【第二十三章 旅行】第二百三十八話
一眠りはさせてもらえそうもなかった。
すぐにモデストが戻ってきた。
目の前で跪いた。今は、俺しかいない。ルートも事後処理に向かっている。
「旦那様」
頭をあげない。
モデストは、配下としての報告があるようだ。
「何がわかった?」
「はい。エクトルは、単独で旦那様を狙っていました」
「それで、完全回復を得る目的は?」
「森精の姫に使う予定だったようです」
「森精?エルフ族の姫?」
「はい。エクトルの今の主人は、エルフ族の姫です」
「それは面倒だな。それで、完全回復を欲しがっていると言うのは?」
「その姫が昏睡状態なのです」
「ふーん。正面から言ってくれば対価次第では譲ったのに・・・」
「はい。エクトルにも同じように説明しましたが・・・」
「無意味だったのだな」
「はい。新婚旅行のついでに行ってみるか?モデスト。お前も一緒に来い。エクトルも連れていくぞ」
「かしこまりました」
「それで、魔物は、影か?」
「はい。奴の影に魔物を入れて運んだようです」
「そうか、運んだのだな?」
「はい。奴は、そう説明しています」
「それならよかった。モデストにも出来るか?」
「私には出来ません。奴の技能です」
「他の者は?」
「確認はしていませんが、無理だと考えています」
「急がないから、確認を頼む」
「はっ。旦那様。”よかった”とは?」
「運んだのなら、残っている可能性はあるが、有限だろう?」
「そうですね。奴の説明では影で捕えた魔物だけが対象だと言っています」
「俺が恐れたのは、どこかの大陸の技術で作られた魔道具とかで”魔物が湧き出す物”を使った場合だ。これが、一番怖かった。次に怖かったのは、奴の技能が”魔物が居る場所”と空間を繋げる技術を持っている場合だ。この場合は、奴の後ろには”魔物の集団”が居るのと同じになる」
「あっ・・・」
モデストも指摘されて考察したのだろう。
俺が慌てていた意味がわかったようだ。
「同じ手口は使えない・・・。と、思っていいようだな」
「はい。旦那様」
「警備は通常と同じレベルで構わない。それから、式が終わったら、新婚旅行に出かけるからな。俺の従者としてモデストを連れて行く、エクトルにも準備をさせておけ」
「はっ」
モデストは立ち上がって、部屋から出ていった。
ふぅ・・・。
それにしても、ここに来て”エルフの姫”が出てくるのか?
やっかいな話にならなければ・・・。
一人で寝るのも・・・。
ベッドに身体を預ける。身体の疲労はないが心には疲労が溜まっているのだろう。
横を見れば、カイとウミが丸くなって寝ている。
もう安全だと判断したのだろう・・・。
—
「旦那様」
「・・・」
「旦那様」
誰だよ。
うるさいな。
「あ?」
リーリアが目の前にいた。
「すまん。リーリア」
「大丈夫です。それよりも、カトリナ様がお越しです」
「ん?予定はなかったよな?」
「はい。服飾関係者を連れて、旦那様の衣装の最終確認に来られました」
「あぁそうか、わかった」
着替えをして、カトリナが待っている部屋に移動した。
「ご領主様。はじめまして、商業区でオーダーメイドの服飾を作っております。レナータと言います」
「領主は辞めてくれ、ツクモでいい」
「はい。ツクモ様!」
なぜ嬉しそうにしている。
カトリナを見ると、複雑な表情をしているが、問題はないだろう。そもそも、カトリナが連れてきた女だ。
「それで、今日は衣装合わせなのか?」
「はい。出来上がった衣装をお持ちしました。最終の確認をお願いします」
衣装合わせか・・・。
前にもやったけど、確かに最終調整は必要だな。
「おい。カトリナ!」
目の前に出された衣装は、注文していたものよりも多い。
カトリナを呼ぶが目をそらしやがった。リーリアが用意したお茶を飲みながら菓子をつまんでいる。
「ご領主様!聞いていますか?」
呼び名が戻ってしまっているが、もう気にならない。
持ってきた衣装の説明をしている。
なぜ説明が必要になっているのか?
それは、俺が考えていた以上の服が目の前に置かれていて、全部を着る必要があるのだと説明されているからだ。
衣装の色もいろいろ揃っている。朝と昼では光の加減が違うので、衣装の色も変えてほしいと言われた。
すごく面倒だ。
どうせ、シロが主役になるのだから、俺は、紺や黒でシックにまとめればいいと思っていた。
しかし、用意された衣装は、白は当然だとして、オレンジ色や黄色まである。俺は、マクラーレンやルノーではない。
「カトリナ!白は、我慢しよう。他は、黒だけにしろ、他の色は却下だ!」
強権を発動する。
絶望の表情を見せるレナータ。
「シロの衣装に負けないようにしたのは解るけど、派手だ。シロより目立つ色は却下だ」
「え?」
「なんだ?レナータだけじゃなくて、カトリナがなぜ驚く?」
「シロ様の衣装も、いろいろありますが、あれに負けないようにと考えていました」
「そうなのか?カトリナ。それが一般的なのか?」
カトリナが肯定するように頷く。
「もしかして、シロじゃなくて、俺が見世物になるのか?」
「はい」
カトリナが絶望的な言葉を口にする。
それだけではなく、レナータが嬉しそうにうなずいている。
日本の結婚式をイメージして指示をだしていた。どこで曲解されていたのかわからないが、カトリナの話では、商業区を馬車でパレードしたり、行政区から神殿区まで移動したり、いろいろな移動経路が設定されているらしい。
どうしてそんなことになったのか・・・。
”披露宴”という言葉が悪かったようだ。そして、宴は祭りと解釈されて伝わった。
しっかりと説明しなかった俺も悪かったが、カトリナが”商業区”で屋台を出したいと言ってきたときに気がつくべきだった。
ルートが、馬車の手配が終わったと報告してきたときに気がつくべきだった。
元老院から移動ルートの確認が来た時に気がつくべきだった。
最後の抵抗で、衣装だけは”黒”と”白”だけにした。全部の衣装で、”黒”と”白”が用意されていたのは幸いだった。シロの衣装に併せて、明るい色のときには、黒を着て、暗い色のときには、白を着るようにする。
衣装の微調整は、すぐに終わった。
レナータが残念そうにしていたので、ワンポイントで使うハンカチーフは、レナータがセレクトした物を身につけると約束した。
二人が帰ったあとで、ニコニコ顔のルートが部屋にやってきた。
「その顔は、気が付きましたね」
「ルート!」
「そうですね。貴方が勘違いしているのには気がついていました。でも、もう手遅れです」
「わかった。おとなしく見世物になる」
「ありがとうございます」
それはもう満々の笑みだ。
仕返しをしようにも、一緒に馬車に乗せることは出来ない。クリスと二人で、馬車に乗せても喜ぶだけのような気がする。
「ルート。クリスは?」
「シロ様の所に行っています」
「え?なんで?」
「・・・」
「ルート?」
ルートは大きなため息を吐き出した。
そして、ニヤリと笑った。
「そうですね。知らないのですよね」
「だから、何を知らないと言っている?」
「元老院も、他に適切な人がいないとか行っていたけど・・・。カズト・ツクモ様。クリスティーネは、シロ様に結婚初夜の説明をしています」
「・・・。ん?初夜の説明?」
「はい」
「?」
「本当に、何も聞いていないのですか?」
「あぁ」
「この大陸では、権力の近くに居る者が結婚する時には、側女が初夜に控えることになっています」
「え?」
「お世継ぎを作れるのか確認するためです」
「・・・。必要ない」
「そうおっしゃると思っていました。なので、クリスティーネが説明しています。アトフィア教にも同じような慣習があるので、シロ様が望まなければ、取りやめるつもりです」
「そうか・・・。わかった。いろいろすまん」
「いいですよ。その代わり、披露宴はしてもらいます」
「わかった。諦める」
ルートの今日一番の笑顔を見られた。俺を嵌められて嬉しかったようだ。
それにしても・・・。全てが遅かった。
式は、明日から執り行われる。
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