【序章】第三話 新たな戦場^H^H職場

 

 会社を出て、大通りを歩いて移動した。
 約束している鉄板焼屋は、すこし高級な店で、スポンサー会社の経費が居る時でないと使う事はない。
 篠原との会合ではよく使われる店なので、”いつもの店”と、いういい方になっている。

 店の重厚なドアを開けて入ると、肉が焼ける、いいにおいが漂ってくる。
「19時に篠原の名前で予約されていると思います」

 真辺を出迎えた店長にそう告げる。
「伺っております。どうぞこちらへ」

 店長が案内したのは、いつものテーブル席ではなく、奥にある個室だ。
 (ほぉ・・・よほど太い客なのか?)

「こちらです。何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「あぁ全員揃ってからお願いします」
「かしこまりました」

 店長が出ていってから、席を見回すと、まだ誰も来ていないようだ。
 テーブル席になっていて、手前に鉄板がセットされている。
 客がわからないので、一番の下座に座って待っている事にする。
 全部で5名の様だ。こちらは、真辺と篠原だけで、先方が3名なのだろう。上座の方に、3つセットされている。

 19時をすこし回った時に、ドアがノックされた。
 先程案内した店長が入ってきて、待ち合わせの人たちが着いたと知らせてくれた。
 立ち上がって、迎い入れる。

 (篠原の旦那は遅刻か?)

 先頭で篠原が入ってくる。その後に、前の会社で同僚だった片桐が入ってきた。
 その後に、片桐の上司と思われる人間と、システム屋特有の匂いがしない人物が入ってくる。

 (もしかして、ドクターか?)

 座席に着いてから、ドリンクを注文した。
 料理はコースを頼んであるようだ。コースの説明と苦手な物があるか聞いてくる。苦手な物があれば別の物に変えてくれるようだ。オーダを終えて、座席に着いた。

 篠原が仕切るようだ
「松本先生。本日はありがとうございます。弊社の真辺です。」
「はじめまして、真辺といいます。」

 それから、各々挨拶をする。
 やはり、SIer案件だ。片桐は前の会社を退職して、自分で会社を興した。そこで、世話になった人が隣に座っている大手SIerの白鳥だ。片桐の話は、今度ゆっくり聞く事にして、仕事の話に入る事になった。

 食事をしながら、大まかな話を聞いて、食後に依頼内容の確認をする事になった。篠原と片桐が、やけに真辺を持ち上げるのが気になって仕方がなかった。こういう時の仕事は、何か裏がある場合が多い。予算的な問題だったり、納期的な問題だったり、その両方だったり・・・。

 面倒な話になる事は、この時点で確定した。

 本来なら美味しいはずの、黒毛和牛200gのコースが美味しく感じない。ドリンク込みで約2万円/人が無駄に消費される。

 最後のデザートが出てきた。

 同時に、食後のドリンクを頼んだ。

「それで、真辺部長には、全体を見ていただきたい」
「全体とは?」

 食事中の話から、松本先生と呼ばれて居た人物は、やはりドクターだ。
 ドクターと言っても、経営をメインにやっている人物だ。

 そして、10月から開業する医療施設付きの介護老人ホーム 及び 知的障害児者施設 及び 幼保育園 及び 出張介護マッサージ事業 のオーナーである。

 なんとも統一性のない複合施設だが、その出張介護マッサージ事業のシステムとWebサイトを片桐が行っている。その他のシステムをSIerが請け負っていて、幾つかのメーカに入札を行わせているという話だ。
 基本的にはパッケージを導入して、運営しながらカスタマイズをしていく事を考えている。そう、SIerは説明していた。香ばしい危険な匂いしかしてこない。10月カットオーバでまだメーカーも決まっていない。
 会計システムは一つにするつもりだろうけど・・・従業員の教育や接続を考えたら、もうギリギリだな。
 それでも、SIerは大見得を切っているようだ。6月から、建設中の病院や施設に入られるようになるので、それまでにパッケージを決めて、6月はじめから導入を開始すると言うことだ。
 6月から集まったメーカや開発会社の取りまとめをやってほしいという事だ。

 本来なら、SIerがやれば美味しい話だが、SIerはハードウェアとネットワークを担当する。”その為に、全体のまとめをする人員をさけない”という、言い分だ。
 明らかにおかしい。返事を保留したい案件である。

 真辺と篠原は、ハンドサインを決めてある。実際に、営業中に、即答を求められる事もある為だ。
 返事を保留したいときには、両手をテーブルの上に載せて、両手の指を絡めるようにする。
 OKの場合には、右手だけをテーブルの上に出す。
 NGの場合には、左手をテーブルの上に出して、テーブルをコツコツと叩く。

 真辺は、保留のサインを出した。篠原からは受諾のサインが返された
「松本先生。白鳥部長。なにか、資料などがございましたら、検討してお返事を差し上げたいと思います」
「篠原さん。返事はいつ貰えるのですか?」
「はい。見積もりと合わせるのでしたら、1週間程度は頂きたい」
「・・・解りました。1週間ですか?なる早でお願いします。松本先生。よろしいですか?」
「あぁ・・・・そうだ、真辺さん。よろしかったら、一度病院に遊びに来て下さい。そうしたら、詳細な説明も出来ます」
「あっありがとうございます。あいにく、すこし予定が有りまして、即答出来ませんが、後日予定を調整いたしまして、お伺いしたいと思います」
「真辺さん。うちの会社にも寄って下さい。そこで説明できる人間を紹介致します」
「わかりました。先程話した通り、予定を調整しなければならないので、篠原から返事を差し上げる事になると思います」
「解りました。よいお返事お待ちしております」

 この後は、すこし雑談をしてから、篠原は松本と白鳥を連れて夜の街に消えていった。

「片桐。すこし付き合えよ。聞きたい事が山ほどある」
「・・・あぁわかった」

 片桐を伴って、いつも部下たちと行く居酒屋に入った。
 ここは、個人がやっているが、味もいいし、酒のセンスもいい。それに、小さな個室から大きな個室まであるので、よく使っている。
 店に電話をかけて、個室の状況を聞いた。幸いにも、小さい個室が空いているという返事をもらったので、”今から行く”とだけ伝えた。

「いらっしゃい。ナベさん。個室に、ボトル置いてあります。お通しは要らないですよね。串を適当でいいよね」
「あぁそれで頼む」
「お連れの方の飲み方は?」
「あ。俺は、何かノンアルコールを」
「あっ解りました、ウーロン茶でよければ、セットで置いてあります」
「あっそれじゃそれもらいます」

 店に入って2分で注文が終わった。

 真辺が好きで頼む物は店側も把握しているので、何もいわないで『いつもの物』が出てくる。
 この店の常連である真辺は、部下達も気楽に使わせている。

 真辺は、高給取りだが、金の使いみちが多いわけじゃない。唯一の家族をなくしてからは、夕飯もここで済ます事が多くなっている。
 支払いが面倒になって、店長にまとまった金額を預けるようにしている。信頼していると言えば聞こえがいいが、裏切られたらそれはそれと思っている所がある。
 ボトルも部下たちが勝手に飲んで新しい物を入れる時に、そのデポジットから引かれるようになっている。昼のランチも始めてくれて、昼と夕飯をここで食べるようになっている。

「片桐。話せよ。何が問題だ?」
 手酌でウーロンハイを作りながら、”ド直球”で聞いた。

「・・・なんの事だ」
「今更隠すなよ。急に、俺の事を思い出して、美味しい仕事をくれるほど、俺とお前は仲が良かったわけじゃないよな」
「・・・。あぁそうだな。お前の話は、高橋さんから聞いた」
「そうか、半年位の前の案件で、高橋さんの所から人が入ってきたな」
「そうだ、俺もこの仕事を受けてから、誰か居ないかと思って、高橋さんに話をしたら、お前の話が出てきて、篠原さんも一緒だって云うから、連絡した」
「経緯はわかった。それで、”なんで”俺に話を持ってきた?今の口ぶりだと、高橋さんに断られているのだろう?」
「あぁ考えても見ろよ。電子カルテが解って、医事会計が解って、ネットワークやハードウェアの事が解って、医療機器の接続が解って、施設運営や老人ホームや給食の事が解る人間なんて居ないぞ」
「別に、俺が全部に精通しているわけじゃない」
「それでも、お前なら、全部の担当と話ができるだろう?」
「ある程度は・・・な。システム構築した経験はあるからな」
「頼む。受けてくれ」

 片桐は、テーブルに擦れるくらいに頭を下げた。

「頭上げろよ。だから、どうしてだ?まだ始まっていないプロジェクトなのだろう?」
「・・・」
「違うのか・・・あぁそうか、そういう事か・・・事故物件なのだな?」
「・・・そうだ。連続しているのは、俺だけだ」
「SIerは知っているのか?」
「・・・・あいつらが元凶だ。元々は、あいつらの別部署が訪問介護マッサージとWebサイト以外を担当するはずだった」
「ほぉそれにしては、根を上げるのが早くないか?」
「・・・・。ナベ。黙っていてくれるか?」
「あぁ・・・出来る限りでな」
「そうか、なるべくなら黙っていて欲しいが・・・」

 片桐が話すのはよくある話だ。
 大手SIerが受注した案件を子会社丸投げする。そして、子会社がシステム会社に自社案件として仕事を流す。そして、システム会社は、派遣から人を集めて体裁を整える。
 業務知識もないままに”言語知識”と”経験”だけの人間が集まる。最初の頃は期間もあるから、集まった人間にも余裕がある。余裕があるからある程度の業務知識の吸収もできる。作成を始めると、当初の予定より、人手が必要な状況になってくる。これは、業務知識がない人間を担当者にしてしまった事で発生する弊害だ。。
 この辺りで客に説明すれば、被害は部分的な物になる。しかし、SIerの子会社は、自社の失点になる事を恐れて、それをシステム会社に責任転嫁する。
 要求が増えていく中、システム会社は人の補充が出来ないまま時間だけが過ぎていく。派遣で来ている人間への支払いが難しい状況になるのに、それほど時間は必要としない。
 資金ショートが、目の前に迫ってくる。
 数年にも渡るシステム開発は、確かに大手には美味しい案件だが、小規模のシステム会社では社運をかけるほどの物だ。

 資金ショートしてしまった、システム会社は回収が出来ない状態で、飛んでしまう。
 慌てるのは、子会社だ。今まで、丸投げされた子会社は、客への報告を行っているが、システム屋特有の言い回しでごまかしてきていた。
 子会社は、飛んでしまったシステム会社の変わりを探し始める。これは、時間との勝負だ。業界は、広いようで狭い。どこで人が繋がっているか解らない。子会社は、今まで支払った金額や自社で溶かした金額を除いた金額で受注できる会社を探すが、そんな会社は存在しない。そこで改めて、機能を細分化して、切り売りを始める。

 最初に見つかったのが、『出張介護マッサージ』のパッケージを作っていた。片桐の会社だった。
 片桐は、パッケージを導入するだけなら協力するという約束で参加した。
 子会社にパッケージを導入して終わりだと思っていた。しかし、質問という形の要望が大量に届けられる。契約と違うと怒鳴り込む事も出来たが、受け取った金はすでに溶かしてしまっていた。
 渋々、追加料金を貰って、要望に答える事にした。その時に、子会社から親会社を紹介された。子会社は、これで面子が保たれた・・・かに、思えた。

 しかし、片桐の所で出来るのは、一つの機能のみ。それもパッケージがあるだけで、顧客の要望を全面的に満足させる事が出来る物ではない。
 親会社は慌てて、自社に居る人間たちを集めて自社開発をする事になった。出張介護マッサージ事業以外の部分を・・・・で、ある。
 子会社と親会社は、片桐の会社がシステム開発を担当していると説明した。間違いではないが、正解ではない。これも、システム屋独特の言い回しで客に錯覚させた。

 客の方にもまったく非がなかったわけじゃない。窓口になった人間が、子会社にリベートを要求していたのだ。
 子会社は、この時点で親会社に訴えていれば、ここまで酷くはならなかっただろうが、要求されたリベートの支払いに応じてしまったのだ。

 そして、片桐の会社が入った事に寄って、システムの一部が動き出したのがとどめになった。
 『出張介護マッサージ』の部分は元々パッケージなので、完成度も高い。事業に適さない部分もあったが、改修すれば、運営対応で、回避できるレベルの物だ。
 客もすこしは安心する事になった。しかし、『出張介護マッサージ』以外の部分を見せる事が出来ないでいる。ハードウェアの選定もまだ出来ていない。そんな状況が続いた事によって、客から親会社と子会社を飛ばして、片桐の所に連絡が入った。
 客が怒鳴り込んでくるという状況になったのだ。片桐としては、『出張介護マッサージ』は自分達が担当しているが、他は親会社と子会社が担当しているから、知らないと説明するしかない。
 言ってはダメだろうとは思っていたが、そうとしか客を説得する方法はなかった。

 その後、客は片桐を伴って、子会社に乗り込む。その後で、親会社に乗り込む。
 4社揃っての協議にはなったが、幸いな事にその時には期間がまだ残されていた。片桐の所の様な成功事例がある事から、親会社はトップに近い人間が謝罪して、自分の所仕切りで、パッケージを集めて開業までには間に合わせますという話で落ち着かせた。内部的には、子会社の部署がまるまる飛ばされて、副社長や役員連中の首が飛んだ。

 片桐は、この時点でシステム料金を貰って撤退すべきだったのだ。
 損切りが出来ない懐事情も有ったのだろう。撤退時期を見誤った。

 この時点で、この案件は”事故物件”となっている。
 SIerは、”生贄の羊”を探していたのだ。

「ナベ。頼む」
「・・・・」
 真辺は、正直気乗りはしない。気乗りどころか、断る方向で気持ちが動いている。

「ナベ」
「うちの馬鹿どもがどうするかだな・・・。開発が必要になったら、お前の所か、SIerが担当するよな?」
「あぁ多分白鳥さんの所が担当する」
「お前と白鳥さんの関係は?」
「会社を興したばかりの時に、金を借りた」
「返したのだろう?」
「もちろんだ!でも、そのときの恩義があるから、俺は降りられない」
「そうか・・・今、お前の所の清算はどうなっているのだ?」
「あぁ3ヶ月まとめだ」
「末締め翌10日払いとかに出来るか?」
「俺の所と契約なら無理だ。白鳥さんの所なら交渉次第だと思う」
「わかった」
「受けてくれるか?」
「わからん。部下の意見も聞かないと答えられない。全員で行く必要はないだろうが、資料を見てからだな」
「そうか・・・。悪いな」
「いい。ここ。お前が持てよな」
「あぁわかった」

 それから、すこしだけ昔話しと近況報告をしてから別れた。

 翌朝。
 パソコンを見ると篠原からメールが来ていた。
 資料一式が会社のサーバに入れてあるとの事だ。
 面倒だとは思ったが、VPNで接続してRDTに接続し、サーバのファイルを閲覧する。
 経緯説明はなく今入札をしている企業や技術の説明。それから、松本先生の略歴や建設予定の施設の紹介がされていた。
 そして、入札をしているパッケージを持つ企業から出ている資料が大量に存在していた。

(こりゃ無理だ。RDTじゃ見難い。しょうがない。会社に行くか・・・。)

 ラフな格好に着替えて、会社に向かった。
 すでに朝という時間帯ではない上に、別に長々と会社に居るわけではないので、車を走らせる事にした。
 昼すこし前に会社に着いた。
 自分のデスクのパソコンでファイルを閲覧する。
 想像以上に何も考えていないのが解る。入札されているシステムを見ると、動くOSだけじゃなく、求めるDBが違っているし、連携の方法も違っている。
 多分、これ値段が安い奴を導入するつもりだ。クラサバのシステムもあれば、Webシステムもある。DBを使わないで、ファイル共有を使う物まである。
 求めるスペックが違いすぎる。どれを採用しても、繋ぐ事を考えれば、かなりチグハグなシステムになってしまう。

(片桐には悪いけど、こりゃ無理だな。断ろう。)

 真辺は、一応体裁を整えるために、現状の分析を簡単にしてから、篠原に”無理”とメールした。

 メールの送信を行った瞬間にデスクの電話がなった。
 社内のシステムでは、真辺がデスクに居る事が解るようになっている。篠原なら、電話ではなく足を運ぶだろうと思ったが、電話に出る。

「おぉナベ。悪いな」
「いえ、それで無理ですよ」
「あぁ俺もそう思って、上に昨日の段階で難しい旨を伝えた」
「・・・そうですか、ありがとうございます」
「帰るのか?」
「はい。そのつもりです」
「すこし付き合え、昼飯位おごってやる」
「解りました。今は混んでいると思うので、13時にいつもの居酒屋に行きます」
「あぁ解った」

 真辺は片付けをしてから、外にでた。社内居ると碌な事にならないのは経験で解っている。
 それに、今は休暇中なのだ。駐車場の料金がすこし気になるが、まぁしょうがない。本屋で時間を潰してから、居酒屋に移動した

「あ、いらっしゃい。ナベさん。篠原さん来ていますよ」
「あぁありがとう。俺、いつものね」
「はい。ナベさんスペシャル。あっ!いい”のどぐろ”が、入ったけど、どうする?」
「おっ刺身でいける?」
「もちろん」
「それじゃ頼む」
「はいよ。”のどぐろ”追加で」

 普通の刺し身定食だが、真辺が貝類や甲殻類が食べられないので、白身の魚を増やした定食だ。後、”もりそば”が付く。
 それで、980円。昼飯としては高いが、満足する物だ。

「篠原の旦那」
「・・・あぁナベ。すまん。やられた」
「どうしたのですか?」
「白鳥の野郎。副社長に握らせやがった」
「はぁ?」

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