【第三章 裏切り】第三十一話 村長
街では、休むことはしない。最初から、皆に説明されていたので混乱する事なくマガラ渓谷を越えるための準備に取り掛かる。商隊は、ここで荷物を、マガラ渓谷専用の荷台に載せ替えるのだ。
マガラ渓谷では、皆が徒歩で越える事になる。マガラ渓谷専用の馬車はさすがに高くて使えないからだ。
専用場所の値段は昨今値上がり傾向にある。それだけではなく、アゾレムがマガラ渓谷の通行料を値上げする事を告知しているのだ。商隊は、唯々諾々として上がった通行料を税金としておさめるか、マガラ渓谷を越える新しい方法を考えるか、別のなにか”いい方法”を考えるか、マガラ渓谷を超えた先との交易を諦めるか、選択を迫られる事になっている。
今までは人頭税として通行する人間にだけ税金がかかっていたのだが、これからは重量で税金がかかる事になる。
一人あたりの税金は下がるので、パシリカの場合にはかなり安く通行する事ができるようになるのだが、商隊の様に荷物を運んでいる場合には通行料が高くなってしまう。違うルートが無い為に商隊としては頭が痛い問題になってしまう。
そして、商隊として頭が痛いのと同じくらいに、マガラ渓谷を超えた先にある村々にとっては、死活問題に直結しそうだ。
商隊が全く来なくなっる。と、いう事ではない。アゾレムの領都からの商隊は来るのだが・・・。ほぼ独占された商隊の為に、値段交渉が一切できなくなってしまうのだ。買い入れも叩かれて安い値段で買われてしまう事が容易に想像できてしまう。
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リンとマヤの住む村の村長を、領主の代理を名乗る男が訪ねてきたのは、リンとマヤがパシリカに旅立った2日後だった。
村長は、そこで1つの命令を受けた。
その命令を実行すれば、領都から来る商隊の数を増やすだけではなく、税率を下げる事や、商品の値段を据え置きにする事が盛り込まれていた。
「リン!マヤ!お前たちが、マガラ渓谷に落ちたと聞いて・・・」
「ごめん」
マヤはすぐに謝ったのだが、リンはこのセリフを聞いておかしいと感じた。
距離を考えると、村長がリンとマヤがマガラ渓谷に落ちたのを知っているのが不思議なのだ。
”マヤ。村長に何を聞かれても、「知らない」や「覚えていない」で答えろ”
”え?なんで?”
”村長が、マガラ渓谷に俺たちが落ちた事をどうやって知ったのかが気になる”
”うーん。わかった。ごまかすのは難しいから、話さないようにする!”
”そうしてくれ”
「リン。どうした?儂の顔になにかついているのか?」
リンは、村長の顔を見つめて自分に意識を向けさせる。マヤが、村長の意識から離れた事で少しだけ安堵感を得る事に成功した。そして、マヤが村長の側から離れて、自分の後ろに戻ってきたのを認識する事ができた。
「村長は、どうして?」
「だから、お前たちが心配になってだな」
村長の目線がマヤを探しているように思えてしまったが、リンは自分に意識を向けさせる様に誘導する事にした。
「そうですか、それは申し訳ない。でも、僕たちも巻き込まれただけで、自分から落ちたわけじゃないですからね」
「わかっておる。お前達が自分から落ちたなど考えても居ない。それで、どうやって助かったのだ?」
リンは、村長の返答が自分の考えていたとおりだった事で、悲しい気持ちになってしまった。予想が当たったと素直に喜べる心境にはならなかった。
この時点でリンは村長を敵に近いと考えるようになってしまった。
「それがわからないのですよ。気がついたら、アロイの街に戻っていました。荷物も全部なくしてしまったけど、ニノサの知り合いに偶然会いまして、理由を説明したら、王都まで一緒に行ってくれる事になったのですよ」
本当の事は隠して説明をした。嘘だと決めつけるのが難しい言い回しを使っている。
「そうだったのか?その護衛をしてくれた知り合いはどこに居る?」
「え?なんで、ですか?」
リンは、自分が村長を疑っていると露骨にわかるように返事をした。
村長もそれに気がついたのだが、リンに言葉を返すだけで精一杯なのだ
「そりゃぁ儂からもリンとマヤを助けてくれた恩人だからな、ニノサの知り合いなら儂も知っているかもしれない。合って礼を言うのは当然じゃろ」
「そう・・・。でも、もう次の街に行くとか言っていたし、名前も名乗らなかった。ニノサとサビニに昔世話になった者だとしか言われなかった」
「そうなのか?」
村長が何を望んでいるのか?
目的が何なのか?
そして、本当に敵なのか?
リンは言葉や村長の態度から必死に読み取ろうとしている。
「うん。荷物を無くした俺たちを何も言わずに護衛してくれたし、道中もいろいろ助けてくれたよ」
まずは、荷物を強調してみる。
村長が領主の命令で動いているのなら、荷物がほしいのだろう。荷物は、渓谷に落ちてしまったと思考を誘導して、荷物がすでに無いと思わせる事ができればよい。実際にはすでに領主が欲していた者はローザスの手元に渡っている。今更、領主が欲するような物はない。
「そうなのか?その知り合いから、リンかマヤがなにか荷物や書類のような物を預からなかったか?」
リンは、村長が領主の指示で動いていると確信した。
残念だとは思ったが、拠点を移す事を考える切っ掛け程度にしか思っていなかった。
「何も預かっていませんよ。あっ食料とか武器となる剣や防具はもらいました。魔法の袋を持っていて、いろいろ譲ってもらいました。マヤは?」
リンは後ろを振り向いてマヤを見るが、首を横にふるだけだ。
「そうか・・・」
「なんで、おじさんは、その人のことを気にするの?」
「え?あっそうじゃな。どんな人物なのかわからないからな。お主たちに危害を加えるような事がなかったのなら良いのじゃ」
「問題なかったよ。それよりも、おじさんはどうするの?僕たちは一度村に戻ってから、王都に戻ろうと思うけどいいよね?」
「・・・。戻るのか?」
「うん。マヤとも話をしたけど、ニノサやサビニを探すにしても、村に居るよりも王都の方が探しやすいだろうし、マヤがパシリカを受けていた女の子と友達になって、宿屋の娘さんで事情を説明したら安く泊めてくれる事になったから、しばらく王都で探してみて、見つからなければ、マヤと二人で各地を回ってみようと思っている」
村長に異論を挟まられる前に一気に話した。
言葉遣いがおかしかったり、矛盾点があったり、突っ込まれたら返答が難しい感じだけど、一気に話して村に戻るつもりがないことを強調しておきたかった。
「リン・・・。わかった。若い者が村から出ていくのは寂しいが、ニノサ殿の息子ならしょうがないのだろうな」
最後は消えそうな声だったが、なんとか村長は威厳を保ったままリンとマヤが村から出ていくのを承諾した。
「うん。ありがとう」
「・・・」
「そうだ。この後、おじさんはどうするの?僕もマヤも無事だったから村に戻るの?」
村長は、とある屋敷の方を見ている。
誰かから合図があるのだろうか?
リンは、村長がどこかを見ているのは気がついていたが、視線はそちらに向けるような事はしていない。まっすぐに村長だけを見ている。
”マヤ。村長が見ている方向を見てくれ、だれかが合図をしているようなら、顔を覚えておいてくれ”
”わかった!あっ商隊の中に居た人だ!名前は忘れちゃったけど、護衛だと紹介された人だと思う。貴族の館に入っていったよ!”
”ありがとう。貴族の館?”
”うん。だと思う?”
”うーん。まぁいい。どっかの貴族に繋がった者なのだろう。ありがとう。その館からだれか出てきたら教えてくれ”
”うん!”
貴族が絡んできているのは間違いないと思ったけど、複雑な状況になっているようだな。
もしかしたら、魔法の袋を強奪しようとした奴らとのつながりがあるかもしれない。
どう考えればいいのかもわからない。
確実にわかったのは、おじさんが”敵”だということで、村には長居しない方が良さそうだという事だな。
「儂は、リンとマヤが無事だったから、一緒に帰ろうと思う。商隊の人に頼んで見る事にする」
「わかった。商隊は、ウノテという人が仕切っているし、今なら最後尾に居ると思うよ」
「そうか。それじゃ話をしてみる。リンとマヤも危ないから、マガラ渓谷は一緒に行くから待っておれ」
「うん。わかった。先に進んでいても渓谷前で待ってるね」
「そうじゃな」
それだけいうと村長は隊列の後ろに向かって歩き出した。
ウノテとどんな話をするのか、リンは気になったが聞く事はできないだろうと、すっぱり諦める事にした。
「リン!」
「あぁマヤ。悪かったな」
「それで?」
「まだわからない」
「そう・・・。リンがわからないのなら、僕が聞いてもわからないね」
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