【第九章 神殿の価値】第七話 サンドラの仕事

   2020/06/17

サンドラの朝は早い。
日の出前には起きるようにしている。神殿に住むようになってから、朝に強くなった。

ギルドのサポートがメインだったはずが、いつの間にか、貴族対応の窓口になっていた。

「お兄様!問題点を伝えているのです。しっかりと、聞いてください」

『聞いているよ。それで、サンドラ。僕はどうしたらいいの?今日、届けられた、価格表で交渉すればいいのかい?』

「本当に、第一王子と第二王女が神殿に別荘をお作りになるのですか?」

『流石に、国王は遠慮してもらったが、第一王子は是非とおっしゃっているし、第二王女は自分だけではなく母親の為に欲しいとおっしゃっている』

「わかりました。値段は、問題はありません。しかし、王家だからと言って、ヤスさん・・・。神殿の主が、なにか特別に取り計らう様なことはありません」

『わかっている。父上からも同じことを言われている。王子も王女も理解されている』

「そうですか、お二人は別々の階層にしますか?それとも、同じ階層で別々に作りますか?」

『それをお二人から聞かれて困っています。どう説明したらいい?サンドラ。助けて欲しい』

「はぁ・・・。お兄様。お二人は、神殿まで来られますか?」

『え?今の時期なら数日なら可能だけど、3-4日では無理だろう?』

「・・・。3泊は出来るのですね?」

『お聞きしないと・・・。だが、可能だと思うぞ?』

「それなら、私が、お迎えに行きます。”いつ”なら大丈夫なのか確認してください。それから、護衛は一緒に行けないので、お兄様が護衛兼案内役です。うまく、ごまかしてください」

『え?』

「だから、私がアーティファクトでお迎えに上がります。それで、神殿のリゾート区までご案内いたします」

『・・・。サンドラ?アーティファクトで?え?』

「いいですね。お兄様。私が、アーティファクトでお迎えに上がります。ヤスさんにお願いしますが、多分大丈夫です。そのまま、お兄様とお二人を乗せて、神殿のリゾート区に向かいます。リゾート区なら審査も緩いので大丈夫だと思います。実際に、別荘地を見てもらった方が早いと思います。一日で到着できますので、そのままサンプルで作った別荘で一泊していただいて、二日目は各階層を見て回れるようにします。三日目は、希望を言ってもらえれば、他の村を見てもらえるようにしますが、申請が必要なので、必ずとは言えません。四日目の朝に神殿を出られれば、王都には門が閉まる前には到着できます」

『おい。サンドラ。何を・・・』

「大丈夫です。お二人に話をしておいてください。お願いします」

『わかった。サンドラを信じてみる。お二人にはお忍びで行くと伝えればいいな』

「そうですね。その方がいいと思います」

『わかった。明日、また連絡する』

以前までの道では、王都まで一日で行けなかったが、リップル子爵が失脚して、関連する貴族が粛清されたおかげで、ローンロットから最短距離で王都まで行けるようになった。
途中に、王家や辺境伯の派閥の貴族が作った集積場があり、神殿からローンロットを経由した物流の大動脈になりつつある。それに伴って、道も整備された。

サンドラは王都までの道をリーゼと走った。リーゼとサンドラの二人で、FITを運転して、王都まで行けるか確認した。
休憩を含んで一日で往復は難しいが、片道なら休憩しながらでも余裕を持って行ける。途中で長めの休憩を挟めば、魔力が回復して往復も出来る。

サンドラとリーゼは、実験結果をヤスに伝えた。
リーゼが、サンドラにもFITを上げれば、王都からの客人を乗せられると言ったので、ヤスはサンドラにもFITを与えた。

サンドラは、この時には喜んだのだが、自分の家に帰ってから考えると、王都からの客人は”貴族や豪商”が多くなる。自分が貴族や豪商の相手をする事になったと頭を悩ませた。
翌日、ヤスからFITが渡されたときに、自分の思いを伝えたら、”嫌なら別にいいよ。貴族や豪商なんて来たければ、自分で来いと言えばいいし、文句を言ってきたら無視すればいい”と、ヤスは言い切った。サンドラは、最低限の相手はするけど、自分で決めた人以外は、迎えには行かないと宣言した。ヤスも、それでいいと言ったので、安心したのだった。

だが、王家が相手となると話が違ってくる。
リゾート区の権威づけに使えると考えたのだ。それだけではなく、第一王子は、次期国王だ。後継者指名はされていないが、ほぼ確実だろう。第二王女は、第一王子と同じ母親を持つ。次期国王の妹にあたる。第二王女が神殿に別荘を持てば、王家を匿う事が出来る。これは、神殿にとっては権威づけ以上に意味がある事だ。うまくすれば、社交界の場として認識される可能性だってある。

サンドラは、兄から話を聞かされたときに、第一王子の別荘は失敗しても、第二王女の別荘はなんとしても作らせようと思ったのだ。
そのためなら、アーティファクトを動かして、王都に迎えに行くくらいは問題ではない。それで、神殿への心象がよくなるのなら安いものだと考えた。

翌日、サンドラは兄からの連絡を受けた。3日後から4泊の予定を空けたと報告を受けた。王子が、関所の村と湖の村にも行ってみたいらしい。王女は、ローンロットで一泊を希望している。許可が出たら神殿の都テンプルシュテットにも行ってみたいらしい。兄も同じだ。そして、二人は兄の知り合いとして変装を行って来る。護衛や王家には、レッチュ辺境伯の王都の屋敷で神殿に関する勉強会を行うと言って出てくるようだ。だから、護衛も必要ないということだ。

サンドラは約束の前日の夜に神殿を出た。
ヤスを含めた各村やセクションの責任者には本当の理由と目的を説明した。

王都の門で待っていると、庶民にしては綺麗過ぎる服を着た二人と荷物を持つ兄がやってきた。
サンドラは挨拶をしてから、アーティファクトに乗り込んでもらった。兄には助手席に座って貰った。王子か王女を助手席に座らせて、何時間も一緒に居られる自信はなかった。

「今日から世話になる」

「はい。えぇ・・・と」

もちろん、王子の名前も王女の名前も知っている。
お忍びなので、偽名を名乗って欲しいのだ。

「そうだな。私の事は、ジークで頼む。妹は」

「私は、アデーです。サンドラさん。お願いいたします」

「わかりました。ジークさんとアデーさんですね。神殿に住んでいます。サンドラです。ハインツの妹です。よろしくお願いいたします」

「たのむ」「はい!楽しみです!」

「はい。ハインツ兄様もアーティファクトは初めてだと思います。最初は、ゆっくりと動かしますが、徐々に速くなっていきます。馬車と違って揺れは少ないのですが、まったく揺れないわけではありません。気持ち悪くなったら言ってください。休憩を挟めばよくなります」

「わかった」「はい!」「あぁ」

3人は、早いと言っても、馬車の倍程度だと思っていた。サンドラが一日で到着すると言っていたのは、暗くなってから到着するものだと思っていたのだ。

サンドラは、門から馬車が出てきていないのを確認して、アーティファクトをスタートさせた。
最初は、馬車の3倍程度の時速20キロ程度だ。

「サ、サンドラ?」

「どうしました?お兄様?」

「なにか、風が出てくるが、冷たい風だ。魔法なのか?」

「そうでした。窓を開けても良いのですが、この辺りの道は土煙が立ち上がりますし、エアコンを付けていました」

「”えあこん”?」

「はい。その風ですが、寒い時には温かい風が出ますし、暑い時には涼しい風が出ます。冷たいようなら調整します。言ってください」

「え?調整?魔力は大丈夫なのか?」

「そうですね。1日程度なら問題はないですよ?」

後ろの二人も絶句している。
サンドラもすっかり神殿の・・・。ヤスに毒されていて常識を忘れ始めている。貴族の屋敷に取り付けられている、冷風機や温風機は魔道具では、冷たい風か温かい風のどちらかしか出ない。それも、温度の調整は不可能だ。それに、燃費も悪い。半日ていど動かすのに、小型の魔石を2-3個ほどが必要になる。

バックミラーで絶句している王子と王女を見て、サンドラは自分のミスを悟った。

「ジークさんもアデーさんも、あとお兄様も、このくらいで驚いていると、神殿では疲れてしまいます。道々、説明していきますね」

サンドラは、3人が速度を感じていないのを察して、アクセルを踏み込んだ。一気に時速80キロまで加速した。道がよくなれば、もう少し出すつもりなのだ。

サンドラも、リーゼに負けないスピード狂だったのだ。

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