【第十二章 準備】第百二十四話
メイドが用意したお茶を一口飲んでから
「ルート。話せよ」
「・・・はい」
ルートガーが話し始めたのは、子供の頃の話だ。
「ツクモ様」
「なんだ?」
「この話は・・・」
「大丈夫。俺だけの中に閉まっておく、お前を脅す以外に使うつもりはない」
「そうですか・・・それなら安心・・・ってならないですよね?何言っているのですか?貴方は、バカなのですか?」
「そうか?お前とクリスが夫婦喧嘩したときには、俺は、どんな状況でもクリスの味方をする。そうしたら、お前の弱みを握っている俺がクリス側に居て、お前は謝罪しなければならない状況になる。ほら・・・お前にとってもなんの問題もないよな?」
「なんですか、その状況もですが、意味もわかりません。俺が・・・まぁいいですよ。何を言ってもダメなのでしょう?」
「当たり前だ。お前は、俺を暗殺しようとした。その事実だけでも話す必要は有るのだろう?」
「・・・そうですね。聞いてもらった方が俺の気持ち的にも・・・いいですよね」
1人で抱えているから秘密になる。
最初から複数の人間が知っていたりしたら、”それがどうした”の一言で終わらせる事ができる。弱みになるような事でも、皆が知っていれば、それは弱みにならない。
ルートガーの独白は始まった。
俺が思っていた以上に深刻ではなくて少しホッとした。
しかし、別の問題も産まれた事になる。
「ルート。状況はわかった、お前が”ママ”が大好きで、父親は交換に応じようとしていたレベル7回復を黙って持ち出して、”ママ”の病気を直すのに使ってしまった事もわかった。それを父親はごまかすことにした。それによって、ミュルダの孫娘は長い間苦しむ事になってしまったばかりか、ミュルダ老の次男がダンジョンに潜って、出てきた所をアトフィア教に殺された」
「俺、やっぱり、あんたの事好きになれそうにないな」
「いいよ。男に好かれても困るからな」
「なんだよ、それなら・・・」
「何かな?ルートガー・サラトガ・ペネム殿?何がいいたいのですか?」
「いいえ!何でもありません!」
「その後の話も含めて、ルートが、”レベル7回復”を使ったからだと言われたわけだな」
「概ね、そんな感じです。あとは、”サラトガの子どもたちを助けたければ、カズト・ツクモを殺してこい”でしたよ」
「問題は、そこだよな」
どこから、俺の情報が漏れたのか?
ルートガーは話していないと言っている。それは信じて良いと思っている。そして、ピンポイントで、ルートガーを狙い撃ちしている事も気になる。情報を流していた者が居たのは間違いないのだろう。
「ルート。誰だと思う?」
「え?いきなりなんですか?」
「すまん。すまん。お前のその情報と俺のことを流した奴が居ると思うけど、誰だと思う?」
「・・・・」
「同一人物だと思うか?」
「違うと思います」
「なぜ?」
「あまりにも、情報の精度が違いすぎます」
「そうだよな。でも、”必要な情報”が変わったとも考えられないか?」
「必要な情報?」
最初の方は、受け取りてが情報を欲していた。正確には、サラトガの”次期領主”の弱みを探していた。後者は、次期領主が次期領主ではなくなったために、違うターゲットを探していた。しかし、何らかの理由で失脚して、同じ人物からの情報を違う人間が受けていたために、混乱が生じたのではないか?
「例えばだけど、お前の子供のときの情報は、最低でも領主の館に居ないことには掴めない情報だよな?」
「・・・はい」
「でも、俺の情報は、この街に・・・商業区に出入りできればつかめるよな?」
「そうですね。自由区でも大丈夫だとは思いますが、”カズト・ツクモ”という名前になってくると、一部の者に絞られると思います」
「やはり、情報を流しているのは、同じ人物と仮定しないと絞れそうにないな」
「・・・はい」
「この件は、ルートに任せていいか?」
「もちろんです」
「受け手が、最初の情報は大陸のデ・ゼーウが絡んでいるかも知れないけど、後半は間違いなくパレスケープで止まっているだろう」
「え?なぜですか?」
「考えても見ろよ。パレスケープとしては、ペネムに敵対してでも手に入れたい物が有るかも知れないけど、ゼーウ街としては”今の所”はペネム街と敵対してまでも欲しい物は無いだろう?」
「でも、武器や防具・・・あぁそうですね」
そう、ゼーウ街としては、俺たちが・・・ペネム街が、魔物由来の素材やスキルカードや魔核を絞らなければ別に問題はない。値段が上がっていると考えるかも知れないが、それはパレスケープや商隊の仕事になる。
値段が上がっているのなら、そのまま武器や防具の値段に反映させればいい。大陸では、質のいい武器や防具の供給はゼーウ街に頼っているようだからな。
「ルート。任せるな」
「はっ!」
ルートガーは、一礼して執務室を後にする。
これで、少しでも、ルートガーの心に刺さったトゲが抜けてくれることを祈ろう。これ以降は、俺の役目ではなく、同じ様な傷を持つクリスの役目だろう。クリスは、自分の種族のせいで父親が狂ったと思っている。父親が狂った事で、母親が死んだのだと思いこんでいる。ミュルダ老や状況的に考えてそれは違うとは思う。クリスもそれは”理解”はしているのだろう。でも、理解しているだけで納得はしていない。
ルートガーが執務室から出ていったタイミングで、シロが入ってくる。
「カズト様」
「どうした?」
「司祭が報告をしたいと・・・」
「わかった、フラビアかリカルダが付いているのだよな?」
「・・・はい」
「何かいいたそうだな」
「いえ、そうではないのですが、なぜカズト様は、クリス殿を正妻にしなかったのですか?」
「ん?すると思っていたのか?」
「・・・はい」
「なんでだろうな。簡単にいうと、クリスが俺にむけていた感情が執着だと感じたからかな」
「執着?」
「あぁシロは、クリスが俺の所に来た事情は聞いたのか?」
「はい。大筋は・・・」
「どう思った?」
「・・・わかりません」
「正直だな」
「・・・」
シロが目を伏せて悲しそうな顔をする。
「すまん。嫌味を言ったわけじゃない。クリスが俺に執着したのは、確かに俺に助けてもらったという恩義が有ったからだと思う。恩義を愛情と置き換えても良いかも知れないが、拒絶される怖さが有ったのだろうな。それでも、拒絶できない状況になれば、捨てられないと思っていたんかも知れない。俺は、クリスじゃないからわからないけどな。家族に代わる誰かとの繋がりを求めていたのだろうな」
「カズト様。クリス殿の気持ち・・・少しはわかります」
「そうか・・・シロ。それが、どんな感情なのかわからないけど、シロはシロだからな。感情に飲まれるなよ」
「はい・・・解っております」
「うん。解っているのならいい。それよりも、司祭を呼んできてくれ、ここで書類整理しながら待っているからな」
「はい!」
シロを見送る。
執務室の机の上には、俺が決裁しなければならない書類が置かれている。
粛々と進めるしか無い。
何枚目かの書類に目を通して、サインをしていたときに、シロが司祭を連れて戻ってきた。
どうやら、フラビアもリカルダも居ないようだ。
「カズト様。司祭をお連れしました」
なんか、シロがオドオドしているように感じのだけどな。
司祭が持ってきた情報の事を考えているのか、フラビアとリカルダが一緒に来なかった事に関連しているのか?
「わかった。入ってもらって、それから、メイドに飲み物を頼んでおいてくれ」
「はい!」
気のせいかな?いつものシロに戻っている。
部屋に入ってきて、司祭がソファーに座る。
俺も、執務室の机から、司祭の正面のソファーに腰を移す。
「それで?」
挨拶とかいらないから本題に入って欲しい。
「ツクモ様。総本山からの伝達が来ました」
「ほぉ・・枢機卿か?」
「はい。穏健派の枢機卿からです」
「それで?」
内容は、口頭で伝えるという事だ。
思っていた以上に、アトフィア教の混乱は続いているようだ。
内部の締め付けを強くしているので、外部への遠征はできない。できないどころから、ペネム街からの逆襲を恐れている者まで現れている。そのために、俺たちへの敵対しないで欲しいという趣旨の申し出が来ている。”同胞を丁寧に弔ってくれた事への礼”が綴られる枢機卿からの礼状を持って謝罪としたいという事だ。
「司祭。これは、”負けましたゴメンなさい”を”不幸な事故でなくなった仲間を弔ってくれてありがとう”という感じに言い換えた事なのか?」
「ツクモ様・・・まぁそうですね。表立っての謝罪はできないためですね。それに、暫くは”ペネム街に手を出しません”という含みもあります」
「そうか、それなら受ける意味はありそうだな」
「はい。あっツクモ様が受け取る必要は無いです。私が受ければいいだけです」
「そうなのか?」
「はい。ツクモ様が表立って受けてしまうと、ツクモ様とアトフィア教が争った事になってしまいます」
「うーん。俺としてはそれでもいいのだけどな」
「カズト様。僭越ながら・・・」
「シロ?」
「はい。できましたら、司祭殿に受けさせて頂けないでしょうか?」
「何か、意味があるのか?」
「意味というよりも、もし、カズト様が受けてしまわれますと、カズト様はアトフィア教を認めたと思われてしまいます」
「そうか・・・そりゃぁ厄介だな。できれば、知らないフリを決め込む方がいいという事だな」
「はい。それがよろしいかと思います」
司祭が言葉をつなげる。
「それに、ツクモ様が、今後アトフィア教との関係をどちらにでもできるようにしておくほうがよろしいと思います」
「そうだな・・・殲滅にしろ、融和にしろ、関わり合いが無いほうが良さそうだな」
「はい」
これで、暫くはアトフィア教からのちょっかいがなくなるのならいいな。
ゼーウ街の件があるから、それが落ち着くまではできれば、アトフィア教には静かにしていてほしいからな。
他にも司祭から、救援物資という名前のおねだりリストが渡された。
全部問題ない物だったので、許可した。見繕って、商隊に運ばせる事になった。
それにしても、スキル道具が多くなっているな。
涼しい風が出るスキル道具や、暖かくなるスキル道具が人気のようだ。
作るコストは安いので問題にはならない。
しかし、他の街では作っていないのだろうか?
「ツクモ様。スキル道具は、いろいろな街で作り始めているのですが、失敗も多く、ペネム街の様な値段では出せないのが現状です」
「そうか・・・魔核への付与で失敗が続いているのだな」
「そのようです。ですので、一部では作成は諦めて、ペネム街で購入したスキル道具を再加工して売りに出してる始末です」
「へぇそうか、いろいろ考えるのだな」
司祭から微妙な雰囲気が漂ってくる
「ツクモ様」
「ん?」
「問題にしないのですか?ツクモ様が、文句を言えば、止められるのですよ?」
「うーん。別にいいかな。俺としては、便利になってくれれば嬉しいからな。別にそれで利鞘を稼いでいようとも、結局はペネム街に依存しているだけだろう?」
「そうですね。仕入先は、ペネム街ですからね」
「どっかの街の様に、それだけで満足しないで、より多くを求めて手を出してきたら、数倍にして返してやるけどな」
「・・・」
ペネム街に依存しなければ成り立たない産業が増えるだけの事で、俺たちの懐が痛むわけではない。
司祭の話では、アトフィア教の総本山がある大陸でも、ペネム街に依存する街が出始めているようだ。まだ全体の数%だろうとは思うが、今後依存度は大きくなっていくだろうと予測されていた。
本当は、スキル道具とかではなく食料や流通を握りたいのだけど、まだそこまでには至っていない。すくなくても、港の一つでも抑えなくては難しいだろう。徐々に支配力を高めていくやり方で、影響力を持つしか無いのかもしれない。
短期的には、ゼーウ街・・・というよりも、デ・ゼーウにに対するカウンター処置を行って、こちらにちょっかいを出せない位に追い込んでおく必要が有るだろう。アトフィア教の様に攻め込んできてくれれば楽なのだけど・・・どうやら搦め手を使ってくるようだからな。
「そうだな。今後も、アトフィア教・・・総本山で何か動きがあったら知らせて欲しい」
「もちろんです」
司祭が立ち上がって一礼して執務室を出ていく。
「カズト様。よろしいのですか?」
「ん?救援物資の件か?」
「はい。かなりの量になりますよ?」
「大丈夫だ。先行投資だからな。それに、これでアトフィア教の穏健派が力を付けた上で、俺に依存してくれるのなら安いものだな」
「カズト様・・・」
「シロ、洞窟に帰るけど、お前はどうする?」
「お供いたします」
「そうか、それじゃエリンを頼む」
「わかりました」
シロが、仮眠室に戻って、エリンを抱きかかえてくる。
まだぐっすりと眠っているようだ。
シロと一緒にログハウスから洞窟に戻る事になった。
今日の面談はこれで終わりにしてもらおう。クリス達の話は別に急いで聞く必要は無いだろう。ミュルダとサラトガを巡る視察に向かわせるタイミングだけだろうからな。
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