【最高のシチュエーション】追いかけた先は・・・
私は、今年で50歳になるタクシードライバーだ。元警察官ではありません。
近距離専門と言えば、少しは格好がつくのだが、なぜか乗せるお客様が近距離の場合が多いのです
今日も、待機場所にしている駅のタクシー乗り場で順番を待つ事にしました。
顔馴染みのドライバーに挨拶をして、後列に並ぶ。週末なので、多分30分もしたらお客様を乗せられると考えています。
待機列に車を停めて、コンビニで買ってきたおにぎりを食べます。一緒に買った微糖の紅茶で喉を潤します
今日は、進みがやけに早く感じます。
何かイベントでもあるのでしょうか?
私の番が来て、車を所定の場所に停める。乗客の待機列が出来ているので、すぐにお客様を乗せる事が出来ました。
「どちらまで?」
「清水の鳥坂にある元ツタヤの裏側です?わかりますか?」
「はい。大丈夫です。4000円くらいになってしまいますが、いいですか?」
「はい。お願いします」
大凡の値段を先に告げておくと、トラブルになるリスクが減ります。
お客様を乗せて、ロータリーから出ます。お客様は、地理が解っていらっしゃるようなので、通る道順を説明しました。
「運転手さんに、お任せします。急いでは居ないので・・・。そうですね。11時前についてくれればいいです」
「わかりました」
時間指定をされることは、たまにあります。
打ち合わせや待ち合わせ時間なのでしょう。時計を見れば、ぴったりとは行きませんが近い時間には到着が出来そうです。
「ラジオをかけてくれませんか?」
「わかりました。チャンネルは?」
「解らないので、歌が流れれば嬉しいです」
「はい」
FM番組を選択します。
会話をしたくないお客様に多いお願いです。丁度、クラシックを流す番組がありました。車内に、クラシックが流れます。
今日は、道が空いています。
このままでは、10分くらい早くついてしまいそうです。
「お客様。10分くらい前についてしまいますがどうしましょうか?」
「えぇーと・・・。そうですね。10分くらい大回りできますか?」
「はい。料金が必要」「大丈夫です。お願いします」
「かしこまりました」
いいお客様を乗せました。
3分前に目的地周辺に近づいて、元ツタヤの裏側に車を停めます。
お客様が領収書をご希望されたので、料金を頂いて、領収書を渡します。
お客様は、マンションに向かって行きました。
日誌を書いていると、同業他社のタクシーが、お客様が入っていったマンションの前に停まりました。送迎でしょうか?
こういう時は、出発を待つ方が無難です。
追い越したりすると文句を言い出すドライバーが居ます。会社には、無線で状況を伝えます。
少しだけ緊張した時間が流れます。
休憩中を装うように椅子を倒して、身体を伸ばします。疲れてはいませんが、トラブル回避の方策です。
5分くらい経った頃でしょうか?
窓を叩く音がします。
男性が慌てた表情で話しかけてきました。
「運転手さん。お願いします。乗せてください」
「え?あっはい。開けます」
椅子を戻して、客席を開けます。
「どうしました?」
「前の、今右折したタクシーを追いかけてください」
「え?」
「早く!」
「はい」
トラブルですが、タクシードライバーなら誰もが憧れる(私調べ)シチュエーションです。警察官には見えないのは残念ですが、何かのトラブルでしょうか?
「運転手さん。早く!」
「わかりました」
幸いな事に、右折した先にある信号は、赤から青に変わる所でした。
前のタクシーは、左折していきます。何処に行くのでしょうか?
「お客様。どこに行くのかわかりますか?」
目的地がわかれば先回りが出来ます。多分。
「いや、浮気相手との密会場所だ」
「え?」
「婚約者が・・・」
いろいろドラマがありそうです。
興味はありますが、聞いてはダメな話です。
タクシーは、そのまま湾岸に出ました。バイパスに入るのか?興津に向うのか?
「運転手さん」
「はい」
まず、青年に落ち着いてもらいましょう。
最悪は、料金が貰えないかもしれません。
「彼女は・・・」
余計な事を言えば怒られます。
黙っているのが吉でしょうか?
「今日、プロポーズをしようと、彼女に会いに来たら、誰かと話していて、今から行くと・・・。それで、タクシーを呼んで、11時に・・・。とっさに隠れて、彼女を見送ったら、彼女、俺の知らない男から、何かを受け取って・・・。嬉しそうで、どこか寂しそうに・・・。その男とタクシーに乗って・・・」
え?
さきほど、乗っていただいた男性が浮気相手?
そんな感じには見えませんでした。
袋を持っていました。
私の死んでしまった別れた妻が好きだったバームクーヘンのお店の袋でした。そういえば、今日は命日。娘にも辛い思いをさせてしまっています。俺が引き取れれば・・・。違いますね。私が悪いのです。
タクシーは、俺の生まれ故郷の方角に入っていきます。
髭道を過ぎて、小学校の手前で左折しました。
「お客様。この先は道が狭いので、あまり近づくと・・・」
「そうですね。運転手さんに任せます」
前のタクシーを追いかけて30分が過ぎます。
田舎道で、死角が多いのは知っています。子供の頃に自転車で駆け巡った道です。身体が覚えています。景色は変わっていますが道は大きくは変わっていません。
前を走るタクシーが、私がよく知る場所で停まりました。
先ほど、降ろした男性客が降りてきます。
手には何も持っていません。お客様の婚約者さんが持っているのでしょうか?
男性が影になって、女性が見えません。女性が居るのは解るのですが・・・。でも、お客様は確信しているようです。名前を呼んでいます。娘の名前と同じ・・・。少しだけびっくりしてしまいました。お客様の年齢は、娘より少し上でしょうか?
そうか、娘も結婚を考える年齢になってきたのですね。
「運転手さん。ありがとう。これで!」
「え?」
お客様は、1万円札を2枚取り出して、私に渡してきます。
多すぎます。1万円でもおつりが出ます。
「お客様!」
「迷惑料です。取っておいてください」
さすがに貰いすぎです。
車から降りて、お客様を追いかけます。ここに来るのなら、花を・・・。え?
「お・・・。お父さん?なんで?」
「由美。お前こそ・・・」
「黒田さん」
「え?」
振り向くと、先ほどのお客様が私の前に来て、頭を下げます。
「え?え?」
「黒田さん。娘さんを、由美さんとの結婚を考えております。城山と言います。ご許可を頂けますか?」
「え?え?由美?どういう?え?」
パニックです。
娘が居たことにもびっくりしましたが・・・。結婚?娘が?この青年と?
「彰さん。なんで?どういうこと?なんで?お父さん?え?え?」
娘もパニックです。
先ほど乗せた男性が私の横に来て事情を説明してくれました。
最初に乗せた男性は、城山君のお姉さんの旦那さんだと言っています。娘と城山君は、数年前から付き合っていて、先日結婚の約束をしたようです。それまでは、娘は両親とも死んでいると説明をしていたらしいのですが、結婚の約束をした時に、私が生きていると娘から告げられたそうです。でも、娘は私の許可は必要ない。母とは別れて他人だからと言っていたようです。
そして今日、娘と城山君で、母の墓前で結婚の報告をすることにしたようなのです。
娘から私の事を少しだけ聞いていて、直接会いに行けば会ってくれない可能性が有るので、追いかけるシチュエーションを考えて、実行したそうです。
確かに、最高のシチュエーションです。タクシードライバーとして憧れていました。
しかし、そんな事よりも・・・。
「そうか、由美。結婚、おめでとう」
「あ、ありがとう。お父さん。お母さんに・・・」
「行っておいで、私のことはいいから」
「お父さん!違います。一緒に行きましょう」
城山君が私の腕を取って強引に引っ張ります。
墓の位置を娘に聞いているのでしょうか?
母さんの墓前で娘と城山君が結婚の報告をしています。
「(母さん。何かあることに母さんを追いかけていた小さな由美が結婚だぞ。俺たちを追いかけないように・・・。今日、初めて会ったが、城山君なら大丈夫そうだ。母さん)」
娘の笑顔と涙が、大丈夫だと告げている。
帰りは、3人を乗せて、娘が住んでいるマンションまで送った。
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