が居ればアーティファクトを盗もうとしても無理だと考えている。そもそも、ヤスとリーゼ以外に動かせる者が居ない。移動させようにも、1トンを越えていて、タイヤがロックされている状態を移動するのは、身体強化が使える者でも難しい。破壊しようにも結界が発動しているので難しい状況なのだ。

「うん!移り変わる景色を見るのも楽しいけど、思いっきり身体を動かしたい!」

「そうだな。来る時に、小丘状になっている場所があったから、移動するか?」

「うん!場所は、ヤスに任せる!」

 ヤスが、運転席に戻るとリーゼも助手席に座った。シートベルトを手慣れた手付きで装着するのをみてから、ヤスはエンジンに火を入れる。

”マルス!”

”ナビに表示します”

 マルスの提示したナビに従って、FITを移動させた。
 ゆっくりとした速度で、10分くらい移動して、開けた場所にたどり着いた。

「あ!ここ!ヤス!早く!」

 FITを停めた途端に、リーゼが飛び出した。

「リーゼ!」

 ヤスも慌てて飛び出した。眷属たちも後に続いた。ヤスは、モンキーを荷台から下ろして、眷属たちにも自由にしていいと伝えた。マルスには、近くに何者かが近づいてきたら、眷属たちに警告を出して、自分を呼び寄せるように指示を出した。

「ヤス!どうする?広いけど、コースにはなっていないよ?」

「そうだな。慣らしながら走ってみて、岩や木をコーナーに見立てればいいだろう?」

「わかった。好きに走っていい?」

「あぁ」

 リーゼは、モンキーに飛び乗って、アクセルを全開にして、小丘を走り始めた。リーゼを見送ったヤスは辺りを確認してから、モンキーに跨って、火を入れる。リーゼに着いて走っていると、自然とコースのような物が構築されていく。しっかりしたコースではないが、岩や木々の間をすり抜けるようになっている。ヤスの感覚では、1周するのに、1分を10ー15秒ほど超えるくらいだ。

「リーゼ!」

「なに?」

 ヤスは、FITの近くでリーゼを待って声をかけた。
 スタート地点にするようだ。

「大体のコースが出来たから勝負するか?」

「うん!どうするの?ヤスが先に走って僕がヤスを抜いたら勝ち?」

「そうだな。それも面白そうだな。リーゼが1周遅れにならなければ、引き分けでもいいぞ?」

「わかった。ヤス!僕を舐めたことを後悔させてやる」

「わかった。わかった。後悔させてくれよ。そうだな。最初の5周は、俺の後ろについてきてくれ、5周が終わって、6周目に入ってからスタートにしよう。スタートしてから、10周のレースでどうだ?」

 ヤスの予想通り、リーゼは一回の勝負では納得しなかった。順番を逆にして、先に自分が逃げるレースを要求して、手を替え、品を替え、ヤスに挑んだが7回目にやっと引き分けに持ち込めた。それで満足したのか、8回目は要求しなかった。

『マスター。砦の列が進み始めました』

「リーゼ。少しだけ休んでから、砦に向かうか?」

「うん!あっヤス。僕、汗を拭きたい。ダメ?」

「あぁいいぞ。俺は、街道を見てくるから、アーティファクトの中を使えばいい。布をかけておけば大丈夫だろう?」

「うん!」

 ヤスは、リーゼがFITに乗り込むのを見てから、モンキーに跨った。

『マルス。FITを結界で、認識を阻害させられるか?』

『可能です』

『リーゼがFITの中に居る間だけでも、結界を維持』

『了』

 街道まで出たヤスは、双眼鏡を取り出して砦の方角を見る。レースを始めるまでは、行列が出てきたがすっかりと解消している。これなら、すぐにでも砦を抜けられると思えた。砦の近くだけではなく、砦に続く街道にも問題になりそうな馬車が居ないことを確認してから、ヤスはFITに戻った。
 リーゼは、汗を拭き終わって、FITから出ていた。
 草原を吹き抜ける風を気持ちよさそうな表情で受けていた。

「あ!ヤス!どうだった?」

「大丈夫そうだ」

「よかった。砦では休むの?」

「なんとなく、面倒な感じがするから、さっさと抜けてしまおう」

「わかった。ヤスに任せる。僕、眠くなったから、アーティファクトで横になっていていい?」

「いいぞ。今日は、野営のつもりだから、そのまま寝ていろよ」

「うん。ありがとう」

 そういうと、リーゼは助手席に乗り込んだ。後部座席はモンキーを積むために倒しているので、助手席を倒して寝ることにしたようだ。ヤスは、モンキーを荷台に載せながら、リーゼを見るとすでに寝息が聞こえ始めている。疲れたのだろう。ゆっくりと寝かせておくことにした。

 ヤスは、運転席に座って、FITに火を入れる。
 静かなエンジン音が今日はありがたかった。ヤスは、眠るリーゼにシートベルトをしてから、アクセルの上に置いた足にゆっくりと力を入れる。

 マルスにナビをさせて、起伏のない道を探させる。
 街道に出て速度を上げるが、ゆれが酷くならないようにハンドルを操作する。微細な動きで乗り心地は違ってくる。

 ヤスは、寝ているリーゼを起こさないように細心の注意を払っている。積んでいた毛布をリーゼの足にかけてある。これから、夕方になり、夜になると、寒くなってくる。それまでには起きるかもしれないが、砦を通過するまでは寝かせておこうと思っている。
 砦の検査では、起こさなければならないのはわかっている。リーゼも、砦の通過を見たいと言っていた。検査前に起こせば大丈夫だろうと、これからの予定を考えながら砦に向かう街道を普段よりも速度を落として走っている。

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