【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十七話 帝国に穿たれた小さな楔

   2020/06/08

 ヤスへの質問はまだ続いていた。
 ドッペル男爵を使った帝国での”いやがらせ”は十分に理解できたが、まだ聞かなければならなかった。

「ヤスさん。お父様とドッペル男爵の会談を取り持てませんか?」

「問題ないぞ?家の格を考えると、ドッペル男爵をローンロットに向かわせるか?その時に、帝国の村の村長をやるドッペル息子も一緒に連れていけばいいよな?」

 エアハルトが手を上げて話に入ってきた。

「ヤス殿。サンドラ様。その会談には、私も出席したいのですが問題はありますか?」

 ヤスはサンドラを見る。問題はないと思っているが、サンドラの判断が必要だと思ったのだ。辺境伯との非公式の会談になる可能性がある。その場にローンロットの責任者と言っても、平民が出席していいのか判断出来ない。

「問題はないと思います。ドッペル男爵も公式にローンロットを訪れるわけではないのですよね?」

「そうだな。ドッペル息子が治める。帝国の村との連携がしたいと申し入れをする体ではどうだ?」

「ヤス。私も参加したいが問題はないか?」

 今度は、アフネスが参加を表明した。

「サンドラと調整してくれ、サンドラは決まったら、俺かセバスに連絡をくれ、ドッペル男爵を呼び出す」

 ヤスの提案を受けるようにうなずく。

「ヤス。それで、帝国に出来る村には名前があるのか?」

「ん?名前。考えてなかった。うーん。楔の村”ウェッジヴァイク”でどうだ?」

 皆もうなずいているので、問題はないと判断された。
 まだ出来ていない村だが出来たと仮定して話が進められる。

「ヤス。ウェッジヴァイクには神殿と同じ迷宮区が出来るのだよな?」

「似たような物だな。迷宮区のような救済措置は作らない」

「それは・・・。ギルドマスター。あっ。ダーホスさん。どうしますか?」

 今まで聞き役だったドーリスが口を開く、迷宮区が新しく生まれるのなら、ギルドとしては黙っていられないだろう。それに、帝国はギルドをあまりよく思っていない。楔の村なら状況が違うかも知れない。

「ヤス殿。冒険者ギルドとして、ウェッジヴァイクにギルドを設置するのは可能ですか?」

「え?いいの?帝国では、冒険者ギルドとかよく思われていないのでしょ?」

「だからです。ヤス殿が間接的に治める場所なら、この神殿と同じ・・・には、出来ないとは、思いますが、他の帝国領や皇国とは違った反応が生まれると思います」

「ヤス。儂も、ダーホス殿の意見に賛成だな」

「イワン殿」

 ダーホスが意外な所からの援軍を得て嬉しそうにする。

「イワン。何が欲しい?」

「神殿のドワーフも派閥が発生してしまった。その、一つの派閥をその楔の村に行かせようと考えている」

「派閥?」

「少数だが、酒精が駄目な奴らが居て。蒸留酒の場所を広げるのに反対して居る。じゃ・・・。いや、もっと活躍出来る場所があれば、その方が良いだろう」

「おい。イワン。今、邪魔と言おうとしたな」

「そんな事実はない!」

「まぁいい。迷宮区ができれば、武器や防具が必要だろう」

「大丈夫だな。外に出すレベルの武器や防具なら作られる。素材がないから、かなり質が落ちるだろう」

「そうか、素材は迷宮では出さないようにしているけどいいのか?」

「魔物の素材はあるのだろう?十分だ。それに、帝国領内で武器や防具を大量に作るのは、ヤスの望みと違ってしまうだろう?」

「そうだな。魔道具は、安全装置を付けておこう。イワン。後で相談だな」

「わかった。儂からは、それだけだな。ローンロットやアシュリやトーアヴァルデや関所の森の中にある村に居るドワーフたちもローテーションするぞ」

「任せる」

 イワンの話を聞いて、アフネスがヤスに疑問を投げかける。

「ヤス。イワン殿が言っている、関所の森は、レッチュ辺境伯領と帝国の間の森のことだね」

「あぁ。今は、神殿の領地になっている。そうだよな。サンドラ」

 ヤスは、サンドラに話を振る。
 サンドラは、ヤスの問いかけに肯定の意味を込めてうなずいた。

「わかった。それはいい。森の中に村があるのか?」

「出来ている。森の中心を川が流れていて王国と帝国を分断している。そして、関所の近い場所に湖が出来ている。湖を挟むようにして村が出来ている。両方の村長は、ドッペル村長を派遣している」

 皆が納得している中、アフネスは一人だけ難しそうな顔をしている。

「ヤス。私は・・・。あの森には何度も足を運んだ。確かに小さな川は有ったが、湖はなかった。今の話だと、川も帝国と王国を分断する位の幅がありそうだな?」

「そうなのか?俺が神殿の領土となったと聞いた時には、川も湖も有ったぞ、環境の整備は行ったけど、川と湖をうまく使っただけだぞ?」

 アフネスがヤスを見るが、ヤスはとぼけた状態のままアフネスを見返す。

「わかった。ヤス。話の腰を折って悪かった」

 アフネスが引いたので、話を戻して、詳細に詰めていった。
 具体的な日付までは決められなかったが、辺境伯が王都から戻ってきたらドッペル男爵とローンロットで会談をするのが決まった。

 楔の村が出来たら、イワンがドワーフたちを派遣するので、ヤスは上下水道の整備を行うだけにする。ドッペル息子の村長邸は作るが村役場と各種ギルドの役割をもたせる。ドワーフの住処兼工房は、神殿と同じ様に作ると決定した。
 アシュリで増えてしまった神殿に入る為の許可が降りなかった者たちを楔の村に送致する。行き場がなかった子爵家で横柄に振る舞っていただけの兵士たちだが、アシュリで受け入れるのは難しいと判断された。行き先がなかったが、楔の村なら治安が多少悪くなっても構わないだろうという判断になったのだ。
 ダーホスが冒険者ギルドや各種ギルドに話をして、楔の村が出来てから、誘致するのも決まった。

 イチカが眠くなってきて、ディアスとカスパルが連れ出して3人が離脱した。
 ミーシャとディトリッヒがドーリスの代わりにギルドに戻って二人が離脱した。
 ドッペル侯爵も居る必要がなくなったので、マルスの指示で会議室から出ていた。

 イワンは途中で酒精がなくなって中座したが戻ってきている。いつの間にか、アフネスもダーホスも飲み始めている。セバスとツバキが肴を用意したので、一気に居酒屋感が増大する。

 会議という飲み会は、朝まで続いた。
 アフネスがイワンと話をして、三級品の酒精をユーラットで販売する計画を立てていた。三級品と言っても、市井に出回っている酒精の何倍も美味い。それ以外にも、ヤスが調子に乗って提供したレシピもユーラットで提供するようだ。ルーサも、アフネスの話に乗っかる。自分用には二級品を要求していたが、アシュリで売りに出すのは三級品と決めた。イワンとアフネスとルーサで、作る酒精の相談を始めた。蒸留酒ではなく、果実酒をメインにすると決めていた。
 サンドラは、エアハルトとローンロットは周辺の村や町の情報交換を始めている。
 ドーリスとダーホスは、ヴェストを交えて冒険者や傭兵の話をしている。

 ヤスは、いろいろな話に呼ばれては話を聞かれていた。

 今まで曖昧だったユーラットとの関係も改善した。
 アフネスも曖昧だった部分の確認をしたかったのだ。特に、税に関しては、棚上げされていた。

「ヤス。いいのか?」

「いいよ。人頭税とか好きじゃない。それに、税ならアシュリとローンロットとトーアヴァルデで稼げる」

「そうは言うけど、3つの場所でも殆ど税をとっていないのだろう?」

 3人の責任者がうなずく。ヤスは、税を必要としていない。アシュリもローンロットもトーアヴァルデも必要な物は少ない。

「神殿で必要な物は、金じゃない。魔物を倒してくれる者たちだ。そして、倒す者たちをサポートする人たちだ」

「ヤス。それは、この神殿だけなのか?」

「他の神殿を知らない」

「それもそうだな。わかった、だが税はしっかりと取るべきだ。無制限に住民を受け入れるのは無理なのだろう?」

「そうだな。神殿は、そのために選別をしている。他の場所も同じだな。場所にあった選別はしているぞ」

”マスター。選別が終了しました。いつでも戦闘が始められます”

 会議室に付けているスピーカーから、帝国軍の選別が終了したと報告が入る。

「マルス。映像を出せるか?」

”可能です”

 酒呑みたちも飲む手を止めて、ヤスの次の言葉を待った。

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