【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第九話 嫌がらせの準備

   2020/04/12

 ヤスが考えた”嫌がらせ”の準備は、神殿の都テンプルシュテットをあげて行われている。

 ヤスが示した”嫌がらせ”という指標だが、神殿の都テンプルシュテットでは主からの命令に等しい。会議が終わって、神殿に帰ると、マルスがすでに輸送に必要な物をリストアップしていた。セバスが行っている業務の引き継ぎや作らなければならない物品もあるために、開始はすぐには出来ない。
 情報共有や協力を求める連絡をしておく必要もあるので、時間がある程度は必要になってくる。

 サンドラは、即座にギルドから辺境伯に連絡をした。サンドラから連絡を受けた辺境伯は、ヤスが実行したいと思っている”嫌がらせ”を聞いて声を出して笑った後で全面的な協力を約束した。ヤスが言っていた人物にも丁度心当たりがあり、対処を考えていたところだということだった。

「お父様?」

 サンドラは、嫌な予感がして疑問形になっているが、批判めいた口調で辺境伯に質問した。

『解るだろう?』

「第二分隊の隊長を出すのですか?」

『面白い言い方だが、間違っていない。この状況になっても、子爵家に助けを求めようとしている』

「ダメな人だとは思っていましたが・・・」

『そうだな。儂の問題でもある。だから、神殿の主の期待に答えるために、あの豚が疑いもせず信じる者を差し出そう』

「わかりました。ヤス様には、辺境伯の気持ちを伝えておきます」

『助かる。それで、その塩と砂糖と胡椒は?』

「はい、襲わせる物は、明日の朝には出発しますので、昼過ぎには到着いたします」

『流石だな。神殿の主殿に会えるのだな』

「あっ違います。今回は、神殿の都テンプルシュテットの住民である”カスパル”がアーティファクトを動かして領都に行きます」

『なに!神殿の主殿以外がアーティファクトを?』

「はい。私も同乗していきます。そのときに、詳しいお話ができると思います」

『わかった、待っていよう。ハインツにも連絡しておこう。そちらも近日中に出るのだよな?』

「はい。一度、領都に寄ります。そこで、私も乗りまして王都に向かいます」

『そうか・・・。サンドラ。儂も一緒に行くのは無理か?』

「ヤス様ではないので、交渉しだいだと思います。確かに、辺境伯が一緒のほうが王都での活動が楽になりますね」

『そうだ。面会の順番を飛ばす事もできる』

「わかりました。ヤス様に相談してみます」

『無理はしなくていいが、頼んだ』

「はい。お父様が、アーティファクトに乗りたいだけだという事情は内緒にしておきますね」

 サンドラは、笑いながら魔通信機を切った。
 後ろを振り返ると、ヤスが頷いているので、辺境伯を載せて王都に向かって良いことになった。

 辺境伯の了承を取り付けたので、ヤスは安心して神殿に戻った。ゆっくり寝れば、何か思いつくかも知れないと・・・。
 風呂に入って、ベッドに入って、nightcapナイトキャップとして用意されていたウィスキーを煽ってからベッドに横になった。

 翌朝、リビングで討伐ポイントで交換できる物を眺めているヤスは、荷物の運搬が可能で数名が乗り込めるトラックがあったか考え始めた。

「マルス。ダブルキャブが有ったよな?」

『はい』

「あれに、幌をつければ、塩や砂糖なら大丈夫だよな?」

『大丈夫です。幌も、種族名ドワーフが、制作が可能です』

「準備を頼む」

『了』

 ヤスは、マルスに王家に献上する塩と砂糖と胡椒を用意するように指示を出した。”物”の準備はすぐにできるのだが、持ち運ぶ用の壺が用意できそうになかった。
 壺は、ドワーフが準備を始めていて、2-3日で揃う予定になっている。

「旦那様。デイトリッヒ様が、カイル様とイチカ様を連れて面会を求めていらっしゃいます」

 メイドがヤスに来客を告げる。

「わかった。一階なら大丈夫だろう」

『マスター。個体名デイトリッヒと個体名カイル。個体名イチカは、資格が付与できます』

「そうか!それなら・・・」

 メイドは、ヤスに頭を下げながら名乗った。

「旦那様。サードです」

「サード。工房にある俺の部屋執務室に3人を案内してくれ」

「かしこまりました」

 メイドが部屋を出て、正面玄関で待つ3人を地下に案内する。

「マルス。ミーシャも地下に降りられるのか?」

『はい。幼体では、個体名カイルと個体名イチカだけです』

「わかった。4人には、セバスかツバキから説明させたほうがいいだろう?」

『指示をだします』

「頼む」

『了』

 ヤスは、テーブルの上に置いてあったミックスジュースを飲み干してから立ち上がった。地下工房に向かうためにエレベータに乗った。

 ドワーフたちの工房とヤスの工房は、マルスに寄って分離された。

 ヤスが、工房に作られた執務室に入ると、すでにデイトリッヒとカイルとイチカが来ていた。

「ヤスさん」「ヤス兄ちゃん」「ヤスお兄ちゃん」

「座って待っていればよかったのに、サード。飲み物を頼む。俺とデイトリッヒはコーヒーを、カイルとイチカはミックスジュースを頼む。いいよな?」

 勝手に注文したが、3人は頷いたので、ヤスは安心した。
 3人にソファーに座るように言ってから自分も正面のソファーに腰をおろした。

「ヤスさん。まずは、子供たちの受け入れ感謝いたします」

「デイトリッヒ。神殿のためでもあるのだから気にするな。カイルもイチカももう頭を下げる必要はない。いいな」

「ありがとうございます」「はい」「わかりました」

「それで?」

「ヤスさんに、相談があります。まずは子供たちが託された財産なのですが、カイルとイチカと相談しまして、ヤスさんに譲ろうと思います」

「いらない」

「え?」

「デイトリッヒ。それこそ、必要ない。持っているのが怖いのなら、ギルドに預けろよ」

「それでは・・・」

「そうだな。カイルとイチカは、地下に降りられるようになったから、成人するまでカート場や迷宮区での手伝いをしてもらおうか?」

『マスター。二人には、カートでの手伝いが良いと思います。空いた時間でカートの訓練が出来ます』

 ヤスは、マルスからの念話を受けて自分の発言を取り消すように、カイルとイチカにカート場の受付を頼んだ。

「カイルとイチカには、カート場の受付を頼みたい」

「うん!俺、ヤス兄ちゃんのために働く!」「私も、”かーとじょう”がわかりませんが教えてもらえればできるようになります」

「よし、それじゃお前たちが託された物は、俺とデイトリッヒが成人まで保管しておく、イチカが成人した時に、改めて話をしよう。デイトリッヒもそれでいいよな?」

「はい」「わかった!」「お願いします」

 カイルとイチカは、サードがカート場に連れて行くことになった。早速仕事を覚えたいと言い出したからだ。

「デイトリッヒ。それで?本当の目的は?」

「・・・。ヤス様。ルーサから連絡がありました」

「スラム街の顔役の1人だよな?」

「はい」

「タイミングがいいな・・・。いや、悪いと思ったほうがいいのか?」

「どちらかと言うと悪いほうです。ルーサたちは、すでにリップル領を出て、レッチュ領に辿り着いてしまっています」

「そうか、根本的な見直しが必要か?」

「いえ。サンドラ殿に頼んで、ルーサと連絡を取りました」

「そうか、問題はなさそうなのか?」

「はい。スラム街で活動していた者たちと、街道で活動していた者たちは、無事です」

「それはよかった。それで?何をして欲しいのだ?」

「彼らの受け入れをお願いしたい」

『マスター。受け入れですが、一部の者は犯罪行為に手を染めている可能性があります。認証の信頼を揺るがす可能性があります。新しく作る関所や現在の関所近くに村を作って、護衛や緊急時の戦闘要員にしましょう』

『わかった』

「デイトリッヒ。ルーサたちは犯罪行為をしていないと誓えるか?」

「・・・。難しいです」

「軽犯罪は問題にはならないが、そうじゃないと、門の認証で引っかかってしまう可能性がある」

「あっ」

「だから・・・。ルーサたちとの交渉にはなるが、関所の守備隊をやってもらえないか?神殿の街と同程度の村を作ろう」

「え?よろしいのですか?」

「関所の守備隊と言ってもほとんど仕事はないだろうから、緊急時の戦闘要員の色合いが強くなってしまうけどな」

「ありがとうございます。ルーサにはヤス様の提案を伝えます」

「頼む」

「それから、馬車を襲撃する役割は、ルーサの配下が責任を持ってやってくれます」

「いいのか?」

「配下と言っても、全員が同時に行動しているわけではありません。他のグループに入り込んでいる者もいます。そいつらが扇動して襲う手はずになっています。タイミングがいいことに、レッチュ領の第二分隊と連絡を取り合っているグループに数名が潜り込んでいると説明されました」

「わかった。デイトリッヒ。無理するなよ」

「解っています。襲撃と同時に逃げ出します」

「わかった。荷物の準備が2-3日でできる。出発は、そのくらいだと思ってくれ」

「かしこまりました」

 マルスは、ヤスとデイトリッヒの話を聞いて、関所近くに作る街のデザインを始める。迷宮区がないので、下水道の設置は必須になってくる。帝国に抜ける道に作る関所には嫌がらせを含めた仕掛けを作ろうと思っている。
 そのための人員に丁度良いと考えたのだ。そのためには、低くなっているが山を抜ける道を作る必要がある。トンネルを掘らなければならないのだ。潤沢になってきている討伐ポイントを使って、マルスは神殿の支配領域を広げ始めている。道を挟んだ、レッチュ領に広がる森にも支配を広げ始めている。

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