【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第五話 ヤスと愉快な仲間たち?

   2020/04/08

 新たにギルドに到着した面々は、セバスが案内して会議室にやってきた。

 先にタブレットの説明を始めようか、ヤスが迷っていると、マルスから念話が入った。

『個体名デイトリッヒがギルドに到着します』

「ミーシャ。デイトリッヒがギルドに来る頃じゃないのか?見てきてもらえるか?」

 ヤスは、ミーシャに話をデイトリッヒの出迎えを頼む。
 カイルとイチカがデイトリッヒと聞いて、ヤスの顔を見る。

「わかりました。連れてきてもいいのですよね?」

「頼む。会議室に入る許可は出してあるから、直接入ってもらって欲しい」

「わかりました」

 ミーシャが会議室から出てギルドに向かった。

 少しだけ、時間ができたので、ヤスはドーリスとサンドラに会議室を使うためのタブレット操作を教えた。

「ヤスさん。この”たぶれっと”はどこで管理すればいいのですか?」

「一つは、ギルドに置いておこうと思う。もう一つは学校かな?会議室を使うだろう?」

 サンドラの質問に、ヤスはあまり考えていない状態で、ギルドと学校と答えた。

「ヤスさん。”たぶれっと”はギルドで管理してはダメですか?」

「別に問題は無いぞ?ギルドだけでは手間じゃないか?」

「いえ、学校と両方で管理するよりも、ギルドだけで管理したほうが楽です」

「それなら、ギルドで管理を頼む」

「かしこまりました。それと、管理者というか、操作できる人を制限できませんか?」

『可能です』

 サンドラの問いかけに、マルスがヤスに念話で答える。

 ヤスにだけ聞こえるように、マルスが方法と問題点を念話で伝える。

「あぁ・・・。できるけど、タブレットでの制限になる。両方で使えるようにしたければ、両方に登録する必要がある」

「その程度でしたら問題はありません。ドーリスギルド長と私とミーシャとデイトリッヒしか職員がいませんから、4人が登録すれば問題はありません」

「わかった。設定方法を教える。増やしたい時には、ドーリスギルド長とサンドラ副ギルド長に任せる。二人を管理者に登録しておく」

 ヤスは、サンドラがドーリスに”ギルド長”をわざと付けたのを感じて、サンドラに”副ギルド長”を付けて呼んだ。

 そんなやり取りを、ディアスは”またやっている”程度に思って眺めているが、カイルとイチカはヤスが怒り出すのではないかと不安な気持ちで見ていた。

 カイルとイチカから見ると、ヤスは神殿の主だ。気楽に呼んで欲しいと言われて、砕けた言葉遣いをしても怒られなかった。
 でも、あるじであるのは間違いではない。そのあるじが決めた内容に反対したのだ。許されるとは思わなかった。神殿の主であるヤスが平民なのか貴族なのか二人には判断できない。しかし、着ている物やアーティファクトを考えれば貴族だと言われても納得してしまう。
 そして、世間知らずな貴族ではないかと考えるのが妥当だと思った。

 それだけではなく、カイルとイチカは、この場に集まっている大人たちが”どんな身分”なのかわからないのだ。着ている服装でしか判断できない。セバスとツバキとシックスとセブンとテンは、執事やメイドだろうと思った。ただ、貴族に仕えているような服装なので、もしかしたら身分が高いのかもしれないと考えた。
 ドーリスは、ギルド長と紹介されているので、偉い人だと解っている。
 サンドラも、話をした限りでは偉い人だと思える。ディアスは自分たちを案内してくれた人という印象だが、立ち位置がわからない。ミーシャもギルドの人という印象だ。

 デイトリッヒがどんな人なのかわからないが、偉い人たちの1人なのかも知れないと思って、イチカはカイルに耳打ちしていた。ヤスの今までの言動からいきなり、出ていけとは言われないだろうとは思っているが、最低限のマナーは必要だろうと考えたのだ。

「(カイル。デイトリッヒさんとは私が話す)」

「(え?俺が、父さんと母さんに頼まれた)」

「(うん。だから、私が困ったら、フォローして、カイルが失敗しちゃうと、誰も私たちを守ってくれないでしょ?)」

「あ!(・・・。そうだな。わかった。俺に任せろ)」

「(・・・)」

 イチカは、カイルが上げた声で皆の視線がカイルに集まったのを感じた。でも、その後で、ヤスたちがまたタブレットの操作に戻ったので、大丈夫だと判断した。

「(カイル。お父さんから渡された袋は持ってきた?)」

「(あぁ持ってきた)」

 カイルが袋を、イチカに渡したタイミングで、ドアが開いた。
 ミーシャとデイトリッヒが会議室に入ってきた。

 皆が揃った。視線がヤスに集中するが、ヤスはサンドラを指名して進行を任すようだ。

「ヤスさん。話はどこまで?」

「ん?カイルたちがリップル領からデイトリッヒを頼って逃げてきたって事くらいだな。間違っていないよな?」

 カイルとイチカが首を縦にふる。

 デイトリッヒは、初めて自分がこの場所に呼ばれた理由を理解した。カイルと言われたのが子供だと認識して、自分が出た孤児院で何かあったと考えたのだ。

「ヤスお兄ちゃん。デイトリッヒさん。私は、イチカと言います。リップル領の領都にある孤児院にいました」

「そうか・・・。二人が、お前たちを逃したのか?」

「え?」「・・・」

 デイトリッヒが珍しく過去の話を始めた。ミーシャだけが知っていた話だが、デイトリッヒもハーフなのだ。孤児院をやっていた老夫婦の冒険者仲間だったと告白した。

「お父さんとお母さんのパーティーメンバー?」

「そうだ」

「なら!」

 カイルがデイトリッヒに詰め寄ろうとしたが、立ち上がっただけで終わった。イチカが制したのだ。

「すまん」

 デイトリッヒは謝罪の言葉を口にした。

 沈黙が場を支配する。

 イチカは、カイルが話をしだすと感情的になってしまうのではないかと考えていた。
 実際に、カイルの一言で話が進まなくなってしまったのだ。

 サンドラがカイルとデイトリッヒを交互に見てから、イチカを見る。イチカもなんとかしなければと思っていた。

「え・・・。そうだ。イチカちゃん。何か託されたのだったわよね?」

「そうでした」

 イチカは、袋の中から書類の束をデイトリッヒに渡す。

 受け取ったデイトリッヒは書類を見てから、3つの山に分けた。

「ヤスさ・・・ん」

「ん?どうした?」

「俺を、神殿の都テンプルシュテットから追放してください」

「・・・。うーん。ダメ」

「”ダメ”はないと思います・・・。神殿やヤス様に迷惑がかかってしまいます」

「そうなの?うーん。やっぱり。ダメ。デイトリッヒ。理由を言わないと、ダメしか言わないよ。理由を言って、俺だけじゃなくて、みんなを説得できたら、考えるかもしれないよ」

 ディアスが笑いをこらえた声でヤスの言い方にツッコミを入れる。

「ヤスさん。それは、許可しないと言っているのと変わりませんか?」

「そうだよ。だって、いきなり”追放してください”と言われて追放するほど、俺は非情じゃないよ」

 デイトリッヒは場の空気が柔らかくなったのを感じたが、あえて硬い口調のままヤスに同じ話をする。

「・・・。ヤス様。神殿に迷惑が」「別にいいよ?リップル子爵家でしょ?俺も嫌がらせを受けたから、反撃するなら手伝う」

「ヤス様。解っているのですか?相手はリップル子爵だけではなくて、帝国も絡んできます。俺が、子爵を暗殺すれば・・・」

「根本解決にはならないよな?それに、帝国が絡むのなら余計に神殿としては黙っていられないな。ディアスの件もあるからな」

「あっ」

 デイトリッヒは考え違いをしていた。
 神殿の都テンプルシュテットに迷惑がかかると言えば、自分ひとりの命で終わるのではないかと思ったのだ。子爵を暗殺すれば、仇が取れると思ったのだ。

「デイトリッヒ。それに、お前だけが格好を付けるなよ。俺にも何かやらせろよ」

「ヤス様」

「それに、説明しろよ。カイルだって、イチカだって、知りたいだろう?もちろん、他のメンツも同じ考えだと思うぞ?」

 ヤスは、デイトリッヒが分けた書類を指で叩きながら”説明しろ”と言った。サンドラやドーリスも同じ考えなのだろう。ギルドや神殿の都テンプルシュテットを守るが、神殿の都テンプルシュテットを守るための攻撃なら率先して行うべきだと思っているのだ。
 ディアスは帝国と聞いた時点から、何があっても自分は参加すると考えている。
 ミーシャは、ヤスがデイトリッヒを、簡単に切り捨てる事がなかった状況を嬉しく思って、ヤスの考えに賛同している。

 カイルとイチカは、何が話されているのかよくわからないが、皆が力になってくれそうだと場の空気を感じている。

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