【第八章 踊手】第七話 準備
大学に通い始めて3日が過ぎた。
晴海と夕花は、屋敷と学校での生活を楽しんでいる。
屋敷では、片時も離れない。離れるのを恐れているかのように常に一緒に居る。学校では、研究室の設営がまだ出来ていないために、夕花は図書館に通い詰めている。晴海は、その時間を利用して、城井から蔵書や他の家の情報を聞いている。
そして、晴海が期限を区切った会談の前日。
礼登が城井を訪ねてきていた。城井に会うためではなく、晴海に会うためだ。
「城井。明日は、どのくらい集まる?」
晴海は、正面に座った城井に質問をする。まとめ役ではないが、城井は各家との繋がりを持っている。
「私が掴んでいる情報だと、寒川以外は当主が出席します。次期当主を連れてくる家は、城井と合屋家です。寒川家は当主が高齢ですので、代理を立てる予定のようです」
「礼登。場所は問題ないか?」
「はい。お館様。六条家が所有しております。大型クルーザーを用意しました。全員が集まって会議が出来ます」
礼登は、あえて”六条家が所有”という言葉を使った。晴海が、六条家の物と自分の物を分けて考える傾向にあるのに気がついているのだ。
「護衛は?」
「忠義様から、御庭番がお館様と奥方様の護衛に当たります。各家からは、最少人数で来るように伝えました」
家の名前である名字は使わないで、”忠義”と呼んでいる。家には恪があり、家がわかれば何をしているのか解ってしまうからだ。身内と呼べる者たちしか居ない場所では、”名前”呼びするのだ。
「わかった。情報のリークは出来たか?」
「はい。情報が自然な形で流れるようにいたしました」
「そうか、これで当日になればいろいろわかる」
「はい」「はい。お館様。城井家には、話をしておりません」
「そうか、城井。お前の権限で連れてこられる護衛は何人だ?」
「私の権限では、城井の者を守るだけで精一杯です」
「十分だ。準備をしてくれ」
「はい」
会議室ではなく、大学内になるカフェにある個室で話をしている。
個室は、防音になっている。ドアを閉めれば、会話が外に漏れることはない。盗聴器の存在も、礼登が入念に確認をしている。
「そうだ。城井。蔵書リストの中に、”人食いバラ”という本がなかったが?」
「”人食いバラ”ですか?」
「祖父が俺に見せてくれたから、蔵書リストにあると思ったのだが?」
「私が管理している蔵書は、リストにあった物だけです」
「そうか・・・。礼登。時間があるときで構わない。誰かに、旧本家と離れを探させて欲しい」
「わかりました。それで、”人食いバラ”とはどういった本なのでしょうか?」
「うーん。分類は、少女小説だけど、あれを少女小説と呼ぶには少し抵抗があるな。西条八十の傑作ミステリの原書だったはずだ」
「わかりました。探してみます」
「頼む」
「お館様。その”人食いバラ”はなにか特別な本なのでしょうか?」
城井が横から質問した。
蔵書リストにある本は把握しているが、晴海が興味を示している本に興味を持ったのだ。
「稀覯本であるのは間違いない。内容は・・・。面白いと聞いている。俺は、爺様・・・。先代との思い出は殆どないが、唯一と言ってもいいと思うが、先代との思い出が、”人食いバラ”だ。先代が、先代の書斎で”人食いバラ”を読んでいた時に、俺が書斎に紛れ込んだ。怒られると思ったが、先代は怒らないで、手招きしてくれた。その時には、親父も兄さんも弟も生きていたから・・・」
—
「晴海。晴海は、大きくなったら何になりたい」
「おじいさま。僕は、小説家になりたいです!電子書籍ではなく、紙の本を沢山出す小説家になりたいです」
「そうか、そうか、順当に行けば、晴海は”六条”の名前を背負う必要がないだろう。だが、小説家も大変だぞ?」
「はい。知っています。おじいさま。僕は、沢山本を読んで、沢山勉強をして、沢山小説を書きます」
「ハハハ。そうだな。晴海。あと、勉強ばかりでは駄目だ。沢山、沢山、経験しろ。良いことも、悪いことも、いろいろ経験しろ、そうすれば面白い作品が書けるぞ」
「本当ですか!僕、いろいろ経験します。でも、悪いことはしたくありません!母さ・・・まが、悪いことをしたら悲しみます」
「そうだな。お前の母親はそういう人間だったな」
「はい」
「そうだな。晴海には、何も残してやれない・・・。こともないか・・・。晴海。この本をお前にやろう。稀覯本と言って古い古い本だ」
「古い本ですか?おじいさまよりも?」
「ハハハ。儂なんかよりも、もっともっと古い。そうだな。儂の爺さんの爺さんの爺さんくらいが生きていた時に売られた本だ」
「え?!」
「特に、この”人食いバラ”は原本が残されているのが幻とまで言われているからな」
「そうなのですか?」
「そうだ!読んでみるか?」
「はい!」
小さい晴海を抱きかかえて、膝の上に乗せる。机の上に広げた本も見ることが出来る。
「おじいさま。読めません。この記号みたいな文字が日本語ですか?」
「ハハハ。日本語だ。ただ、古い書き方をしている文字が多いだけだ。勉強すれば読めるようになるぞ」
「おじいさまは読めるのですか?」
「もちろんだ。晴海も沢山勉強すれば、儂の様にいろんな本が読めるぞ」
「わかりました。おじいさま。僕!たくさん勉強をして、おじいさまの本を沢山読みます」
「そうか、そうか、それなら、”人食いバラ”は晴海に残すとするか」
「はい!ありがとうございます!おじいさま。僕、沢山勉強して、”人食いバラ”を読めるようになります」
—
晴海は、先代との会話を今でも覚えている。
会話のすべては夕花以外に聞かせるつもりはない。数少ない家族との会話だ。
晴海は、”人食いバラ”を読むために古文を勉強した。そして、歴史に興味を持ったのだ。
「そうだったのですね。先代にそのようなご趣味があったのですか」
「ん?城井は知らなかったのか?」
晴海の問いかけに、城井はうなずく。礼登も知らなかったようだ。
「それで、納得しました。六条家からの寄贈本に珍しい本や歴史的に価値があるものが多いのが不思議だったのですが、先代がお集めになったのですか」
「爺様だけが集めていたわけではないと思うけど・・・。趣味というか楽しみだったみたいだ」
城井も礼登も黙ってしまった。
先代が、晴海にしてきた仕打ちを知っているからだ。
晴海から聞かされる内容と自分たちが知っている先代があまりにもかけ離れていて、想像すら出来ないでいるのだ。
「本は、礼登。探してくれ。それよりも、明日の話を先にしておこう」
「はい」「はい」
「明日は、夕花も連れて行く」
「え?お館様。奥方様も参加されるのですか?」
「そうだ。旧姓も一緒に名乗らせる。結婚に反対の者は出ないとは思うが、報告はしておいたほうがいいだろう」
「はい」
城井はかろうじて返事はしたが、内心では反対している。
晴海の結婚を面白く思っていない家は存在している。寒川が代表的な存在だ。
礼登は意図に気がついたので、黙っていた。
晴海は、城井家をまだ完全には信用していない。
夕花の旧姓を告げるリスクは存在する。六条家が晴海を残して全滅してしまった事件と夕花が繋がっている。晴海は確信に近い感情を持っている。
夕花のお披露目としているが、実際には”不御月”の血を紡ぐ者として夕花を見せる。
晴海の思惑は別にして、明日の手順が確認されていく
識別信号は全部の船がオープンにするなどの手順も確認された。
明日の会談が開かれるまで数時間。
礼登は準備を行うために、部屋から出ていった。
「お館様。私も、城井家に一度戻ります。最終確認を行ってから会談場所に移動を開始します」
「わかった。明日、会えるのを楽しみにしている」
「ありがとうございます」
「俺も、夕花を迎えに行く、明日の準備をしなければならないからな」
「はい」
晴海は席を立って、カフェを出た。図書館に向かった。
夕花の体が”ビクン”とした。晴海が近づいたので、情報端末が晴海の接近を知らせたのだろう。読んでいた本から視線を外して、入口を見る。
夕花は、晴海を見つけると、読んでいた本を閉じて筆記用具やタブレットを片付け始める。
「夕花。もう良いのか?時間はまだ大丈夫だよ」
「いえ、丁度キリが良かったです」
「そうか」
「はい。本を片付けてきます」
「わかった。入口で待っているよ」
「はい!」
晴海が入口で5分程度まっていると、片付けを終えた夕花が近づいてきた。
「晴海さん。おまたせしました」
「うん。行こう」
「はい」
「今日は僕が運転する。ちょっと行きたい所があるからね」
「はい。わかりました」
夕花は、晴海から差し出された手を握って一緒に歩き始めた。
前は少し後ろを歩いていたが、今は晴海の横を自然とあるけるようになった。夕花は気がついていないが、晴海は何も言わないでも、横を歩いてくれる夕花の変化が嬉しかった。
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