【第六章 神殿と辺境伯】第十六話 サンドラの依頼
「はじめまして、私はクラウスの娘。サンドラといいます」
サンドラはヤスが反応しない状況を見て言葉を繋げる。
「神殿の主様。どうか私の依頼をお受けください」
「ん?アフネス?」
ヤスは依頼内容を聞いていたが、サンドラの出現は予想外だった。しかし”領都での食料調達が無理”だと言われたて領都や王都の状況がどうなっているのか知りたいと思った。アフネスはヤスが何を言いたいのかわかったようで口を挟むのを止めた。
「サンドラ様?私は、ヤスといいます。それで、どうして”領都での食料調達が無理”なのですか?スタンピードで発生した魔物が討伐された事実を知らせれば・・・」
「まず、神殿の主様。私の事は、サンドラと呼び捨てにしてください。それから、口調もアフネス様やミーシャ様に話される感じでお願いします。私だけ違う口調ですと疎外を感じてしまって悲しいですわ」
「いやいやまずいでしょ。貴族様ですよね?」
「はい。ですが三女です。それに、神殿の主様は一国の王に匹敵いたします。そんな方に”様”付されるのは困ってしまいます」
ヤスはアフネスを見るが頷くだけで助言をもらえなかった。
「わかりました。それで先程おっしゃっていた発言の真意を教えていただきたいのですが?」
「はい・・・」
サンドラは、領都にある食料は兄であるランドルフが掌握してしまっている事実を含めて正直にヤスに話をした。
ランドルフがリーゼに対して行おうとした行為やエルフ族に対する迫害や人族以外への偏見を含めて全部正直に説明した。
その上で頭を下げてヤスに願い出でたのだ。
「神殿の主様。レッチュガウをお救いください」
「うーん。話が大きすぎてわからない。結局、何をして欲しい?依頼だと言うのなら・・・」
ヤスは奥から出てきたダーホスを見る。
「サンドラ様。依頼は納得できる報酬が有って成立するものです。サンドラ様が提示された報酬ではギルドは依頼を発行しません」
宣言するかのようにサンドラを諭すダーホスには疲れの色が濃く出ている。
今まではサンドラを説得していたのだろう。
「サンドラ様。今、あなたがやらなければならないのは、ヤス殿の説得ではなく、お兄様であるランドルフ様の説得ではないのでしょうか?」
「わかっております。わかっておりますが・・・」
「サンドラ。なんとなくだがヤスに提示する報酬のあたりが付くが・・・。それは愚策だ。ヤスを見て感じないか?」
「アフネス様。それは?」
「感じないのなら、その程度だな。魔眼を持つ魔女と聞いていたが噂でしか無いようだな」
「・・・」
少しだけ悔しそうに目を伏せるサンドラだったが、ヤスをじっと見る目には見るものが見ればわかる程度の魔力が宿る。
「え?」
サンドラの目にはヤスの偽装されたステータスが表示されている。
ヤスのことを神殿の主と呼んでいる。情報としては、ヤスが神殿を攻略したと伝わっているのだろう。この場にいるアフネス以外の人間はヤスが攻略したと思いこんでいる。サンドラはアフネスを見てから首をかしげる。行った事とステータスがアンバランスなことは理解できたのだが”だからなんなのだ”という思いが強い。
「サンドラ。見たのなら解るだろう。ヤスは”神殿の主”ではあるが”神殿を攻略した”とは言っていない」
「あっ・・・。でも、それなら・・・」
「そうだな。そこまでなら問題はないだろうな。だけど、あのアーティファクトを見ただろう?」
「はい。だからこその依頼と報酬なのですが?」
「依頼は問題ない。そこのお人好しなら受けるだろう。だが報酬次第ではヤスが厄介事を背負い込むことになる」
「あっ・・・。神殿の独立性ですか?」
「それもある。貴族籍のままでは無理だろう。しかし、貴族籍を失ってしまっては報酬の価値はない。違うか?」
「しかし・・・」
「サンドラ。気持ちは理解するが考えれば解るだろう?」
「そうですね・・・。しかし・・・」
「なぁアフネス。サンドラも、俺に解るように話してくれよ。輸送なら俺の仕事だと考えられる。報酬も後払いでもいいぞ?」
「後払い?」
反応したのはサンドラだ。
「その前に、王都から領都への輸送は今回が初めてか?」
「いえ、規模は違いますが毎年です。王都から食料や物資を搬送してもらっています」
「毎年?それなら・・・」
サンドラはヤスが言おうとしているのはわかったのだがアフネスとミーシャを見るにとどめた。自分が言っていい話しでないのは理解している。
「ヤス殿。搬送は、去年までは私が担当していた」
「え?ミーシャが?」
アフネスがうなずいたのを見てミーシャが事情を説明した。魔通信機の利用料を含めて説明した。
「それで・・・輸送よりも大事な役目が有ったから輸送の報酬は抑えていた」
「サンドラ。普段ミーシャに渡している報酬は準備できるよな?」
急に話を振られて動揺したが、ヤスの問いかけに頷く事で答えた。
「アフネス。利用料はリーゼに渡せばいいのか?」
「いや、ヤスが貰ってくれ」
「いいのか?」
「問題ない」
「わかった。サンドラ。王都なら食料や物資を買い集めても問題にはならないよな?」
「え?あっ問題にはなりません。ただ、日持ちする物が手配できるか・・・」
「日持ち?そうだな・・・。ミーシャ。王都までは領都からどのくらいで行ける?」
「急いでも20日は必要だ。道中で休む時間を減らせば2-3日は短縮できる」
「わかった。サンドラ。その依頼を受けてもいいが」「本当ですか!」「ヤス!」「ヤス殿!」
ヤスが手で皆を制する。
「受けてもいいが条件がある」
「条件ですか?」
「まずは、ユーラットに来ている者たちの移住が先だ。それから、カスパルの教育をするから出発はどんなに早くても二日後だ」
明らかに失望の色を浮かべるサンドラだが”しょうがない”という思いも確かにある。
「それから王都で220名が最低でも2ヶ月間生活できるだけの物資を確保したい」
「それはヤス様が購入されるのですか?」
「今回の輸送で俺が得る報酬と魔通信機の利用料を当てる。無理か?」
「わかりません。王都にそれだけの物資があるのか確認してみないことにはお返事はできません」
「そりゃそうだな。わかった、あるだけ集めてくれ」
「承ります」
サンドラが綺麗な所作で頭を下げる。
「ダーホス。処理は任せていいのだよな?」
「問題ない。問題ないが良いのですか?」
「ん?」
「報酬をそのように使われて問題ないのですか?」
「そういう事か・・・。わからないけど、物資が無いのは困るからな。1-2ヶ月もすれば落ち着くだろう?そうしたら、魔の森は無理でも麓の森に入って狩りや採取はできるだろう。食いつないでいる間に畑の整備ができればなんとかなるだろう?」
「そうですね」
「それに、ドワーフ族がいるのなら武器や防具の制作や補修を頼めるだろう?」
ミーシャが話しに割り込んでくる。
「問題ない」
ヤスは、ミーシャではなくサンドラを見る。
「サンドラ。仕事は受けるが俺の条件を飲めるのか?」
「分配は、領主の采配になり即答できません」
「わかった。領主を説得してくれ、2日やる。それまでに説得してくれれば、ミーシャが受けていた報酬で物資の輸送を請け負う」
頭を下げようとするサンドラを制して、ヤスはアフネスを見る。
「アフネス。2日で移住を完了させてくれ。俺は、カスパルに運転を叩き込む」
「ん?」
「俺が王都に行っている間に、カスパルにはユーラットと神殿の間で物資の運搬をしてもらう。ツバキがアーティファクトを使って移住を支援するが、物資まで面倒は見られないからな」
「・・・」
「それから、王都までの道を教えてくれ地図があれば嬉しいのだが・・・」
「それなら私が・・・」
「サンドラには領主の説得を頼む。アフネス。地図は無いのか?」
「地図は無い。有っても出せない」
「そうか・・・。誰か案内できる者は?あっミーシャとラナは・・・。だめだな。神殿でリーゼを抑えてもらいたい。俺が王都に行くと言ったら付いてくると騒ぎ出すのは目に見えている」
サンドラを除く全員がうなずいている。
ヤスは自分で言っておきながら間違いないと確信している。
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