【第十章 エルフの里】第三十一話 不穏
リーゼが、赤い点に向かってアクセルを踏み込む。
運転も、大分うまくなっている。多少荒い所もあるが、助手席に座っていられる状況にはなっている。
マルスがナビをしながら、危険な場所を避けるような指示を出す。的確とは言えないが、走行が不可能な状況になるようなダメージは受けていない。FITのダメージは、あとで確認すればいい。結界があるので安全だが、外部からの振動は内部にも伝わってしまう。機械的な損傷が発生するのはしょうがない。
視認はできないが、馬車の状況が見えてきた。
『馬車と思われる物が襲われています』
視認はできない。走っている場所は草原だ。草原で魔物に襲われるのは、少しだけ不自然な状況に思える。
「数は?」
『ゴブリン種が5体。進化体が3体。上位種が1体』
魔物だとすると、どこから魔物が現れた。
俺とリーゼが、初めて会った時には、魔物は近隣の森から現れたと勝手に考えていたが、ポップするのか?聞いたことがない。神殿の内部でもない限り、魔物が急に出現することは考えられない。だから、リーゼを襲おうとしていたゴブリンも、森から現れたのだと結論付けた。
それなら、草原にいきなり魔物が現れるのか?
何か、不穏な空気が流れている。しっかりと確認しておきたい。俺たちが急に襲われる可能性があるのなら、把握をしておきたい。
「眷属で倒せるか?」
『可』
マルスが、可能だと答えた。
多少は、気分が楽になる。
「ヤス。馬車が見えた」
「マルス。人は!」
『馬車の中に6。離れた場所に、馬と思われる生き物が3』
「馬は生きているのか?」
『是』
「馬は前方か?」
『進行方向です』
「リーゼ。馬車を回り込め。跳ねないようにしろ」
「え?倒さないの?」
「馬の方に、跳ね飛ばして、万が一、生きていたら厄介だ」
俺の意図をリーゼが瞬時に理解した。
「わかった」
リーゼが緩めていたアクセルを踏み込む。
草原の中に出来ている砂利道で、ホイルスピンを起こす。軽く、車が流れるが、マルスが制御してくれたのか、最初に少しだけぶれただけで、そのあとはしっかりと加速する。馬車は、弱めの結界が張られていてゴブリンの攻撃を防いでいるが、ジリ貧なのは間違いではない。
「マルス。馬車に張られている結界は、ゴブリンの攻撃を防ぎきれるか?」
『否』
「ヤス!」
リーゼが、FITを横に滑らせながら停めた。
「リーゼは、車の中から、他に居ないか確認。増えるようなら、FITで攻撃」
「わかった。ヤスは!」
「俺は、外に出る」
「ヤス!」
リーゼが何かを叫んでいるけど、気にしない。
「マルス!リーゼがFITから降りないようにロックしろ」
『了』
狼と鷲を呼び出す。兎と栗鼠を補助で呼び出す。
「いけ!」
自分たちが何をやるのか解っているようで、二手に分かれてゴブリンたちに襲い掛かる。
リーゼの運転で、ゴブリンの注意はこちらに向いたのだが、当初の予定の行動なのか、馬車が張っている結界への攻撃を再開している。
うーん。
眷属たちではオーバーキルだ。俺でも同じだけど、そもそも、こんな場所にゴブリンの集団が居るのがおかしい。
そして、倒しされたゴブリンがまたおかしい。
一定の法則に従って攻撃をしているようにしか思えない。
それだけではない。
ゴブリンは、揃いの武器を持っている。鎧は付けていないが、野良で見たことがあるゴブリンとは違っている。首輪のような物をしている。
「マルス。近くで、監視している者が居ないか探索」
『了。1キロ圏内に、該当なし。範囲を広げますか?』
1キロで調べて、大丈夫なら監視はされていないと思っていいだろう。
襲うのが目的なのか?結果が大事ではなく、過程が大事だということなのか?
「必要ない」
『了』
検証を行うにも、情報が少なすぎる。
この馬車が襲われたのは偶然なのか?それとも、必然なのか?
ゴブリンの襲撃が、日常的に行われているのだとしたら、物流の阻害になる。
そもそも、こんな平原にゴブリンが出没するとは思えない。
だから、襲われている馬車も最小限の護衛で進んでいたのだろう。
「マルス。馬車の結界の状態は?」
『破られています』
最後のゴブリンがフェンリルの爪で倒された。これで、この辺りには、ゴブリンの姿は存在しない。他の魔物も居ないようだ。
厄介ごとだと解っているけど、馬車に籠っている者たちに話を聞かなければ・・・。
その前に・・・。
「リーゼ」
ゴブリンが倒されたので、FITに張っていた結界を解除した。
俺の声が聞こえたのだろう、リーゼが運転席から降りてきた。
「ヤス。大丈夫?」
リーゼは、FITから降りると俺に駆け寄ってきた。
抱き着く勢いだったが、寸前で止まって辺りを見回した。魔物が居ないか確かめているようだ。FITのナビでも確認できるが、自分の目で確認をして、安心したいのだろう。FITの中かでも見えたのだろうけど、ゴブリンの死体は確認できない位置にもある。
「大丈夫だ。眷属たちが頑張ってくれた」
魔物を確認してから、俺の身体を一通りみて、怪我がないので、ほっとした表情を浮かべる。
その後で、眷属を見て、皆が怪我をしていないので、よかったという表情をしてから、眷属を撫で始める。
「うん。見ていた」
「リーゼ。馬車に近づく、警戒をしてくれ、眷属たちが両脇を守るから大丈夫だとは思うけど・・・。攻撃されたら反撃してくれ」
「わかった」
リーゼに聞こえないように、マルスに話しかける。
いざという時のために、保険は必要だろう。
『マルス。馬車の様子は?』
『出口付近に、3名。中央に1名。奥に2名』
護衛が3名と従者が1名。メイドが1名。護衛対象が1名って感じか?御者かもしれないな。
「リーゼ。中に居る人たちに、安全だとおしえてやってくれ」
「僕?」
「俺がやるよりはいいだろう?」
「うーん。わかった。えぇーと”馬車の中の人。魔物は、倒しました。他に、魔物は居ません”で、いい?」
リーゼが、少しだけ余所行きの声で、馬車に話しかけるが、中からの返答はない。
聞こえているはずだ。馬車の中に居る人物たちに動きがあった。
「あぁまぁ状況を知りたいだけだから、返事がなければ、帰ればいい」
リーゼが、俺に縋るような目線を向けて来る。
別に、リーゼが悪いわけではないので、頭を撫でながら、状況の説明を簡単にする。
「うん!」
リーゼと一緒に、馬車の前で少しだけ待つ。
2分ほど待っても、中で何やら動きがあるが、外に出て来る様子はない。
5分ほど経過しただろうか?
「あぁ状況を知りたかっただけだけど・・・」
馬車の周りについている眷属とFITのタイヤ跡、馬車と馬の足蹠以外は、ゴブリンたちの足跡だけだ。荒らされている状況だけど、止まっている馬車は、何かに追われていたようだ。魔物に追われていたわけではないようだ。
魔物に襲わせたと考えていいと思うけど、その方法が解らない。
首輪が何か関係しているかもしれないから、馬車から誰も降りてこなかったら、魔物を確保して、マルスに解析をさせよう。もし、首輪が理由なら、首輪の生産元を突き止めて潰したい。
物流の概念が産まれて、これから王国内を、血液を運ぶ血管の様に、道が整備される。この時期に、魔物を使って物流を阻害しようとする連中は俺の敵だ。潰してしまいたい。少しだけ遠回りになるが、王都に寄って、情報を収集した方がいいかもしれない。それと、ルーサ・・・。じゃなくて、エアハルトに言って、各地の集積所から情報を吸い上げる必要がありそうだ。
狙われたのが、馬車に乗っている者なのか、それとも偶然ターゲットにされたのか。それだけでも知りたかったが、出てこないのならしょうがない。
「帰るか?」
「僕は、いいけど・・・。いいの?」
FITに戻ろうとした時に、馬車から人が出て来る気配がした。
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