【第六章 神殿と辺境伯】幕間 辺境伯の憂鬱

 

 ヤスがアフネスから渡された交換機の起動を行う少し前。
 魔通信機の接続が切られている状態になったことを皆が騒ぎ出していた。

 とある辺境伯の屋敷に、街に放っていた密偵からの報告を読んだ辺境伯が自分の息子と娘を呼び出していた。

「馬鹿者!!!!」

 執務室に怒号が響き渡った。

「貴様!何をしたのか解っているのか?いや、その前に事実なのか?」

 辺境伯であるクラウスは、まとめられた報告書を握りしめている。

「お父様。俺は」「兄様は、第二分隊を動かして、エルフ族やドワーフ族から食料を徴発していました」

「なっ?!サンドラ。お前」「ランドルフ。お前は黙れ!」

「お父様。俺は」

「サンドラ。それで、ランドルフが動かしたのは本当なのか?」

「間違いありません。私が偶然入っていたエルフ族の方が経営されている宿屋に来られて『次期領主の命令』だと言って食料と調味料を持っていきました。あっそうでした。お父様。例の方がお泊りになった宿屋です。ひと目見ようとお待ちしていたのですが・・・」

「サンドラ。その話は後で」「いえ、お父様のお耳に入れておく必要があると判断しております。それも早急に・・・」

 父親である辺境伯に怒鳴られて萎縮してしまっているランドルフを横目に、妹であるサンドラは自分が見聞きしてきたことを父親に告げるのだ。

「わかった、サンドラ?第二分隊は何をした?」

「お父様。エルフ族のアフネス様をご存知ですよね?」

「もちろんだ。本来ならユーラットなぞに居てほしくない。レッチュガウに来て、儂の屋敷にお招きしたいと思っている方だ。それがどうした?」

「はい。アフネス様のユーラットの宿屋に居候というのはおかしいのですが、ご一緒に住まわれているリーゼ様のことは?」

「もちろんだ。第二王子だけじゃなく帝国や共和国だけではなく法国からも婚姻の申し込みが殺到している娘だな」

 この辺りでランドルフの顔色が青から白に変わる。

「あの混ぜものが?」

「兄様。少し見識を疑いますよ?」

「うるさい!妾の娘が!偉そうに、侯爵家の血を引く俺に意見するな!」

「ランドルフ!!貴様!おい!誰かランドルフを自室に連れて行け!儂がいいと言うまで出すな!あれにも会わせるのを禁止する!」

 部屋の外に立っていた護衛が部屋に入ってきた。
 ランドルフの両脇を抱えるようにして部屋から連れ出す。

「お父様!俺は間違っていない!俺は!領都の為だと思って!お父様!」

「連れて行け!」

 部屋から出ても何かを喚いている。

「はぁ・・」

 辺境伯は、椅子に深く座り直してから大きく息を吐き出した。

「お父様?」

「サンドラ。すまない」

「いえ、構いません。事実ですから・・・。それで、お話を続けてよろしいですか?」

「頼む」

 先程までの雰囲気とは違う愛おしい娘を見るような目線をサンドラに向けて辺境伯は話しの続きを聞くことにした。

「兄様は、リーゼ様のことをご存知なのですか?」

「知っている・・・はずだ。ちょっとまて、ランドルフは何をした?リーゼに手を出したのか?」

「そうですか?お父様。兄様は、ラナ様のお店でリーゼ様を見かけたようで”妾にするから差し出せ”と言って連れ出そうとしていました。食料の問題もありましたが、リーゼ様の件がきっかけになって皆様がレッチュガウからユーラットに移動してしまいました。私の見立てではエルフ族と関係者はほぼ全員。鍛冶屋の8割り程度。それ以外にも領都の重要な役割を担っていた方々の半数が居なくなってしまっています。冒険者ギルドではミーシャ様とデイトリッヒ様がすでに辞表を提出していらっしゃいます」

「サンドラ。その話は?」

「私と私の手の者しか知りません。それから、お父様。魔通信機はお手元にありますか?」

「もちろんだ。これこそ、アフネス殿やリーゼ殿の・・・。まさか!」

「はい。使えなくなっています。一時的な物なのか、それとも永続される状態なのか?そしてこの領都にある物だけなのか、それとも・・・」

「待て!サンドラ。領都にある物と言ったな?」

「はい。冒険者ギルドや商業ギルドにも確認しましたが同じく使えなくなっております」

「奴らは理由が解っているのか?」

「本当の理由や原因は解っているのかは不明ですが、兄様の行いがトリガーになっていると考えて居るのは間違いありません」

「・・・」

 辺境伯であるクラウスは頭を抱えてしまった。
 そして、立ち上がって執務を行っている机から一枚の報告書を持ってくる。本来ならサンドラに見せるような物ではない。ランドルフに見せて対処させようと思っていたのだが、問題をおこしたランドルフには無理だと判断してサンドラに見せる事にしたのだ。

「お父様?」

「すまん。儂は領都を離れることができない」

「帝国が動いていますか?」

 クラウスは大きくため息をついた。サンドラが座っている正面に座り直した。
 外に居る者を呼び、サンドラに暖かい飲み物を、自分には酒精の入った物を持ってくるように命じた。

 飲み物が出てくるまで、サンドラに書類を読む時間を与えたのだ。

 サンドラは要点だけを読み込むことにした。クラウスから説明されることで詳細を知ろうと思ったのだが、クラウスが話を切り出さないことや報告書の内容が驚愕の内容だった為に全部を丁寧に読むことにした。自分が知っている事と突き合わせる事で情報の整理ができると考えたのだ。

「お父様?これは、謎のアーティファクトを操る方のことですか?」

「そうだ。ギルドからの報告を聞くと間違いない」

「それに・・・。スキルを持っている者でも追えない速度での移動。小型馬車2-3台分の荷物の運搬。ユーラットまで1ー2日程度?リーゼ様の伴侶候補。そして、ユーラット神殿の攻略者?」

「その者が例のアーティファクトの持ち主だな。ランドルフがアーティファクトに手を出さなくてよかったと思ってしまっているぞ」

「お父様。兄様でも、さすがに・・・」

「無いと言えるか?」

「・・・」

 辺境伯は出された飲み物を飲んでから、持ってきたメイドに話しかける。

「ランドルフはどうしている?」

「お部屋でお休みになっています」

「本当は?」

「悪態をついて暴れています。それから、奥様が旦那様にお会いしたいとおっしゃっております」

「どっち・・・。聞くまでもないか?」

「はい。それでどうされますか?」

「わかった。3時間後に奥の部屋に行くと伝えて追い返せ」

「かしこまりました」

 メイドが頭を下げてから部屋を出ていく、部屋の前に居た執事にクラウスからの指示を伝えている。

「お父様。どうされるのですか?」

「お手上げだな。ランドルフのことだけでも頭が痛いのに、神殿や見たことも無いようなアーティファクトまで絡んできた。それだけではなく、魔通信機まで・・・。王都に居るハインツにスタンピードのことを連絡した後で助かったが・・・」

「お兄様が来られるのですか?」

「許可が出ればそうなるのだが、ひとまず食料の調達を依頼した」

「食料?」

「当然だろう。スタンピードが発生しているのだぞ?遠征する者たちの食料が必要になる」

「帝国から・・・。そうでしたね」

「奴らの難癖にも困ったものだ。それで、これから食料が足りなくなることを考えて、ハインツに食料の買付を頼んでいたのだ。それを、ランドルフの奴・・・」

「え?兄様?」

「そうか、サンドラは知らないのだったな。王都からここまでの輸送を担当していたのが、ミーシャ殿がリーダになる冒険者たちで、主軸はエルフ族と獣人族で構成されていたのだ。馬車の扱いがうまいし、専用の馬車も持っていた」

「王都の冒険者に依頼して搬送してもらうことはできないのですか?」

「無理だな。コストがかかりすぎる」

「え?」

「サンドラ。少し考えれば解るぞ?ミーシャ殿たちは、王都に行く前にユーラットに行くことになっている」

「ユーラット。そうなのですね。ユーラットで商品を乗せて、王都まで移動するのですね」

「あぁそれだけではなく、アフネス殿。正確には、リーゼ殿に魔通信機の利用料を渡してもらう役目も持っている。それだけじゃなく、ミーシャ殿が王都に行って集まっている利用料を集めてくることになっている」

「それでは、ほぼ・・・」

「そうだ。ミーシャ殿は単独で動かれるだろう。もう手遅れなのかもしれない」

 辺境伯は大きく息を吐き出した。

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