【第二章 キャンプ】第四話 肝試し
夕飯が終わって、キャンプ場に集められた生徒たちは座って、先生が離す怪談を聞いていた。
”キャァァ!!”
”ヤメロ!”
誰が言ったのは名誉のために伏せておこう。
しかし、タクミたちではない事だけは確かだ。
タクミたちの班は一箇所に集まって話を聞いているのだが・・・。
”フッフーン。怖くなんて無い”
ユウキが口ずさんでいるが、タクミの服の裾を離す気配はない。同じく、鳴海は晴海を後ろに座らせて、自分の背後を守らせている。
怪談は、よくある話だ。
よくある話だけに怖いのだ。そして、積み重ねられた歴史が怖さを増す働きをしている。
アレンジして今日これから行われる肝試しに特化したものにしているのだ。地域的に幼少の頃から聞かされている話が加えられている。毎年バージョンアップして徐々に怖くなっていくのだ。
肝試しも、怪談話に沿った状態で脅かす準備がされている。
タクミたちの順番は最後だ。
それまで、この場で待機する事になるのだが、別にこの時間で遊んでいるわけではない。
先生たちは、各班に引率する形になるし、脅す側に回っている先生も人数が多いわけではない。安全に肝試しを行う必要が有る。細心の注意を払ってはいるが、子供は急に予想を超える動きをする。
特に今年は、伝説になっている森下桜と篠崎克己の子供が居るのだ。
タクミたちの引率は、担任が行う事になっている。
順番まで待機しているのだが、なぜか肝試しを行うタクミたちよりも、担任が緊張している。
担任が緊張しているのも当然なのだ。
まず、最初に担任はタクミたちの事を誤解している。”問題児”だと認識しているが、それは大人からみた認識でしか無い。タクミたちは問題を起こしたわけではない。ただ目立つのだ。勉強が飛び抜けてできるわけではない。運動が飛び抜けてできるわけではない。でも、全ての事で名前が上がるのだ。多才というのがいいのだろうが、天才というわけではない。それなりの努力をしているし、頑張っても居るただ凄まじく効率がよく、頭の回転が早いのだ。
担任からみたらそれが問題行動に見えてしまう事も多い。
そして、担任が緊張している一番の理由は、担任が森下桜と篠崎克己の後輩だという事だ。
サクラたちの4つ下。サクラたちの影響を受けた者たちなのだ。特に、狭い町であるために、伝説を話しとして聞いて育ったのだ。
在学中に接するチャンスが有れば違ったのだろうが、4つ下だとサクラたちの卒業と同時に入学する事になる。中学での出来事を噂話や先輩からの伝説として聞かされる事になる。
その伝説の先輩たちの子供を引率する事になるのだ。緊張するなという方が無理なのかもしれない。そして、少し前に発生した事件の事も頭の隅に残っている。ここまで問題なく物事が進んでいる。最後の最後で問題が出てしまっては困るのだ。
担任は班の1人が休んでいる事をすっかり忘れてしまって居たのだ。
タクミたちの順番が来た。手紙は、すでに仏舎利塔で待っている先生に渡してある。
担任は、スマホでタクミたちが今から出発すると連絡するだけでよいのだ。
昔は無線機を使っていたのだが、スマホのSNSを使えばそれらも簡単に行う事ができる。
そして誰が開発したのかわからないが、精度の高いGPSを使って班の位置を認識して、おばけ係の先生に伝える事ができるようになっている。
「タタタタッタクミ」
「ユウキ。唯も落ち着けよ。大丈夫。大丈夫」
「だって・・・。ひっ!」
鳴海は、晴海に後ろを絶対に守れと命令して、晴海の前を歩いている。
ユウキと唯は、タクミの服の裾を握って後ろから続いている。
簡単に説明すると、タクミ→ユウキ・唯→鳴海→晴海の順番で歩いている。少し距離を取って担任が続いている。
脅す方も素人なので、子供だまし以上の脅しは無いのだが、雰囲気はバッチリなのだ。
幸いな?事に月も出ていない。空は曇天と表現していいだろう。そして、海からの生暖かい風は山頂付近まで届いている。温められた海風だ。海岸沿いに住んでいる者しかわからない、独特の生臭さを含んでいる。
暗い夜道に、生暖かい風、遠くの町明かり。そして、終わりに近づいている夏漁の船の明かりが漆黒の海に漂っているのが見える。
風が吹けば、木々が葉や枝を擦れ合わせて、不自然な音を鳴らす。
木々の鳴く音とは別に首切り螽斯の鳴く声が恐怖を掻き立てる。
草むらや周りから聞こえてくる、”ジー・ジー”という鳴き声が、自分たちが近づくと鳴り止むのだ。
視線を感じるわけではないが、監視されているのではないかという恐怖心が芽生えるのだ。
直前で聞いた先生の怪談話も、監視されている恐怖を伝える物だ。
「タクミ・・・」
「ユウキ。情けない声をだすなよ。唯。引っ張るな!」
タクミが指摘した事とは別にユウキは唯と手を繋いで、タクミの服の裾を引っ張っている。
タクミは裾を引っ張られながら少し歩きにくいと考えていた。
何度か数えていないが、お化けの登場でタクミは慣れてしまっている。
怖くないかと言われれば、怖い事は怖い。しかし、人は自分以上に怖がっている人が居ると怖さが緩和される生き物のようだ。タクミは、その傾向が強い。それでも、後ろで怖がって驚かれると反射的に行動を起こしてしまうのはしょうがないことだろう。驚いた人の声で驚くのだ。
音がするとそちらの方向を見てビクッと身体を震わせる。
その都度、裾を引っ張られてタクミは体勢を維持するだけで精一杯な状況だ。この位の年齢では、女の子の方が、力が強い事が多い。そして、タクミの裾を二人が握っているのだ。体勢を維持出来ているだけでもすごい事だと思える。
「あ!」
鳴海が大きな声を上げる。
「仏舎利塔!」
鳴海の声をきっかけに、闇夜に塔が見えてきた。
ライトアップなどはされていないが、手に持っている懐中電灯で照らせば、石造りの塔は闇夜でもよく見える。
「さぁ皆」
引率していた担任が皆の前に出てきて声をかける。
「解っているよ!先生!」
晴海が軽い口調で言うのだが、少しだけ声が震えているのはやはり怖いからなのだろう。
前に鳴海が居たために、大丈夫と自分に言い聞かせていたのだ。
順番は決められている。
手紙はすでに角?に、置かれている。
順番は、ユウキの意見と言うよりも女性陣の意見が採用されている。
唯から開始される。
唯は、鳴海に手紙を渡して、鳴海は晴海に、晴海はユウキに、ユウキはタクミに、タクミは本来なら今日来ているはずのマユにわたすのだが、休みのために先生に渡して、当初の予定どおりに、後で先生が唯に手紙を渡す事になっている。
星型になっている仏舎利塔の星の先に1人ずつ立つ。そして、仏舎利塔の周りをぐるっと廻る事になる。
唯が少し大きめの声で
「い、今から行きます」
そう言うと、唯は歩き出した。鳴海の所まで、2分程度だろうか?暗いなかで、懐中電灯一つだけ持って、歩いている。
唯は、怖いけど一歩、一歩、踏みしめるように、確実に歩いている。
ユウキが言っていた、皆が歩いた後だからという言葉を信じて、懐中電灯で道を照らすと、確かに沢山の足跡と思える物が見える。
足跡を数えながら歩いていると、怖さが少しだけ抑えられるような気がしている。
そうして、数歩行った所で、ふと何か温かい物を感じた。
お母さんのような温かさを感じた。気のせいなのかもしれないが、唯は耳元で”大丈夫。怖くない”と何度も、何度も話してくれる女の子が居るように感じていた。
唯は、その声と温かな感触で怖さを忘れる事ができた。
「鳴海ちゃん!」
「唯!」
二人は、お互いの懐中電灯の光を認識した。
「はい」
「うん!ありがとう」
手紙を渡して、唯はこれから1人で待っていなければならない
「鳴海ちゃん。早く帰ってきてね」
「うん。私も怖いから急ぐよ」
鳴海は、それだけ話して、唯の手をぎゅっと握ってから、一言二言交わしてから、双子の片割れの所に向った。
「うぅぅぅ怖いな」
さっきまで鳴海と二人で居たからだろう。
怖さがぶり返してきている。唯は、遠くに揺らめく街の灯りを見ている。
「ママとパパ。私の家の灯りはどれかな?」
(あれだよ)
「え?」
唯は、誰かが耳元で囁いた声を聞いた。
そして確かに、白い腕がある方向を指さしたと感じていた。
「だれ?」
誰も答えない。
でも、確かに誰かが居る。
でも、怖くない。
「ママ?」
その問にも答えてくれない。
唯は、不思議と母親である。スズを感じていた。
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