【第四章 噂話】第六話 正当な権利
噂話が、真実味を帯びるのには、いろいろなファクターが必要になってくる。ユウキは、発生した噂話に、虚実を織り込ませ話を織り交ぜて、真実味を持たせる工作を行っている。
ポーションが実在しているのは、真実だ。しかし、ポーションが簡単に手に入るはずがない。ユウキたちが供給源である。その事実を隠して、前田果歩がどこからか入手したポーションで身体が治ったと噂を流した。身体が治っただけではなく、他にも効用があり、古い傷も肌も治ったと噂が加速した。
人は、信じたい事柄だけを信じてしまう傾向にある。
前田果歩の身体が治った。
それだけではなく、若返ったという噂話が流れた。
それに喰い付いたのは、前田果歩をイジメていたグループの先輩筋に当たる者だ。
「それで?見つかったの?」
「いえ」
「使えない。あなた。明日から、来なくていいわ」
「え?そんな」
「無能者を雇ってあげる義理はないわ」
「お嬢様。もう一度、もう一度チャンスを・・・」
「そうね。あの家なら、何かあるのかもしれないわね。あなたもそう思うでしょ?」
「はい。はい。そう思います」
「そう、それなら、あなたがやることは解っているわよね?」
「もちろんです。お嬢様」
中央に居る女性は、満足そうに微笑んでから、近くにあったグラスを持ち上げて、目の前で縮こまっている男性に向けて、グラスを投げつける。グラスは、男性の肩に当たって派手に割れる。グラスの破片で、頬を切った男性は何が起こったのか解らない表情で、顔を上げる。
「解ったのなら、さっさと行きなさい!本当に、使えない」
「はい」
男性は慌てて、立ち上がって深々と頭を下げてから、女性の前から立ち去った。
女性は、そんな男性を目の端に捕えながら、スマホに目を落とす。そこには、ユウキが地球に帰ってきてから行った会見の様子が映し出されていた。
「ふふふ。本当に、あの女の子供なの?」
女性の後ろに控えていた男性が、女性の側に近づいた。
「はい。間違いありません」
「お父様には?」
「まだ報告をしておりません」
「お兄様やお姉様たちには?」
「ご存じではないと思います」
「そう・・・。それなら、私が、この男を抑えれば、お父様の・・・」
光悦とした表情でユウキを見る女性は、雰囲気は似ていないが、どこかユウキに似た顔をしている。
「それで?」
「まだ、調べられておりません」
「いいわ。まずは、ポーションよ」
「はい。お嬢様」
女性は、男性が差し出した。グラスを受け取った。
男性は、女性が持つグラスに、ワインを注ぎ込む。
注がれたワインを飲み干すと、女性は立ち上がって、後ろに控える男性の一人を指名した。
女性は、一人の男性を連れて、奥の寝室に入っていく.残された男性たちは、女性に話しかけた男性から、封筒を受け取って、部屋を出て行った。どこか、ほっとした雰囲気を纏っている。
奥の部屋からは、金切り声で男性を罵りつつ命令する声が響いてくる。一つ一つの動作が気に喰わないのか、徐々に命令する声に混じって、何かを叩くような音が聞こえるようになってくる。
そして、2時間後には、全裸の状態で血まみれになった男性だけが部屋に残された。
—
あの女の息子だというだけで、気持ちが悪いのに、異世界帰り?意味が解らない。
そんなことが出来るわけがない。
でも、奴が持っている物で、怪我が治るのは本当のようだ。そして、怪我だけではない。飲み続ければ、不老も夢ではないらしい。不死では無いらしいが、それでも、人の寿命を上回るのは確定のようだ。
こんな事を、お父様に知られたら、間違いなく、自分たちだけで独占されてしまう。
そうなる前に、私の分だけでも確保しなければならない。
あの女の息子なら、私にも権利がある。
お父様も、あんな女に手を出して・・・。今は、そんな事を言っても仕方がない。
でも、お父様はそのあと、しっかりと処理した。
あの女を邸から追い出して、子供も処理した。生きているとは思わなかったけど・・・。あの女は、強かだ。お父様に言われた施設に預けたと報告しておきながら、違う施設に子供を預けていた。お父様も、子供には興味が無かったのか、追及しなかったようだ。
当時の状況は、私では解らない事が多い。お兄様たちなら知っているかもしれないけど、今はまだ聞けない。
あの女の息子を私が確保するか、最低でも”ポーション”の製法を聞き出すまでは知られるわけにはいかない。
噂に嘘を紛れ込ませて、お父様とお兄様とお姉様に流しておけば、都市伝説程度に考えて深くは調べないだろう。特に、あの女の息子が関わっているのは、絶対に秘匿しなければならない。偶然にも、あの女の息子が居た施設から、消えた子供が居たようだ。部下に命じて、噂の子供を別の子供にすり替えた。時間が稼げるはずだ。お父様もお兄様もお姉様も、お忙しい。噂話に付き合っている暇はないはず。
ふふふ。
あの女の息子にしては、可愛い顔をしている。
そうだ!
私にポーションを提供する栄誉だけではなく、私の相手が出来る栄誉も与えたら、喜んでポーションだけではなく、いろいろな物を提供してくれるはずだ。私の美貌に磨きをかけるために必要な物を提供させればいい。
あの女の息子のDNAは必要ない。薬を使えばいい。飲ませて、私のおもちゃにすればいい。あの女への復讐は、私の正当な権利だ。
—
「おい。あの豚には、噂を信じたのか?」
「はい。旦那様のご指示通りに処理しました」
「しっかりと喰い付いただろう?」
「はい。美容にもよいという噂と不老の噂には、特に興味を魅かれたご様子でした」
「本当に、愚かだな。あの豚が美容?笑いすぎて、過呼吸になってしまう。あの醜い姿で、不老になって嬉しいのかね?」
「私には・・・」
「まぁいい。オヤジは?」
「噂はご存じですが、試すつもりは無いようです」
「まぁそうだな。誰かが使って、安全が確認出来てからだろう。そういう意味では、豚を使うのは丁度いい。このまま、まずは俺に情報を流せ」
「かしこまりました」
「そうだ、弟が、あの女の息子と同じ学校だったよな?」
「はい。旦那様が後援されている学校に通っているようです」
「あぁ・・・。馬鹿が問題を・・・。あの学校か?」
「はい」
「そうか・・・。それなら丁度いい。確か、もう一人の馬鹿が、バイクを欲しがっていたよな?」
「おっしゃる通りです」
「誘導しろ」
「よろしいのですか?」
「構わない。どうせ、奴らには、目がない」
「いえ、それも・・・。ですが・・・。会長のご意思は?」
「そっちは、俺が話しておく」
「解りました」
男が、頭を下げてから部屋を出た。
部屋に残ったのは、20代後半の男だ。
バカラのグラスに残っていた琥珀色の液体を飲み干してから、窓際に移動した男は、この地方としては珍しい高層マンションの最上階から見下ろす街の光を見てから、何が可笑しいのか、大きく下品な笑い声を上げた。
情報端末を取り上げて、馴染みにしているブローカーに連絡を入れた。
10分後に、一人の男が部屋に入ってきて、名簿のような物を男に渡した。
男は、その中から数名の女性の写真を指さした。
「全員は可能か?」
「確認しますが、調整いたします。出来ましたら」
「わかった。いつもの場所から落としておけ」
「ありがとうございます」
「それから」
「解っております」
名簿を持った男は、頭を下げて部屋を出ていく.、男は先ほどまで座っていた椅子に深く腰を下ろして、空になったグラスにウィスキーを注ぎ込む。
男の一日は、まだ始まったばかりだ。
男は、自分は成功者で正当な権利として、自分が思い描く未来の到来を疑っていない。
足元を固めていた基盤が崩れて、土台を含めて徐々に腐り始めているとは考えていない。
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