【君はいつも公園で】公園のベンチで
今日も、残業で遅くなった。
最寄り駅は地下三階に改札がある。部屋を借りる時には、気にしなかったのだが、今は少しだけ後悔している。確かに、エレベータやエスカレータの設置はされている。しかし、商店街方面だけだ。俺が住んでいるマンションに近い出口は、階段で地下三階から上がらなければならない。
疲れた身体には、地下三階から地上にあがるのだけでも疲れてしまう。
しかし・・・。今日は、まだましだ。
店が空いている時間に帰ることが出来た。店と言っても、飲み屋だ。食事を摂る雰囲気ではない。
しょうがないので、今日もいつもの弁当屋で何か買って・・・。残っているのは、限られているが・・・。
「いらっしゃい。今日は、珍しく唐揚げ弁当がありますよ」
店主とも店員とも顔見知りだ。
町ですれ違えば挨拶をするくらいには・・・。
店員のおすすめに従って、唐揚げ弁当を購入する。
「あと、”いつもの”ある?」
「ありますよ。一つでいいですか?」
”いつもの”
追加のおかずだ。白身の魚に塩を振らないで皮目をパリパリになるまで焼いた物だ。この焼き魚は凄く美味しい。塩を使っていないと言っているのだが、魚の味を感じられて、俺の好物の一つだ。
ご飯は、もちろんの様に大盛りにしてもらっている。
これだけ贅沢な弁当なのに600円で買えるのは脅威だ。
おつりを受け取って、店を出る。この店が無ければ、コンビニ飯の毎日になる。終電がなくなるまで開いている奇特な弁当屋だ。
俺が借りている部屋は、大きな自然公園を抜けるのが近道だ。
この時間の公園には誰も居ない。
寝る為に部屋に帰る。誰も居ない部屋で弁当を広げて食べて風呂に入って寝る。
部屋で弁当を食べるのも、公園のベンチで弁当を食べるのも同じだ。同じ一人だ。どこで食べても同じなら公園で食べる。
大学を卒業して10年。
仕事を頑張っていれば、出会いがあると信じていた。大学の時の彼女とは卒業後に自然消滅した。
ブラック企業だとは思わない。
残業代も、休日出勤の手当も、その他の手当もしっかりと出ている。
いつものベンチが見えてきた。
今日は、先客は居ないようだ。
弁当をベンチに置いて、自動販売機で買った缶コーヒーを開ける。
プルタブを開ける音だけが静かな公園に響いた。
ここ1年くらいは、雨の日以外は、ベンチで夕飯を食べている。
1年くらい前によく見かけていた奴に会える可能性を信じて・・・。
今日も、居ない。
また会えたら・・・。
缶コーヒーに口をつけて、弁当を広げる。
”唐揚げ弁当”と”メンチカツ弁当”が、個人的な幻の弁当だ。遅い時間には既に売り切れていることが多い。
揚げ物は、火を落としてしまうと、追加で作る事が難しい。なので、俺が買える事が少ない。いつもは、”焼肉(牛)弁当”か”焼肉(豚)弁当”か”焼肉(鳥)弁当”か”野菜焼き弁当”か”焼き魚弁当”になる。それでも弁当が残っている時は幸運だと思っている。最悪は、おにぎりとカップの味噌汁になることもある。
弁当から、唐揚げを取り出して、口に放り込む。
冷えているが凄く美味しい。ご飯は、その場で入れてくれるので温かい。ご飯の温かさが独りを癒してくれる。ご飯の温かさが唐揚げに移って少しだけ幸せな気分になれる。
弁当の蓋に、追加で買った”焼き魚”を置いて解して食べる。好みの味だ。
弁当を半分くらい食べた所で、珈琲の残りを飲む。
弁当に珈琲は合わないという人も居るが、俺はなんとなく気に入っている。珈琲を飲み終わってから、今度は水のペットボトルの封を切る。会社から持ってきたものだ。
なぜか、会社では水が貰える。残業していると、自販機の水が無料になる。福利厚生だと言っていたが、もっと違う物に・・・。いや、水だけでも助かる。
ペットボトルに口をつけて水を飲む。
俺は何をしているのだろう・・・。
上を見上げれば、木々の隙間から星空が見える。
都会と言われる場所だが、周りに明りが少ないと綺麗に星空が見える。
ベンチに背中を預けて、星空を見ている。
手が届かないと解っていても、取れそうな気になってしまう。
いろいろな物と同じだ。
幸せは転がっている。女神の後ろ髪を捕まえた者だけが幸せになれる。俺には、伸ばすべき手が無かったのかもしれない。
弁当を食べて、帰ろう。
ん?
弁当の蓋に置いていた魚が無くなっている。
気が付かない間に全部を食べてしまったのか?
”にゃ!にゃ!にゃ!”
!!
ベンチの下から声が聞こえた。
「やぁまた会えたね。君に会うために、このベンチ・・・」
しゃがんでベンチの下を覗き込む。
今日は逃げない?
前には、この段階で逃げられてしまっていた。
”にゃにゃにゃ”
どうした?
食べ終わった容器に水を入れて、置いてやる。
俺の顔をじっと見てから、水を飲み始めた。
1年くらい前は子猫だったのに、ここまで大きくなるのか?
君は、雨の日にベンチの下で震えていた。
助けようにも逃げられてしまった。
それから、何度も君を見かけた。
俺が好きな焼き魚は、君も好きなようで、ベンチに半分だけ残しておくと、出てきて食べていく・・・。
姿を見なくなってから1年。
君がどこで何をしていたのか解らない。
でも、俺は次に会えたら決めていた。
「俺の所に来るか?お前も独りなのだろう?」
”にゃ”
俺が差し出した手を舐めてくれる。
1年以上経っているのに覚えていたのか?
違うよな?
美味しい物をくれた人へのお礼なのだろうか?
「触るぞ?」
手を広げると、自分から身体を押し付けて来る。
汚れていると思っていたけど、毛並みや柔らかい。
「いいのか?」
”にゃぁぁ”
手に身体を押し付ける。
反対の手で、猫を抱きかかえる。
”にゃぁぁ”
よかった。
しっかりと抱きかかえられた。
借りている部屋は、ペットOKだ。
弁当を片づけて、部屋に急いだ。
猫の気分が変わらない間に、部屋に連れて行こう。
まずは、シャンプーだな。猫用のシャンプーなんて置いていない。近所のコンビニで売っているかな?
でも、嫌がるかな?
明日は、会社を休もう。
旧友に会えた翌日くらい・・・。休んでもいいだろう。年休の消化もしなければならない。
それに、動物病院にも連れて行きたい。ペットショップで必要な物を買おう。
やることが沢山ある!
また会えた。
こんなに嬉しいとは思わなかった。
そうだ!
名前を決めないと!
俺たちが・・・。
「お前の名前は、”よぞら”だ。よぞら。これから、俺がお前の家族だ」
”にゃ!”
嬉しそうに鳴いてくれた。
涙が出るくらい嬉しい。
会社にメールして、起きたら電話して、休暇を申請しよう。最悪でも午前中は休みにしてもらおう。
忙しい。
忙しいけど・・・。
”にゃ!?”
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