【第十章 エルフの里】第十五話 償い

 

 カップが割れる音が、二人の間に決定的な違いが存在していることを物語っている。

 ヤスは、エルフ族の長老が”綺麗事”だけを言っているようにしか思えない。”皆”のため。”繁栄”のため。そんな”こと”のために、長老衆やそれに近い者以外のエルフが犠牲になっている。
 犠牲になっている者たちも、騙されているとは思わないまでも、何かがおかしいと感じるから、自分たちでなんとかしようとする。そのために、外部の者に攻撃的な態度を取る者たちが増えていく。そして、一部の者たちと手を組んで、愚かな行為に出る。

 自分たちが”優位に立てている”と考えてしまって、相手も自分たちと同じように”考える”とは思わない。
 本当のことを説明する必要はない。嘘さえつかなければ、後で取り繕うことはできるのだ。商人たちは、そうやって時間をかけてエルフ族を罠に嵌めていった。最初の商人たちは、エルフ族を食い物にしているが、”家畜に死なれては困る”と考えるだろう。だから、自分たちの都合がいいように誘導はするが、ある一部の者(長老や側近)たちには、甘い汁を吸わせるのを忘れない。

 儲かっている商人の後追いでやってくる者たちは、同じく甘い汁を吸えなかったエルフたちと結びついて、先鋭化していく。
 そして短絡的に考えて、”アーティファクトを盗み出す”といった直線的な手段に訴える。

 ヤスは、”仲間だと言っている者たち”をないがしろにする奴らが”嫌い”なのだ。偉そうなことを言って、実際には仲間内身内で利益を循環させるような連中を見ると虫唾が走る。

「神殿の主殿」

「なんだ?償いの方法が思いついたか?」

「何を差し出せばよい?」

「そうか・・・。”貴様たちの全て”とでも言えばいいのか?」

「それは・・・。無茶な要求には答えられない」

「同じことを言わせるなよ。求めているのは、お前たちだ。俺じゃない。俺は、捕らえた奴らを、俺の好きにする。お前たちは、それは辞めてほしい。違うか?」

「違わない」

「なら、条件を提示するのは、お前たちだ。俺じゃない。本当に、同じことを何度も言わせるな」

「っ。それでは、無条件で同胞の解放を求める」

「拒否する。それが、お前たちの答えなら、交渉の価値もない。連れて帰って、実験に使う」

 ヤスは、座っていた椅子から腰を上げる。
 もう話しは終わりだと言い出しかねない。

「神殿の主殿。待ってほしい。待ってほしい」

「あ?さっきから、お前は、何がしたい?俺を怒らせたいのか?」

「すまない。本当に、すまない。償いと言われても・・・。何も、思いつかない」

 ヤスは、浮かせた腰を椅子に戻した。
 最初から、そう言えば、話は早かった。ヤスとしても、別にエルフ族を絶望に叩き落としたくはない。今後、リーゼが活動しやすい環境ができれば十分だと考えている。余りにも、エルフ族が横柄な態度に出てきたので、気分が害されていただけだ。

 最初から、”わからない”と言えば良かったのだ。その上で、償いとして提示しても問題にならない”こと”を提示すればよかったのだ。

「はぁ・・・。最初から・・・。まぁいい。それで、俺が捕らえている連中で、大事なのは誰だ?アーティファクトを盗もうとした者を、無罪で釈放は出来ないぞ?」

「・・・」

 ヤスは呆れてしまう。全員が大事だとは思えないからだ。それなら、交渉をしてきてもいいと思うのだが、長老は”全員”を助け出したいと思っている。

「エルフ族では、他人の物を盗んだことがわかった場合にはどうする?」

「物によるが、同等の対価を払うか、同じものを用意して、集落からの追放だ。追放が嫌なら、相手に対して許しを得ることが条件になる」

「なんだ、しっかりとした指標があるのだな。アーティファクトは無理だな。同じものを用意は絶対に不可能だろう。対価になるが、それも不可能だろう」

「不可能とは?」

「別のアーティファクトだが、王国に提示したのは、星貨で10枚だ」

「なっ!」

「あのアーティファクトは、王国に提示した物よりも、価値があるからな、実際には、10倍を出されても渡さない」

「星貨100枚は、無理だ」

「だろうな。だから、落とし所をどうするのかだが・・・。奴らを俺が貰っても、そこまでの価値はない。奴らのしでかしたことで、エルフ族の全体に負債を背負わせるのも違うだろう?」

「・・・」

「だが、お前が出てきた。長老が出てきて、俺と交渉を始めた。それは、エルフ族。この集落の総意だと俺は考える」

「あぁ儂たちが、預かることになる」

「わかった。まずは、全員を奴隷に落とせ」

「主殿!」

 長老は、椅子から立ち上がって、ヤスに抗議の声を上げる。
 最終宣告だと思ったのだろう。

 エルフ族にとっては、奴隷に落ちるのは、裸で生活する以上の辱めである。それも、人族の奴隷だと集落での生活は不可能だ。

「落ち着けよ。何も、俺の奴隷にしようと思っていない」

「え?」

「そうだな。長老衆の誰かの奴隷にしろ。その長老と俺が契約を結ぶ。大幅に減額して、星貨1枚を俺に賠償しろ。いいか、その奴隷たちが稼いだ物だけだ。盗んだ物や、家族からの提供だとわかった時点で、奴隷の主を俺に変えて、俺が定める刑を執行する。同時に、エルフ族にペナルティーを課す」

「契約?ペナルティー?」

「まずは、契約は、どうせタイムアップを狙うのだろうから、そうならないように、お前たちが持つ権利を、星貨を返し終わるまで俺がもらう」

 実際には、ヤスにはエルフ/ハイエルフを超える寿命が設定されている。
 神殿の主として、殺されなければ、寿命が無いのと同じだ。不老に近い体質を持っている。神殿のコアと連動していることで、寿命という概念がなくなってしまっている。神殿のコアが破壊されて、ヤスが殺されて初めて死ぬことができる。

「それは・・・」

「ダメだとは言わせない。ここまで譲歩しているのだぞ?」

 長老としても、人族の奴隷でなければ、まだ申し開きが可能だ。
 長老の奴隷になるように、ヤスと交渉して勝ち取ったと言い訳ができる。ヤスに、考えを誘導されているとは思っていない。
 ヤスが、奴隷を連れて帰っても、実験体に使う以外の利用価値はない。連れて帰るのも、時間が必要になる上に、面倒なのは間違いない。それなら、殺してしまうのが、後腐れがなくて良いのだが、殺すよりもエルフに押し付けて本当に欲しい物を奪い取るほうが有意義だと考えた。

「わかった。それで、権利とは?」

「簡単だ。本来なら、リーゼが主張できる物を渡してもらおう」

「え?」

「持っているのだろう。魔道具の利用料が、この里にも入っているのだろう?」

「・・・」

「お前たちが、本当に恐れたのは、同胞が奴隷になることでも、殺されることでもない。リーゼが、エルフの里にたどり着いて、正当な持ち主だと証明されてしまうことだろう?」

「それは・・・」

「リーゼも、そんな物だとは知らない。欲しいとも思っていない。家族の・・・。母親と父親との繋がりを求めているだけだ。多分だが、父親との繋がりは、ここにはない」

「・・・」

「沈黙は、肯定と取るぞ」

「・・・」

「はぁ・・・。まぁいい。その繋がりがあれば、リーゼだけではなく、他の者たちは、もっと柔軟に対応しただろうな」

「そ、それでは、神殿の主殿が、リーゼから権利を巻き上げることになるのでは?」

「そうだ。俺が巻き上げる。お前たちの手元に残らないのには、同じだ。何も変わらない。リーゼが持っているか、俺が持っているかの違いだ」

「それは・・・。そうだが・・・」

「それで、ペナルティーは、その権利を永久に俺がもらうことになる。もちろん、正当な権利者が訴えてきたら、俺は誠意を持って対応する」

「・・・。わかった」

 長老は、ヤスの提案を受け入れる。
 ヤスのペースで進んだ、償いという名の交渉は、結局ヤスが欲しい物を手に入れた。エルフは、多くの物を失ったような錯覚に陥っているが、もともと正当な権利者を騙していた状態だったのが、なくなっただけなのだ。
 星貨1枚という借金は出来てしまったが、これも今までの賠償だと考えれば安い物だ。
 ヤスの”償い”という言葉に隠された意味を、エルフ族の長老は、最後まで理解が出来なかった。

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