【第五章 ギルドの依頼】第二十一話 神殿
ヤスは、マルスの指示通りにアーティファクトに乗り込む。
神殿の領域範囲内のギリギリだがディアナでの制御が可能で自動運転ができる状況なのだ。
ヤスがエンジンをスタートした。
『マスター。自動運転に切り替えますか?』
「頼む。さすがに疲れた」
『了』
ディアナは静かにスタートさせた。
速度を緩めるだけでモーターだけで動作する事がわかっている。マスターであるヤスが乗っているので、魔力の供給が受けられる為にモーターでの移動が可能なのだ。常にバッテリーがチャージされている状態なのだ。
ゆっくりとした速度で神殿への道を走っていく。
運転席に座っているヤスからは穏やかな寝息が聞こえてきた。ヤスは、SAやPAで車を停めて寝ている感覚なのだろう。運転席のシートを倒し気味にして横を向いている。
神殿に到着して、ディアナは車を所定の位置に移動させた。
駐車スペースには、マルスの指示を受けた、セバス・セバスチャンが待機していた。
ドアを開けて寝ているヤスを起こさないように抱きかかえる。
この時に、セバス・セバスチャンは魔法を使ってヤスの眠りを深い物にする事も忘れなかった。マルスから魔法を使ってヤスを眠らせる許可を得て実行した。
マスターであるヤスにしっかりと休んでもらうための処置だ。
きっちり3時間後にヤスは目が覚めた。
自分がどこで寝ているのか判断できなかったヤスだが周りを見回して神殿の中で寝ていた事がわかった。
「セバス!」
「はい」
部屋のドアを開けてセバス・セバスチャンが入ってきた。
「ありがとう。俺は、どのくらい寝ていた?」
「3時間ほどです。どうされますか?」
「そうだな。飲み物を持ってきてくれ、それからマルスと話がしたいから、1階に準備しておいてくれ、パンがあればパンも用意してくれ」
「かしこまりました」
セバスが準備の為に部屋を出る。ヤスはそのままシャワーを浴びる事にした。
さっぱりして部屋に戻ると着替えが一式用意されていた。セバス・セバスチャンが用意していたものに着替えて1階に向かう事にした。下着と肌着と靴下と靴は、ヤスがディアナに積んでいた着替えがあった。そのために、討伐ポイントでの交換が可能になっている。討伐ポイントが貯まってきたら交換する事もできる。
そしてなぜかヤスが持っていた女性物の下着と肌着と靴下と靴。輸送品のサンプルがディアナに残されていたのだが、それも討伐ポイントでの交換が可能になっている。他にもヤスが見ていないカテゴリー(日用品)の中には、トラクターの中で整理整頓をしていなかったヤスが貰ったサンプルの品々が交換できる状態になっているのだ。ヤスの仕事は荷物運びだったのだが客先にサンプルを見せるという業務も受ける事があった。それらの品は持ち帰るのだが殆どの場合は返す必要がなくディアナの中に放置されていたのだ。居住スペースにはそれらのサンプルが乱雑に押し込められていた。
トラクターの修復を行っていたマルスがセバスに指示を出してそれらのサンプルを神殿最奥部まで持ってこさせて取り込んだのだ。
ヤスが一階に降りると野菜を煮込んだスープと果物のジュースとパンが用意されていた。
料理はマルスが神殿の記録を参照してセバスに教えたのだ。
「マルス!」
『はい。マスター』
「スタンピードはどうなっている?」
『神殿の領域内の呼称名:ザール山の麓に魔物の存在が確認できます』
「数は?」
『137体です』
「その場所は、トラクターで移動が可能な場所か?」
『呼称名:ザール山の境界上は岩場になっている為に不可能です。ただし、岩場と森の間には通行が可能な場所が存在します』
「トラクターでは一気に駆け下りるのは難しいか?」
『損傷する可能性があります』
「やってできない事はないというレベルだな」
『はい』
「わかった。ディアナに足回りの制御を任せて、俺が運転すれば可能だな」
『降りる事はできますが、トラクターでは上がってくる事はできません』
「それはしょうがない。直線だと登坂限界を越えているのだろう?」
『はい』
「わかった。ありがとう。少し考える」
『はい。領域内の事や周辺事情は個体名セバス・セバスチャンにお聞きください。森林の樹木を介して情報を収集できます』
「え?セバス。できるの?」
「魔物たちの動向を調べる程度でしたら可能です」
「あそうだ!セバスにわたす物を忘れていた」
ヤスは思い出したかのように、武器と防具を取り出す。
同様にユーラットや領都で買ってきた物をセバスにわたす。
「これは?」
「セバスの分体に持たせる武器と防具。食料は保管しておいてくれ」
「ありがとうございます。食料で加工されている品物を少し頂いてよろしいですか?」
「ん?問題ないけどなんで?」
「味付けの確認をしたく思っております」
「あぁそうか料理の基本を知りたいという事か?構わないぞ。好きなだけ使って調べてくれ」
「ありがとうございます。武器と防具は分体に分配して神殿の掃除を行わせます」
「頼む」
セバスはヤスから渡された物を持ってまずは地下二階に向かった。
分体が待機する部屋をマルスにお願いして作ってもらったのだ。マルスとしても工房で修正されたディアナを細かくチェックする為にも人手が欲しかったので丁度良かったのだ。現状は洗車をする行為に留められるのだが、最終的には物品の改造や搭載を行わせて最終チェックを行わせる予定でいるのだ。そのために必要な施設も今後ヤスにお願いして設置してもらう予定にしているのだ。
ヤスはすでに決めていた。
トラクターで無謀とも思える山下りを実行する。
イザークから渡された裏門の鍵を見つめる”スペアー”とイザークは言っていたが、どう見ても今まで渡されていたマスターキーだ。もしかしたら、今までもスペアキーを渡されていたかもしれないのだが、”鍵”で間違いない。マスターだろうとスペアーだろうとイザークの考えている事がわかってしまう。
ヤスはイザークが死ぬつもりでいることを悟っている。イザークだけではない。言葉を交わしたわけではないが、守備隊にいる連中は死んでも守るという気持ちが見え隠れしていた。
(トラクターで魔物に突っ込めば倒せる。そうすればイザークだけではなくユーラットの町を・・・)
(違う。違う。俺は、アフネスからの依頼を遂行するだけだ。FITでは、魔物の群れを突破できない可能性があるから、トラクターを使うだけだ。山下りもそうだ。早く到着する方法を考えているだけだ)
ヤスは自分に言い聞かせるように呟いている。
自分自身も騙せていないのだが、”誰かの為”や”自分しかできない”と考えないようにしているのだ。
(俺は、俺の仕事をまっとうするだけだ。その過程で魔物を倒すかもしれないが、俺が仕事を遂行する為に必要な事だ)
「マルス!トラクターの準備はできているか?」
『問題ありません』
「確か改造もできるのだよな?」
『はい』
「セバス。ゴブリンやオークやオーガ。それらの上位種にはどんな魔法が効く?」
ヤスは、トラクターへの改造を行うことを決心した。
魔法が打てるようになれば多少囲まれても突破する事ができるだろうと安易に考えた。
「マスター。風魔法が適していると思います。弱点はわかりませんが、人族が風魔法で魔物を切り刻んでいる情報があります」
「わかった。他には?」
「マスター。上位種の存在が確認できているのでしたら、結界の強化をお願いします」
「強化?」
「はい。上位種は魔法を使います。トラクターには、物理防御の結界しか実装されていません」
「マルス。そうなのか?」
『はい。マスター。眷属セバスの言っている事が正しいです』
「二人共、ありがとう。それでは、トラクターに風魔法と魔法を防御する結界を付与する。マルス。討伐ポイントは足りそうか?」
『はい。ギリギリですが大丈夫です』
「それなら、トラクターに風魔法と結界の強化を頼む」
『了。完了まで12分19秒です』
「わかった。終わったら教えてくれ」
『了』
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