【第十三章 遠征】第百三十五話
ルートガーが視察に向かったが、途中で問題が発生して帰ってきた・・・と、いう設定で、予定通り2週間で帰ってきた。
「それで?」
「はい。イサーク殿が説得を試みたのですが・・・説得を聞き入れるといった状態を越えていました」
ルートガーの話をまとめると、ジュアネ・パウマンは”カズト・ツクモ”を破滅させるためだけに動いていたのだ。出世欲とかではなく、単純に憎しみからの行動のようだ。イサークに関しても、仲が良かった”友”ではなく、”カズト・ツクモに従う者”として認識してしまっていた。
説得をおこなった夜に宿屋を襲われた。想定の範囲内だったのだが、最低の行いである事には違いない。
イサークは、その場でジュアネ・パウマンを切り捨てた。
代官としての職務を全うせずにデ・ゼーウに情報を流した裏切り者として処理したのだ。
ルートガーは報告を話し終えたあとで俺に聞いてきた。
「ツクモ様。一つだけお聞きしてよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ、イサーク殿はツクモ様に自ら友を処断する事を言ったのでしょうか?あの段階なら、ヨーン殿やスーン殿が動いても良かったのでは無いのですか?」
「うーん。俺の推測になるけどいいか?」
「はい。お聞かせください」
「イサークは、友が裏切っているのなら、自らの手で処断しようと思ったのではないかな」
「・・・だから、それはなぜですか?」
「うーん。例えば、ルート。クリスが俺を裏切って居ると聞かされて、俺がクリスを切ったら、お前は俺を許さないだろう?」
「もちろんです」
「即答だな。少しは考えろよ・・・まぁルートらしいからいいけどな。でもそのときに、そのクリスの裏切りを自ら見つけて、自ら処断したらどうだ?」
「え!あぁぁそうですね。クリスの仇は自分自身ですね」
「イサークも同じ事を考えたのではないか?」
「・・・」
「”友”を殺したのは、自分だと・・・俺でもルートでもヨーンでもスーンでも無く、自分自身で殺したのだ・・・とな」
「・・・」
「実際はわからないよ。でも、俺はイサークならそう考えると思っているだけだ。この件で、イサークが俺を恨むのならしょうがないと思っている。殺されていやる義理も義務もないから徹底的に抵抗させてもらうけどな」
「貴方は・・・そこまで考えているのなら・・・」
「しょうがないだろう?誰がやっても問題は残る。それなら、俺に向けられる感情の方がわかりやすいだろう?」
「・・・」
「俺を殺して終わりになる感情の方がわかりやすくていいだろう?」
ルートガーが執務室を出ていくのと、入れ替わりにイサークが1人でやってきた。
冒険者たちの粛清が終わったという報告だ。
「ツクモ様。ありがとうございます」
「なんの事だ?俺は何もしていない。イサークこそ”俺のため”に動いてくれた事に感謝している」
「・・・・ツクモ様。いえ、カズト・ツクモ!貴殿に、一対一の戦闘を申し込む受けて頂けないでしょうか?」
イサークを正面から見る。
死を覚悟している目ではない。区切りをつけたいのだろう。
「わかった」「カズト様!」「シロ。いい。これは、俺とイサークの問題だ」
シロが反対するのはわかっていた。だがこれは受けなければならないのだろう。
「ありがとうございます」
「場所は、ダンジョン・・・チアルダンジョンでいいよな?」
「はい。かまいません」
移動を開始した。
ログハウスにいたので、一度宿区に戻ってから、居住区に抜けて、チアルダンジョンの5階層の草原に向かった。
見届人はシロとステファナとレイニーだ。
「全力で行きます!」
「来い」
刀を構える。スキル結界を発動する。
イサークが突っ込んでくる。
剣を弾く、数回打ち合う。イサークが持つ剣を弾き飛ばす。
「拾えよ。お前の想いは”こんな”物か?」
「舐めるな!」
それから、どのくらい打ち合っていたのだろう。
「クッククク。ハハハ。届かないか?ツクモ様。最後に思いっきり行かせてもらいます」
「あぁ来い。受けてやる!」
「ウォぉぉぉぉ!!!」
イサークが最後の力を振り絞って、剣と共に体ごと突っ込んでくる。
捨て身の特攻なのだろう。スキル体力向上を発動して、イサークの突撃を受け止める。
剣と刀があたった瞬間に、イサークが剣を引き、肩を当ててくる。
そのまま体重を乗せて、肩を支点にしてジャンプする。俺の後ろを取った形になり、そのまま剣を振りかぶって頭に落としてくる。刀で振り落とされた剣を防ぎ、イサークの腹に蹴りを叩き込む。
蹴り飛ばされたイサークは、草原に大の字になって笑っている。
「あぁぁやはり届かないか!!!俺の全力を軽々しのぎやがって、少し位は手加減してくださいよ」
「手加減してほしかったのか?」
イサークに手をのばす。手を握って、起き上がるイサーク。
「いや、スッキリしました。あの馬鹿では、貴方に・・・ツクモ様に傷一つ付けられなかったでしょう」
「そうか、それで満足できたか?」
「はい。ありがとうございます」
それから、イサークは”ジュアネ・パウマン”の最後を語りだした。
自分の中で整理を付けたいのだろう。俺は、イサークの話を聞くことしかできない。
イサークにも、ジュアネ・パウマンにも、殺されてやることはできない。
イサークは少し残ってダンジョンの中を散策すると言っている。低階層だから、1人でも大丈夫だろうけど、無理はするなとだけ告げておく。
「カズト様。お疲れ様です」
シロがねぎらってくれる。
ステファナとレイニーが目を丸くしている。そうか、実際に俺が戦っている所を見せるのは初めてになるのだな。
見た感じ怖がっていないようだから問題は無いのだろう。
イサークもスッキリした顔をしていたので、良かったと思う事にしておこう。
居住区に戻ると、各族長から接待を受ける事になった。
今日は時間に余裕があると言ったからだ。
居住区としては、俺に対して感謝を伝えたかったらしいが、今まで機会がなかった。
俺が寄り付かなかったという事もあるが、ダンジョンに最近入っていなかったから、居る事に気が付かなかったようだ。
宴は暗くなるまで行われた。
たまにはこういう日が有ってもいいと思う。
シロも緊張が和らいだ様に思える。どことなく、獣人に接しにくかった事も有るのだが、これでもう大丈夫だろう。
奥様と言われて照れながらも返事をしている。
獣人の近況が聞けたのも俺としては嬉しかった。
子供が元気に育っていると嬉しそうに話してくれている。
今までは種族の壁がどうしても存在していたが、居住区に移ってきてから種族の壁がなくなったのもいい傾向だ。困ったときには助け合う。それが自然とできている。最初だからと気合を入れて作った街並みも綺麗に保たれている。上下水道だけではなく、温泉もしっかりと作られて、維持してくれている。
シロの事を知らなかった者も居るので、お披露目になって丁度良かった。
お開きになってから、4人でログハウスに戻った。
洞窟内はまだ改装中で立入禁止になっている。改装はスーンたちが頑張っている。
改装中を俺には見せてくれないようだ。驚かせたいと言っていたので、素直に好意と受け取り任せる事にした。
必要なスキル道具がある場合には言ってくるように伝えてあるが、現在洞窟で使っている物で間に合うようだ。
洞窟の荷物も一時的に、ログハウスに移動されてきている物がある。新しく作る物もあるので、処分予定になっている物も多い。ベッドなどだ。捨てるのはもったいないので、ログハウスで使えないかと思ったが、ログハウスのベッドも立派な物で交換するのもおかしな話だ。
置く所を探していたら、宿区でギュアンとフリーゼが家を改装するという事なので、俺が使っていたベッドとシロが使っていたベッドでよかったら渡すと伝えると、喜んでくれた。綺麗にしてから持っていく事が決まった。
同じ様に使わない家具やもう使わなくなった(自重していると思っている)スキル道具なんかを譲り渡した。
まったりとした時間が過ぎていく。
それは、俺とシロだけのようだ。
商業区と自由区では、冒険者達が粛清された事が大きな話になっている。
理由も公表された。同時に、現役PA代官の裏切り行為が公表された。ミュルダ老やシュナイダー老は、PAやSAや道の駅の代官を呼びつけようといい出したが、やめさせた。
今の段階で、呼べば疑っていると考える者が出てくる可能性もある。
代官の仕事をしっかり行えと伝達するにとどめた。
—
暇を持て余しそうになっていたときに、フラビアが訪ねてきた。
ログハウスの執務室に1人で来るのは珍しい。
「ツクモ様。悪い知らせと、すごく悪い知らせがありますが、どちらから聞きます?」
「フラビア・・・それは、どちらとも悪い知らせなのだな」
フラビアの雰囲気から、アトフィア教関連だと推測できる。
雰囲気から、ローレンツ司祭からの情報なのだろう。
「えぇそうですね。誰にとって悪い知らせなのかは考えなければなりませんけど・・・悪い知らせで間違いありません」
「そうか・・・それじゃ、まずはシロに関わる悪い話を頼む」
「・・・ありません」
「それなら、どちらでもいい」
「は・・・ぁぁ・・・わかりました」
フラビアからの報告は、予想通りアトフィア教に関する話だ。
ゼーウ街が”ペネム街がアトフィア教の手先”のような事を言ったので、それに脊髄反射した形になる。
アトフィア教の一部が、ゼーウ街に宣戦布告のような事をしたようだ。現在詳細は調べているようだが、キャストが増えると面倒事が相対的に増えるので、勘弁して欲しい。アトフィア教は、今回はお帰り願いたい。それか、さっさとゼーウ街に負けてほしい。
これが、悪い知らせ。
次がすごく悪い知らせ。
アトフィア教から使者がペネム街・・・正確には、ローレンツの所に向かっていると言う事だ。
使節団は、穏健派で固める事ができたが教皇派閥の人間が数名入ってしまったという事だった。その対応を考えなければならないという事だ。
ロングケープ経由で、ローレンツ司祭の教会に向かう事になる。
「フラビア。道中で、その教皇派閥の人間が暗殺されるのは・・・ダメだよな」
「えぇダメですね」
「ローレンツに対応を任せるのは?」
「現状それしか無いと思います。ただ、時期が最悪なのです」
「時期?」
「そうか・・・ロングケープ区に部隊を派遣した状態だな」
「はい。そのために、教皇派閥が過剰に反応してしまう可能性があります」
「到着予定はいつになる?」
「2週間後だという事です」
「まだ猶予があるな。フラビアとリカルダには悪いけど、ギュアンとフリーゼを連れて、ローレンツと出迎えに必要な人員を連れて、ロングケープに急いでくれ、バトルホースを使えば間に合うだろう?」
「はい。間に合いますが、よろしいのですか?」
「何がだ?」
「部隊が集まっている状態を、教皇派閥の人間に見せてしまって?」
「うーん。別にいいと思うぞ。どうせ、ゼーウ街が握っている情報は、アトフィア教も握っているのだろう?そうなると、ロングケープ街に居るのが、俺たちの精鋭だと勘違いしてくれれば、軽く見てくれる可能性も残っているだろう?」
アトフィア教の方が、諜報活動に力を入れていそうだし、トップと末端は馬鹿だが、中には優秀な人間もまだまだいそうだからな。ゼーウ街よりは、アトフィア教の方が対処を考えなければならないだろう。
ただ、”想像通りの動き”をしてくれるアトフィア教の方が安心して策を考える事ができる。ゼーウ街は、”馬鹿”がゆえに何をしだすかわからない恐怖がある。
「わかりました。ローレンツ司祭と話をして、ツクモ様のご要望どおりにします」
「お願いする」
「それで?」
「え?」
俺が何か決めないと・・・あぁそういう事ね。
「アトフィア教をどうするかって事?」
「はい」
「危ないから帰ってもらえるのが一番だな。それか、ロングケープ区にとどまってもらうかだな」
「穏健派は大丈夫ですが、教皇派閥は何かお土産が無いと難しいと思います」
「お土産?」
「はい」
「こっちに来るやつはどんな奴なのかわかっているのか?」
「教皇派閥の者ですか?」
「あぁ」
「俗物です」
「簡単だな。それじゃ、利用回数20回程度のスキル道具をいくつか渡して、あと・・・火種を無制限に使えるスキル道具”ちゃっかくん”でも渡すか?」
”ちゃっかくん”スキル火種を固定したスキル道具で、”ライター”のような物だ。作ったが、あまり使いみちが無くてお蔵入りしていたスキル道具なので、くれていやっても懐が痛むわけではない。
「よろしいのですか?」
「あぁ貢物として十分だろう?」
「えぇ十分です。それで暫くは、アトフィア教が黙るかも知れません」
「え?そんな事で?」
「ツクモ様。スキル道具・・・火種と言っても、無制限の物はアーティファクトに分類されます。献上する形になるので、叛意無き街と思われるでしょう」
「へぇ安いな」
「・・・ツクモ様。まぁいいです。その方針でよろしいのですか?」
「あぁ今、二正面作戦は採りたくない。アトフィア教も遠征の傷が癒えていないだろう。俺としても復讐するという名目がある間はなるべくなら相手したくない」
「かしこまりました。ローレンツ司祭と打ち合わせをしながら、ロングケープ区に向かいます」
「頼むな。そうだ、一応フラビアとリカルダにスキル変体を渡しておくな。髪色を変えるだけでも印象が違うからバレにくくなるぞ」
「ありがとうございます」
「必要なスキルカードは、スーンからもらってくれ」
「はい」
フラビアが執務室を辞した。
「シロ」
「はい」
「どう思う?」
シロは、アトフィア教の事はなるべく口にしないようにしている。
俺とステファナとレイニーだけになった時には、自分の考えを述べるのだが、人が居る時には、聞かれなければ答えないようにしているようだ。アトフィア教に関してだけではなく、ペネム街に関わる事全般で話をしなくなった。
「フラビアの言っていたように、俗物なら貢物をもらった上に、メリットがあると思えば引き返すと思います」
「そうか、ロングケープに残るようなら、そのときに対処を考えればいいか?」
「そうですね。何かしらの要求をしてくるでしょうけど、穏健派が一緒なら無茶は言ってこないと思います」
「そうか、ありがとう」
方向性は間違っていなかったようだな。
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