【第四章 ダンジョン・プログラム】第六話 カルラからの報告

 

「クリス!」

「はい。はい。カルラからの報告書が届いています」

「そうか!アルは無事なのだな!」

「アルノルト様が簡単に死ぬはずがありません。ユリウス様。落ち着いてください」

「俺は、落ち着いている。それよりも、アルは何をしている?戻ってくるのか?」

「はぁ・・・。ユリウス様。アルノルト様が、簡単にご自分で決めた道を破棄されるとお考えですか?」

「・・・。解った。報告には、なんと書かれている?」

 クリスティーネは、カルラから送られてきた報告書を、ユリウスに渡した。
 自分が読んで問題がないのは確認している。ただ、読み終えた後でユリウスが落ち込むのも解っている。落ち込んだあとに騒ぎ始めるだろう・・・。自分と同じ様に・・・。

 カルラの報告書は信じられない内容のオンパレードだ。
 ダンジョンを攻略していたのは、アルノルトだという事で、クリスティーネも無理やり納得している。それ以降の報告が信じられない内容だったのだ。

 カルラからの報告は、10枚にも及んでいた。
 それだけ、内容が濃い。文字を追って読むだけなら、すぐに読めるのだが、内容を理解しようとすると、頭が、理性が、思考を阻害する。クリスティーネも、10枚の報告書を読むのに、時間が必要だった。一度、全ての報告書を読んでから、もう一度読み返して理解していく、2時間ほど必要だった。

「クリス?なんの冗談だ?これは、報告書なのか?」

「えぇ、今、現地に別の人間を派遣していますが、カルラが私たちを騙す必然性はありません」

「クリス。この報告書は、俺以外には見せていないな?」

「えぇもちろん」

「なら、問題はない」

 ユリウスは、もう一度、カルラの報告書を最初から読み始めた。

 クリスティーネは、ユリウスの様子を見て、大きく息を吐きだした。そして、報告書の最後に書かれていた内容を思い出す。

”シンイチ・マナベは、共和国のダンジョン攻略を望んでいます”

 カルラの報告は、誰かに見られてもいいように、アルノルトの名前は書いていない。シンイチ・マナベと書いてある。
 そして、ほとんどが、最下層での出来事が書かれている。1枚目のダンジョンを攻略して、最下層にある”研究施設”で魔法を開発しているという戯言が書かれていなければ、ウーレンフートか新たに作られた鍛冶職が集まる村で作業をしていると考えるだろう。カルラの報告書もミスリードを誘うような書き方をしている。

 カルラは、アルノルトの許可を得て、全ての内容を報告書に書き込んだ。
 2回目の報告書で、全容が伝えられるまで、クリスティーネも何を書かれているのかわからなかった。過去の偉人であるイヴァンタール博士が王国のダンジョンで最後を迎えていたと知らされたときには、ウーレンフートに馬車を走らせようとしたほどだ。
 それだけではなく、訓練施設はダンジョンの中だから可能だと解っていながら、アルノルトにお願いして訓練に使えないかと本気で考えたほどだ。

「クリス。アルに言って、カルラたちが使った訓練場を使わせて・・・」

「どうでしょう。ユリウス様。アルノルト様は、共和国に向かうそうです。おかえりになってから、ご相談してみてはどうでしょうか?」

「そうだな。それに、博士が残した、”ヒューマノイド”タイプというのも気になる。アルが手を加えているようだが・・・」

「カルラも、詳細はわからないと書いていますが、難しいことは無理でも、反復作業なら問題は無いようです」

「そうだな。忌避されなければ、従者にするのは・・・」

「はい。それだけではありません。護衛にも使えるでしょう」

「そうだな。外での活動に関しては書かれていないから、わからないが・・・」

「そうですね。ユリウス様。それ以上に、博士・・・。イヴァンタール博士の事はどうしましょうか?」

「どうするとは?」

「伝えなくて良いのでしょうか?」

「俺たちの手に負える内容ではない」

「はい」

「それに、アルの奴が何も言わないのなら、公表するつもりが無いのだろう。帰ってきてから話を聞いても遅くはない。もう数百年前の話だ。今更、1年や2年ていど遅れても文句は言われない」

「それもそうですね」

 ユリウスの話に、クリスティーネもうなずく。
 帝国への報告は、イヴァンタール博士が、帝国で出没していたときに遡る。帝国は、博士に研究結果の全てを差し出すように迫っていたのだが、博士は断った。それから、博士の身柄や研究資料を帝国は探した。帝国で、博士を見かけなくなってからは、資料を優先するようになった。博士の資料は読めない文字で書かれていて、買得にはより多くの資料が必要だと判断された。
 帝国は、博士の資料に懸賞金を設定した。

 クリスティーネが言っているのは、研究者たちへの通達だ。帝国だけではなく、王国でもイヴァンタール博士の名前は絶大なる意味を持つ。その博士が晩年を過ごしたのが、ウーレンフートだとわかれば研究者だけではなく、魔法を研究するものを含めて多くの人たちが訪れるのは自明だ。それだけではなく、帝国に知られたらウーレンフートを攻める”口実”を与える可能性だってある。黙っていて、他から話が漏れたときには言い訳が難しい。隠せば、弱点になる情報はさっさと公表してしまったほうがいい。

「陛下にだけ連絡を入れるか?」

「それが無難だと思いますが、アルノルト様のご意見をお聞きしたい所です。カルラからの報告では、最下層にいた”エイダ”と名付けられた特別なヒューマノイドベアーしか事情を知らないようですし、最下層はアルノルト様から”攻略は不可能”だと言われています」

「”攻略が不可能”の理由は、アルは教えていないようだが、俺たちはアルを信じるしかないのだな」

「はい。それに、カルラからの報告にある通り、博士の事は、アルノルト様とエイダ殿とカルラしか知らないようです」

「アルバンは?」

「あの子がそんな細かいことを知ろうとするとお考えですか?」

「あぁ・・・。そうだな」

 全てを読み終えて、メイドが持ってきていた紅茶で喉を潤したユリウスは、報告書をクリスティーネに返した。

「クリス」

「ダメです」

「俺は、まだ何も言っていないのだが?」

「わかります。アルノルト様と一緒に共和国に行こうというのですよね?」

「・・・」

「ユリウス様。貴方は、皇太孫なのですよ?」

「それは・・・」

「貴方が、共和国に行けば、どんな面倒な事になるか、おわかりですか?アルノルト様と違って、貴方は共和国でも知られているのですよ?」

「そうだが、姿を隠して・・・」

「ダメです。アルノルト様の邪魔にしかなりません」

「・・・。クリス。俺では、アルの足を引っ張ると・・・」

「はい。飾らないで言えば、足手まといでしょう。アルノルト様の邪魔にしかなりません。アルノルト様でしたら、ユリウス様を守りながらでも戦えるかもしれませんが、あの方は、最悪の事態になったときに、ご自分よりも、ユリウス様を守ろうとするはずです。そうなったら、エヴァになんて・・・。わかりますか、私たちではアルノルト様の邪魔にしかなりません」

 クリスティーネの言っている内容は、ユリウスも解っている。解っていて、”おいていかれる”と思ってしまっているのだ。

「わかっている・・・。だが・・・」

「ユリウス様。貴方には、いえ・・・。私たちには、私たちの戦い方があります」

「・・・」

「ダンジョン攻略は、アルノルト様に任せましょう。私たちは、アルノルト様の足を引っ張ろうとしている連中を・・・。ライムバッハ家を潰そうとした連中を、アルノルト様にはできない方法で潰しましょう」

「クリス。お前・・・」

 ユリウスは、クリスティーネの頬を流れる涙を見ていた。
 クリスティーネも悔しいのだ。カルラの報告を聞いて、アルノルトが手の届かない場所に言ってしまったと思える事が・・・。そして、カルラとアルバンを育て上げているアルノルトの手腕が・・・。カルラが、ユリウスやクリスティーネに報告書を送っているのを知っておきながら、手の内を顕にするアルノルトの気持ちが嬉しい。いろいろな感情が胸の内に渦巻いている。クリスティーネ自身も、消化しきれていない感情が爆発寸前だった。

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