【第三章 帝国脱出】第四十七話 おっさんの企み
おっさんの話を聞いて、イーリスは何かを感じた。と、考えている。
実際に、解っていたことだ。今の帝国には未来がない。
そして、勇者召喚に巻き込まれたおっさんに帝国の問題を押し付ける行為は間違っている。
イーリスは、来た時とは違った表情に変っている。
考えがまとまったのではなく、気持ちが固まったのだ。覚悟ができたと表現してもいいかもしれない。
イーリスとロッセルは、二人だけで話す時間が欲しいとおっさんに申し出て、部屋の用意をお願いした。
おっさんは、近くに居たメイドを呼んで部屋の用意と案内を頼んだ。
部屋に残ったのは、おっさんとイザークとアキだ。
「イザークとアキは残るのか?」
おっさんは残った二人に話を聞くことにした。
「うん!おばばに頼まれた薬草が、この辺りなら採取できる!」
おっさんは、部屋に残るのか?と聞いたのだが、イザークの答えはその先に進んでいた。
おばばは、イザークとアキだけではなく、スラム近くに住んでいた子供たちを、おっさんに任せたいと考えていた。
手始めに、イザークとアキを送り込んできた。おっさんも、働き手が欲しいので、迎え入れるのには抵抗はない。
二人が、住む場所を自由に決めればよいと考えている。
「そうか?アキ?どうした?」
おっさんは、周りをキョロキョロと見ているアキが気になった。
何かを探しているようには思えない。あるべきはずの”何か”を探しているようだ。
「まーさん。カリンさんは?」
アキは、おっさんの近くには必ずカリンが居ると思っていた。
「カリンは、バステトさんと一緒に森に探索に出ている」
「え?一人だけで?」
「バステトさんが一緒だから大丈夫だろう?護衛も居る。それに、カリンは一人で帝国の軍隊と戦えるぞ」
カリンが強いのは、アキもイザークも知っている。
自分たちよりも格段に強いとは思っているのだが、それがどの程度の強さなのか把握ができていない。
おっさんよりも強いと言われても、納得はしないだろう。イザークとアキだけではなく、スラムの子供たちから見たら、”最強”はおっさんなのだ。そのおっさんが強いと言っているカリンも強いとは思っているが、帝国軍と戦えるとは思っていなかった。
「おっちゃん!おいらも強くなりたい!」
「そうだな。イザークたちが、この場所に住むのなら、ダンジョンに潜って、素材を取ってきて、生活していれば、自然と強くなれる」
「え!」
「でも、無茶をしたら簡単に死ぬからな」
「・・・」「まーさん?」
「最下層には、龍族たちでも封印するしかなかった者が居るらしい」
「え?」
「その者から漏れ出た波動が、ダンジョンに満ちているから、ダンジョンは潜れば潜るほど強い魔物が出て来る」
「そうなのか?」
「あぁその代わり貴重な素材も深い場所の方が多い。アキは、大丈夫だろうけど、イザーク。絶対に無理はするなよ。ダンジョンは行きも大事だけど、それ以上に帰りが大事だからな」
「帰り?」
「そうだ。イザークに怪我を負わせた魔物たちから逃げられたとして、そんな奴らが沢山居る場所から逃げなければならない。ギリギリまで攻め込んでいくのもいいけど、帰りも同じだけの距離を移動しなければならないのだからな」
「あっ!森の中に入ったら、ちょっと疲れたと思う位で引き返すのと同じ?」
「そうだな。体力以外にも、武器や食料などの持ち物の消費も考える必要がある。イザークには難しいか?」
おっさんの挑発的な言葉をイザークは”できる”と即答したかったが、自分でも難しいと考えてしまった。
「まーさん」
「ん?」
「まーさんは、ダンジョンには入るのですか?」
「うーん。黄龍は、俺とバステトさんに入って欲しいみたいだけど・・・」
「入らないのですか?」
「入ることは入るけど、奥までは行かない」
「”行かない”のですか?”行けない”のではなく?」
「そうだな。カリンやバステトさん。黄龍や眷属の力を使えば、行けるとは思うけど、それで倒せるかは解らない」
「え?そんなに?」
「黄龍たちが倒せなかったらしいからな」
「おっちゃんなら倒せる!」
「イザークに、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、急いで倒す必要はないだろう。しっかりと準備して、時間をかけて、倒せるように頑張ればいい。倒す約束はしていない。倒せるように努力はするけど、それよりもやることは沢山ある」
おっさんのいい加減とも取れる言い方に、驚いたのはイザークだ。アキもそんな感じで大丈夫なのかという表情をしている。
実際に、おっさんは倒すと約束はしていない。倒せる可能性が出てきたら頑張るが、自分から倒しに行く必然性が見つかるまで放置しておこうと考えていた。封印が破られそうになれば、黄龍たちが教えてくれることになっている。
黄龍たちの時間軸は、人の時間軸とは尺度が違いすぎる。
1000年後に結界が破られると言われても、おっさんからしたら、気にしなくていいほどの時間がある。
訓練を行う時間を考慮しても、1000年前に教えてもらえれば、十分に対処ができると考えている。
そもそも、そういう戦いは”勇者(自称)”に任せてしまいたいと考えていた。
おっさんとイザークとアキの雑談は、ロッセルとイーリスが戻って来るまで続けられた。
—
おっさんから部屋を借りたイーリスとロッセルは、向かい合う形でソファーに腰を降ろした。
ローテーブルには、おっさんが指示を出したメイドが飲み物を置いた。
メイドは、二人の様子を見て、大きめのポットを置いてから退室した。
二人は別に聞かれても大丈夫だとは思っていた。二人が、話を始めなかったのは、おっさんが用意した飲み物がまた”素晴らしい”物だと思って躊躇してしまったからだ。ついてきたメイドは、おっさんから二人が話を始めたら部屋を出るように言われていたのだが、その前に部屋を出る事にしたのだ。
「イーリス様」
「ロッセル殿。まー様が望んでおられるのは、辺境伯領の独立です」
「え?独立?」
「はい。正確には、まー様の治める森の後ろ盾です」
「逆なのでは?まーさんが持つ武力を後ろ盾にして、辺境伯領が独立をするのでは?」
「それでは、政治的な後ろ盾にはなりません。まー様が欲しているのは、政治的な後ろ盾です。武力を背景にした独立なら、政治的な後ろ盾は必要ありません。違いますか?」
「しかし、それでは・・・。辺境伯では、弱いのでは?」
「はい。だから、私なのでしょう。帝国の姫です。覚悟を決めろと言われているように感じました」
「イーリス様?」
「まー様は、領都に続く、街道を作るようです」
「そうですね。まっすぐに伸びた綺麗な道が敷かれていました」
「あれが、領都だけではなく、他国に繋がるとしたら?」
「え?」
「まー様が治めた場所は、交易の中心になるでしょうね」
「あっ」
「森の中には、貴重な草木が生えている。珍しい魔物も居るでしょう。そして・・・」
「ダンジョンですか?」
「そうです。資源の宝庫です」
「確かに・・・」
「その資源を求めて、商人が殺到する」
「イーリス様。まーさんは、その役割を辺境伯に?」
「どうでしょう。でも、今なら役割を担うことができます。政治力も強まります。何よりも・・・」
「はい。イエーンが集まります」
「そうです。それで、権威としての私が居れば・・・」
「話は・・・。イーリス様のお考えはわかりました。しかし、辺境伯が承諾するでしょうか?」
「しますよ」
「え?」
「その為の私です」
「??」
辺境伯には、子息は居ない。
正確には、居たのだが殺されている。
イーリスは、養子の話を前々から打診されていた。
—
伴侶は、まー様が一番ですが、難しいでしょう。
カリン様を崩せるとは思えません。
ロッセル殿も及第点ですが、もう少しだけ、まー様から知識を吸収したら・・・。
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