【第九章 復讐】第六話 破綻
「幸典。新見家は、なにか言いたいことがあるのか?」
「お館様にお聞きしたいのですが、合屋家から返還された物を六条家としてどうされるのですか?」
新見が晴海に問いただした内容は、合屋と寒川以外が聞きたいと思っている話だ。
六条家が絶対の上位者なのは変わりがないが、六条家だけでは、返還された物を動かせないのは自明なのだ。
「そうだな。六条で持っていても手に余るな」
「それでは!」
直道が身を乗り出して話を遮った。
「直道様。お館様のお話中です。お控えください」
いつの間にか、場所を移動していた、秋菜に言われて椅子に座り直す。秋菜に文句を言おうとしたが、秋菜の言葉が正しいのだ。直道を見る視線から、察して黙って、文句を飲み込んだ。その代わり、秋菜を睨むという小物らしい仕草をした。
「お館様」
秋菜が、晴海に頭を下げる。
「秋菜。ありがとう。幸典」
「はっ」
「宏明」
「はっ」
「市花と新見から人を出せ。欲しい物を持っていけ、いち早く俺に忠誠を誓った二人に対する褒美だ」
「お館様。市花では、合屋が持っていた物を処理出来ません」
「それなら、人だけ出せ。忠義!」
「はっ」
「お前の所で扱える者は居るだろう?」
「はい」
「市花と合同で、動かせ。出来るな?」
「はい。宏明様。後ほど、お話をお聞きします」
「お館様。ありがとうございます。忠義殿。よろしく頼む」
晴海は、忠義に任せると決めた。
これは、忠義が欲しがっていた武装集団だ。忠義として、晴海を守るのに武装集団が必要になると考えていた。自分の願いを叶えるためにも必要になってくる。そして、このチャンスに晴海は、市花への褒美の形にして、忠義に渡したのだ。
直道は、口をはさみたかったが、晴海が”いち早く忠誠を誓った”者への褒美だと言ったので、何も言えなくなってしまった。
この集まり自体が、城井家が中途半端な立ち位置にいた為に行われているのだ。言い分はあるだろう。しかし、事ここに至ってしまえばすべてが言い訳になってしまう。直道は自分が得られると思っていた物が頭上を軽く超えて、下に見ていた者の手に落ちていくのを見守っているしか無い。
「幸典」
「お館様。新見家は、合屋家の様な脳まで筋肉に犯されたような家が持っていた権利はいりません」
「なに!」
怒ったのは、泰章だが、このやり取りは不自然すぎる。演技なのはすぐに皆が解った。失笑しなかったのは、晴海がニヤニヤとしていたからだ。
晴海が泰章になにか話すのを待っているのだ。
「泰章。控えろ。実際に、合屋が武装集団を多く抱えているのは事実だろう?」
「はい。お館様。もうしわけありません」
「許す。それで、幸典は、何が望みだ?」
「はっお館様。私の忠誠に対する褒美だと伺いましたが間違いございませんか?」
「間違いない」
「ありがとうございます。それならば、能見を私の配下に加えたく思います」
「能見か・・・。忠義の配下と、礼登の配下を除いた者たちだけだが、いいのか?」
「十分です。忠義殿。能見の能力を、新見で利用したい。問題はないか?」
幸典の言葉で、視線が忠義に集中する。
「幸典様。能見は、六条家の影です。幸典様が晴海様・・・。お館様の為に働くのなら、能見は幸典様の手足になりましょう。しかし、晴海様への忠誠に嘘偽りがあれば、新見の喉笛に噛みつきます」
「解っている。新見が、私が、晴海様を裏切らない」
「わかりました。晴海様。幸典様と礼登を入れて話をいたします」
「任せる。忠義。そうなると、礼登が仕える駒が減るな。合屋の者たちで補填は可能か?」
「些か、隠密には向いてはおりませんが、礼登にも武装集団は必要になってきています。丁度よい頃合いかと思います」
「泰章。泰史。仕事を増やして悪いが、忠義と礼登に協力してやって欲しい。宏明も頼むな」
「「「「はっ。お館様(晴海様)のお心のままに!」」」」
晴海は、秋菜を見るが、首を横にふる。
「夏菜」
「はい」
「すまん。のどが渇いた。冷たい物が欲しい」
「かしこまりました」
夏菜が夕花の後ろから離れた。
冷茶を用意して、晴海の前に置く、夕花にも同じものを置いた。
皆に、聞きながらお茶を用意していく、断ったのは、直亮と直道だ。
晴海が、冷茶を口に含んだ時に、扉がノックされた。
「秋菜!」
「はっ」
秋菜が、ドアを開ける。
礼登が、一冊の本と書類を持って会議室に戻ってきた。
服には血が着いているが、礼登の血ではない、返り血だ。服だけではなく、礼登には血しぶきが付いている。
会議室が、暴力的な血の匂いで満たされる。
礼登は、晴海の近くまで移動して跪いた。
「晴海様。遅くなりまして、もうしわけございません」
「構わない。すべて、揃ったのか?」
「はい。揃いました」
「礼登。大義であった」
「ありがたき、お言葉」
「夏菜。秋菜」
「はっ」「はい」
二人は、顔色を悪くして居る直亮と直道の後ろに立つ。手には、短刀と銃が握られている。照準は、直亮と直道に向いている。短刀を持った手で銃を支えるようにしている。銃で外しても、短刀で止めがさせるようにしている。
「お館様!晴海様。なぜ!?」
直亮が晴海を睨むようにしながら二人の行動を咎める。
「なぜ?わからないか?」
「わかりません。私も、息子も、六条に忠誠を誓いました。それなのに、この様なことを、六条でも許される事ではない。そうだろう。皆!」
「直亮殿」
新見が憐れむ目線で直亮を見る。今までの会話で気がついていたのだ。
「幸典は知っていたのか?」
「いえ、疑ってはいました・・・。城井を調べる為に、能見の力が欲しかったのです」
「それでは、もういらないのか?」
「いえ、晴海様が、この短時間でどのようにして辿り着いたのか、知る為にも、能見の力は必要です」
「だとよ。忠義。礼登」
晴海は、直亮と直道を睨みながら、忠義に説明をするように目線で指示した。
「はぁ・・・。幸典様。盛大な勘違いです」
「勘違い?」
「はい。能見は、まだ辿り着いていませんでした」
「それなら、誰が?」
「晴海様です」
「え?お館様が?」
「そうです。私が、晴海様と夕花様の大学を探した時にした、城井貴子殿と話をした内容と、晴海様が実際に貴子殿から聞いた話から、裏切り者は城井家だと疑ったのです。そこからは早かったですよ」
「晴海様?」
皆が疑問に思ったのだろう。
晴海に説明を求める視線を浴びせる。直亮と直道の二人も同じだ。
「直亮。お前、貴子をどうした?」
「どうしたとは?」
「殺したのか?」
「え?」
晴海の隣に居る夕花が驚く。夫婦なのに?と思ったのだろう。
「・・・」
「忠義、城井家に踏み込め。俺が許可する。貴子を助け出せ。家の者も半々だろう。踏み込めばすぐに分かる」
「はっ」
直亮は、これで観念した。
能見がすでに家を監視していたのだ。言い訳など通るはずがない。
「オヤジ!」
諦めが悪い男が声を荒げる。
「躾が出来ていないワンワンですね。騒いだらダメですよ」
秋菜が短刀を一閃する。
「ぎゃぁぁぁ!俺の。俺様の耳・・・耳が・・・」
「耳障りな声ですね。喉を切れば静かになりますかね。晴海様。ご許可を頂けますか?」
「喋らす必要があるから、今は耳だけで止めておけ、後で好きなだけ切り刻め」
「はっ」
「さて、直亮。楽しい計画をしていたようだな。この後、文月が不御月を連れてくるのか?それとも、お前たちが、東京湾まで移動する予定なのか?」
直亮と直道の考えた筋書きは、全てが破綻した。
そして、破滅が始まろうとしていた。
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