【第五章 共和国】第五十話 幼き記憶

 

おいらの名前は、アルバン。
親に与えられた名前は、別にあるのだが、兄ちゃんから、”真名まな”を教えない設定でかっこいいと言われた。凄く気に入っている。真名まなは誰にも教えない。おいらだけが知っている。魂の名前。

兄ちゃんには、もちろん真名まなを教えている。
でも、普段は、アルと呼んでくれる。慣れているのもあるが、しっくりくる。自分が呼ばれていると思える。今更、真名まなで呼ばれてもしっくり来ない。

兄ちゃんには、おいらの事は、クリス姉ちゃんから指示を受けたおっちゃんと一緒に行商をしてきた者だと説明されている。

本当は違う。これは、カルラ姉ちゃんにも、兄ちゃんにも言っていない。
クリス姉ちゃんだけが知っているおいらと兄ちゃんの秘密だ。兄ちゃんは、覚えていない。絶対に覚えていないとは・・・。でも、兄ちゃんは、その時の記憶が定かではないらしい。クリス姉ちゃんからも、兄ちゃんには言わないように、厳命されている。
兄ちゃんの記憶が戻って、おいらを思い出したら話していいと言われている。そんな時が来ないことを祈っている。

おいらは、貧しい農村で過ごしていた。
年齢はよく覚えていない。

覚えているのは・・・。
村の大人たちが騒いで、偉そうな子供が来て、おいらの父ちゃんと母ちゃんを殺した。おいらの目の前で・・・。
そして、村は偉そうな子供が連れてきた者たちに蹂躙された。

何が行われているのか解らなかった。
昨日まで遊んでいた場所に、死んだ大人たちが積み上げられている。

偉そうな子供が連れてきた奴らは、大人たちのしたいが積み上がっている前で、村の姉ちゃんを裸にして、殴っている。
その近くで、別の男が宿屋のおっちゃんを縛って、ナイフを投げて笑っている。

何をしているの?
こいつらは?

おいらは、行商人のおっちゃんに匿われていた。

おっちゃんは泣いていた。おいらを抱きしめて、”すまん”と連呼していた。でも、夢だから大丈夫。そう思っていた。おいらは、村の近くの洞窟までおっちゃんに抱かれて逃げた。
そして、おいらを逃がすために、村長が殺されたと教えられた。おいらが、おっちゃんに何があったのか教えてくれとお願いして、教えてもらった。

おっちゃんは、フォイルゲン辺境伯から来たと教えられた。
そして、おいらの村を襲ったのは、証拠は何もないがルットマン子爵家の者と雇われた傭兵だと言われた。

ルットマン子爵。おいらたちの村を治める貴族だ。
その貴族がなんで、おいらたちの村を襲う?大人たちが、貴族が税として食べ物を持っていくと言っていた。貴族は悪い奴らなのか?

おっちゃんは違うと言っている。
でも、おいらの村から食べ物を持っていく、隣のおっちゃんとおばちゃんの所に産まれた子供、おいらの妹分になるはずだった子供は、産まれて10の夜を数えない間に、起きなくなった。おっちゃんとおばちゃんは、貴族が憎いと泣き叫んだ。村長が諫めていたが、子供が少しの火で全部が燃えて何も残らないのを見て、皆が泣いた。

おっちゃんと一緒に、各地を回った。
ライムバッハ辺境伯の領にある村を渡り歩いた。貧しい村もあるが、皆がご飯を食べて、子供も居る。おいらたちを歓迎しない雰囲気を出す村もあるが、それでも屋根があって、食べられる。それも、おいらの村では、年に一度の収穫後に食べられるような豪華な食事が毎日・・・。

なぜ?なぜ?なぜ?
酷かった。たった半日くらいの距離を歩いただけで・・・。川を越えただけで・・・。本当に、同じ村なのかと・・・。おっちゃんが、これが現実だと言っている。何が、現実なのか、おいらにはわからない。

おっちゃんを殴りながらいろいろ聞いた。おいらには解らない。

おいらの村があった場所に戻った。戻りたくなかった。でも、おっちゃんが大事だと言っていた。

村には、何もなかった。
おいらの家も、村長の家も、おいらたちが耕した畑も、井戸も・・・。本当に、何もなかった。

涙も出なかった。
握っていた手が痛かったことだけは覚えている。おっちゃんに連れられて、フォイルゲン辺境伯領にも行った。ライムバッハ領よりは、貧しい印象を持った。それでも・・・。本当に、貴族によって村の生活が違っている。

おっちゃんと一緒に、いろいろな貴族の領地を行商した。

フォイルゲン辺境伯領に戻った時に、おっちゃんに真剣な表情で聞かれた。

「貴族が憎いか?」

「貴族じゃない。ルットマン子爵が憎い」

「殺したいか?」

「殺せるのなら、でも、殺しても何も変わらない」

いろいろな街や都市を見て歩いた。もちろん、村や蹂躙された村も見た。おいらの・・・。別の未来がそこにはあった。子供が、柱に縛られて・・・。
ルットマンを殺しても、別の貴族が来て、似たような事をする。それなら、ライムバッハ辺境伯やフォイルゲン辺境伯の手助けをして、住みやすい村を作る手伝いがしたい。

おっちゃんに正直に伝えた。
おっちゃんは笑いながら、”ついてこい”とだけ言って歩き出してしまった。

なんか解らない間に、フォイルゲン辺境伯に面会していた。
そこで、”アルバン”と名乗るように言われた。

これからも、おっちゃんと一緒に各地を回って、気が付いた事をフォイルゲン辺境伯に報告するように言われた。
アルバンの名前は、おっちゃんの子供の名前だと教えられた。

アルバンの名前を貰ってから、王都に向った。
王都で次の指示を受けるように言われたからだ。

王都まで、1日くらいの距離にある休憩所で休んでいると、気持ちが悪い者たちが通って行った。

「おっちゃん?」

「どこかの傭兵か?」

「傭兵?」

「雇われた兵だ」

「ふぅ・・・。ん?」

なんか、違和感があった。見た事がある?
後から何とでも言える。おいらたちが、ここで休んでいるのは、もうすぐ、目の前を通り過ぎるだろう、ライムバッハ家の馬車を確認するためだ。

おいらたちだけではなくて、他の行商も、ライムバッハ家の馬車が通り過ぎたあとを着いて行く、大きな都市に向かう時にはよく見られる光景だ。評判がいい貴族家の馬車の後ろに着いて行けば、護衛もしっかりしているので、街道の安全が跳ね上がる。

おいらとおっちゃんは、行商たちの集団の中央に居た。
荷物も多くはない。先頭では、ライムバッハ辺境伯に近づきすぎてしまう為に、距離を離していた。

後ろから悲鳴が聞こえた。
おっちゃんは、おいらの手を引いて、まとまりから離れて、茂みに逃げる。
息を殺して・・・。何が行われるのか見る。

おっちゃんから言われたことだ。
おいらたちは、観測者だ。しっかりと行われた事を見て、報告をする。それが、どんなに辛いことか・・・。おいらは・・・。手の平に付いた傷跡をなぞる。悔しい。おいらに力があれば・・・。しっかりと見て、報告をする。こんな悲劇が繰り返されない事を祈って・・・。

「!!」

女の子が小さな子供を抱きかかえて、森に逃げていく、そのあとを、笑いながら気持ち悪い子供が追いかける。

「(ルットマン!)」

おいらの両親を笑いながら殺した奴だ!

顔を見た瞬間に、感情が弾けた。
そして、ルットマンに切りかかっていた。

「なんで、ガキが?全員、始末したのではないのか?」

「すみません」

目の前の男に阻まれてしまった。

「まぁいい。殺しておけ、俺は、逃げた奴を殺して、奴を待つ!」

「はい。はい」

このあとは、何を言われたのか解らない。
おっちゃんが逃げろと声を変えてきた。おいらを狙っていた傭兵は、おっちゃんを狙う。おいらは、傭兵に蹴りを入れられて・・・。痛くて、情けなくて、恥ずかしくて・・・。おっちゃんを助けにも行けない。

「え?」

何かが駆け抜けた。
傭兵たちが次々と殺されていく、おいらは・・・。

傭兵を殺してくれた。傭兵を倒してくれる。おいらの村を蹂躙した傭兵を殺して・・・。でも、何か苦しそうな・・・。悲しそうな・・・。寂しそうな・・・。
最後に見たのは、おいらより少しだけ年上の泣きそうな表情をした人だった。

おいらは、助けられた。
アルノルト・フォン・ライムバッハに・・・。おいらの両親を殺した、リーヌス・フォン・ルットマンを殺してくれた。それも、自分から死にたいと言うまで苦しめて・・・。

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