【第六章 神殿と辺境伯】幕間 サンドラの思惑
「ここが?」
「はい。ユーラットです。サンドラ様」
サンドラは自分が思っていた以上に田舎のユーラットに驚いている。
石壁を最初に見た時には驚いたのだが、護衛たちサンドラに石壁の先になるのが森であることや魔物の襲来がある可能性があることを説明した。そして説明を聞いたサンドラは石壁に沿って行くのではなく街道を進むことに決めた。
街道を選んだサンドラたちはすれ違うはずだったダーホスたちとすれ違ってしまったのだ。
ユーラットの中でサンドラを知っているのはダーホスと数名だけだ。身分を証明する物を持ってきていること考慮しても”辺境伯の娘でランドルフの妹”がユーラットに居る者たちから歓迎されるとは甘い見通しだったと思えてしまう。
事実、サンドラは”辺境伯の娘”である身分を提示したことで、エルフ族やドワーフ族、ユーラットに残っていた者たちが一斉に近くから居なくなるのを感じた。
相手にしてくれたのは3名だけだ。
「それで、サンドラ様はユーラットにどのような御用で来られたのですか?」
言葉の節々に”迷惑だ、早く帰れ”という感情を乗せてアフネスが話を切り出す。
「アフネス様。私は兄ランドルフの行いの謝罪を行うためです」
「謝罪の必要はありません。お帰りください。もう終わったことです」
「いえ・・。それでは・・・」
「それに、魔通信機は以前と同じ条件で使えます。これ以上はお話をする必要があるとは思えませんが?」
「しかし・・・。ギルドを仕切っているダーホス様にお会いしないことには・・・」
サンドラの目的は神殿に行ってヤスに面談しないと進める事ができない。ユーラットでは情報を得るためと筋を通すためにも責任者であるダーホスに会って話をする必要がある。
「サンドラ様。本当のことを教えて下さい。リーゼ様への謝罪に来られたのではないですよね?」
ドーリスがサンドラの様子から事情を的確に読み取っていた。謝罪しに来たのならまっさきにリーゼの所在を聞くのだが、”やるべきこと”を行わなかったことから目的は別にあると考えていたのだ。
「いえ、主目的の一つではあります。兄ランドルフの行いは間違っています。今更、妹である私が何を言ってもダメなことは理解しておりますが、それでも同じ女性として謝罪をしないとダメだと判断しております」
「サンドラ様。リーゼに対する謝罪は必要ありません。そもそもミーシャやラナの話をまとめますと、次男様はリーゼに直接言ってきたわけではないですよね。サンドラ様が謝罪されることの方が問題です」
サンドラはアフネスの言葉が正しいと認めてアフネスにだけ謝罪をした。
「それで?護衛の方々もいらっしゃいますが一泊して帰られるのですか?」
すぐに帰って欲しいという雰囲気を出しながらイザークが丁寧な言葉でだが”帰れ”と伝える。
「ここは敵陣なのですね」
「ユーラットは王国の一部です。辺境伯の領地ではありませんが敵陣ではありません。サンドラ様が”敵陣”だと感じていらっしゃるのなら、それは私たちが原因ではありません。辺境伯のご身内の方の責任です」
「わかっております。ドーリスさん。ですので、私はユーラットで信頼を勝ち取っていらっしゃる、中立な機関であるギルドをまとめていらっしゃるダーホス様とお話をしたいと考えております」
ドーリスをしっかりと見据えながらサンドラははっきりと宣言する。
「ですので、イザークさん。私はまだ帰るわけには行かないのです。ご理解いただければ幸いです」
”帰れ”と雰囲気で訴えられていたことを認識した上で残る選択をする。
「わかりました。しかし、サンドラ様は街道を来られたのですよね?」
「はい。そうですが?」
「ダーホスも街道を領都に向かってスタンピードの状況を調べています。すれ違わなかったのですか?」
「はい。私も不思議だったのですが誰ともすれ違いませんでした」
「サンドラ様。街道を進まれたのですよ?」
「もちろんです」
「わかりました。ドーリス。誰か、冒険者に石壁沿いに進んでダーホスを連れて帰ってこさせてくれ!」
アフネスが話をぶった切る勢いの命令口調で指示を出す。アフネスに命令や指示を出す権利は無いのだが勢いに飲まれて、ドーリスが立ち上がる。
「え?」
「アフネス様?なぜ?」
「サンドラ様が街道を進んできて、ダーホスやユーラットの者たちとすれ違わなかったのなら、奴らは石壁の調査をしているのだろう?」
サンドラの問いかけにアフネスは憶測を交えた考察を伝える。ダーホスの行動を見抜いている。アフネスは、石壁の調査は不要だと思っているのだ、調べてもしょうがないことだと思っているのだ。アフネスの中では、石壁は間違いなくヤスが作った物であり、神殿の権能で作り上げられた物だと思っている。いくら調査しても神殿の権能で作られた物なら神殿の権能で姿や位置を変えられてしまうと思っているのだ。アフネスが気になっているのは”石壁を作らせたヤスの考え”だけだ。
「そうだ!石壁!アフネス様。ドーリスさん。イザークさん。あの石壁は何なのですか?あんな物が作られているとは聞いていません!」
「領主に報告する義務がある事柄ではないと思いますよ。あの石壁が作られているのは神殿の領域です。それに、ユーラット所属の者が辺境伯に報告するはずがないですよね?」
「え?そうでした。申し訳ない。それでは、あの不可思議な石壁は・・・」
「ダーホスに聞けばいい。すぐに冒険者が出発したとして関所辺りまでは進んでしまうだろう?そうだろうイザーク?」
急に話を振られたイザークが少しだけ驚いていたが、少しだけ考えてからうなずいた。
「そうですね。急いだとして・・・。あ!あの三人を使いに出すのならもう少し早くなる可能性があるが、それでも10日前後は必要でしょう」
「10日」
サンドラが自身で決めている期間に10日が追加されることになる。
交渉がすぐに始められない可能性を考慮すれば1ヶ月程度の期間が必要になってしまう。資金は問題がないが、護衛の分が無駄になってしまう。
(一部の護衛には帰ってもらう必要がありそうですね)
サンドラはすぐに決断した。
「わかりました。護衛の一部を帰します」
指示を出して戻ってきたドーリスがサンドラの宣言を聞いた。
帰って欲しいのはドーリスも同じだ。ドーリスとしては、サンドラを帰して自分は神殿に移動したいと思っているのだ。しかし、ダーホスが居ない状況でサンドラを残して神殿に移動はできない。
「サンドラ様は?」
言葉に一緒に帰れという思いを込めての発言だったのだ、サンドラにも譲れない事がある。神殿に行って主に会わなければならない。会ってやっとスタート地点に立った事になるのだ。
「私は、ダーホス様を待ちます。石壁に関してのお話を聞きたいと考えております」
「はぁ・・・。サンドラ様。そろそろ、本当の目的をお聞きしてよろしいですか?」
大きく息を吐き出して、肩肘をテーブルに付いた状態でアフネスがサンドラの目を真っ直ぐに見つめながら問いただす。
「え?」
「サンドラ様。リーゼへの謝罪やエルフ族への謝罪はわかりました。サンドラ様では謝罪になりません。お解りですよね?」
アフネスからの指摘にもう避けられないと判断してサンドラは肯定の意思を示す。
「そうですか、神殿ですか?」
「はい。これは辺境伯も愚兄も関係ありません。私の意思です」
「神殿への干渉に関しての王国の・・・。いや全ての国家の不文律はご存知ですよね?」
「もちろんです」
「それならば!なぜ!」
「アフネス様。貴女でも勘違いされる事があるのですね」
「勘違い?」
「えぇ私は神殿の主に仕事を依頼したいのです」
「仕事?」
「はい。神殿の主に、王都まで行っていただいて物資を・・・。ハインツ兄様が確保している物資の搬送をお願いしたいと考えているのです。それなら不文律にも抵触しないと思いますが?」
サンドラはアフネスの言葉をニッコリと笑いながら否定した。
積読本や購入予定の書籍の情報を投稿しています
小説/開発/F1&雑談アカウントは、フォロバを返す可能性が高いアカウントです