【第二章 帰還勇者の事情】第三十一話 絶叫
優しく3回ノックされたドアを、ユウキが開けた。
そこには、車いすに乗った少女とそれを押しているミケールが居た。他には、誰も連れていない。
ユウキたちの拠点の中は安全だと言っても、今までは護衛の者が付いていたが、二人だけで、ユウキたちが待っている部屋を訪れた。
「決まりましたか?」
ユウキは、直球で少女に問いかけた。
『はい。残念ですが、ミケールを説得できませんでした』
『お嬢様』
「わかりました。準備はできています。地下で施術を行います」
ユウキたちは、立ち上がって地下に繋がる階段がある部屋に向けて歩き出す。
『ユウキ様。お願いいたします』
ミケールが、少女の座っている車いすを押して、ユウキたちの後に続いた。
地下に繋がる階段がある場所に辿り着いて、ユウキは後ろを振り返る。
階段には、扉を開けなければならない。
この扉には、一つの仕掛けがしてある。
「契約の時に、お話をした通りに、これから行われる事や、この扉に私が触れてから、見たり、聞いたり、感じた事は、例え身内であっても話さないようにお願いします」
『わかりました』『はい』
ミケールは、ユウキをまっすぐに見てから了承した。少女は、少しだけ俯きながら、ユウキを見て了承した。実際には、ユウキたちとしては、誰かに話をされても困らない。この扉を開けるのは、ユウキたち以外には不可能なのだ。もっと言えば、ユウキ以外には不可能なのだ。
ユウキが扉に手を触れると、扉の下方から上部に向かって光が走る。
『綺麗』
少女が光を見つめている。
ユウキが手を触れている場所まで光が到達すると、光は扉に魔法陣を描き始める。
扉に、幾何学模様が描かれる。
光がゆっくりとした速度で明滅する。徐々に明滅の速度が早くなり、光が強くなる。
単なる演出だが、この間に階段が別の場所に作られている地下室に繋がる。
扉が光で覆われてから、ゆっくりとした速度で光が収まる。
ユウキが扉から手を離すと、ゆっくりとした速度で扉が開き始める。
「どうぞ。スロープもありますので、焦らずにゆっくりと付いてきてください」
ユウキの宣言通りに、階段の横にスロープが作られている。ミケールに押されながら、少女が座っている車いすがゆっくりとした速度で、下に降りていく。
『ユウキ様?』
壁には、電灯なような物はないが、壁が淡く光って、足元を照らしている。
少女は、壁を興味深く眺めている。
3分ほどで地下に到着した。
地下には、すでに日本に残っているメンバーが揃っていた。
「初めての者も居ますので、簡単に紹介だけさせてください」
『お願いします』
「姫様の補助を行います女性陣です。右から、ヒナ、ロレッタ、サンドラ、アリス、ヴィルマ、イスベルです」
ユウキが、女性陣を紹介する。
名前に合わせて、一歩前に出て貴族に対する礼を行う。レナート式だが、失礼にはならない丁寧さがある。
『よろしくお願いします』
「ミケール殿のサポートを行う男性陣です。右から、レイヤ、リチャード、フェルテ、エリク、マリウス、モデスタです。スキルを利用するのも、この者たちです」
『わかりました。レイア様、リチャード様、フェルテ様、エリク様、マリウス様、モデスタ様。よろしくお願いいたします。そして、ヒナ様、ロレッタ様、サンドラ様、アリス様、ヴィルマ様、イスベル様。お嬢様をお願いしました』
深々と頭を下げるミケールに、男性陣も貴族に対する礼を行う。
「始めますか?」
ユウキは、ミケールに向けて、表情を変えずに問いかける。
『お願いします。もしもの時には、お嬢様をお願いいたします』
「最善を尽くします」
『ありがとうございます』
部屋は、この為に作られたかと思うような作りになっている。
部屋が、大きなガラスで区切られている。扉は左右に付いているが、簡単には行き来できない。
ミケールと男性陣が隣の部屋に移動する。
仕切られていた扉が閉められる。
『お願いします』
「姫様。音を遮断できますが?」
『ユウキ様。ありがとうございます。私は、ミケールを説得できませんでした。これは、私が聞かなければ、感じなければならない事なのです』
「わかりました」
ユウキは、指を鳴らすと、部屋にミケールたちが居る部屋の音や匂いが部屋に伝わってくる。
「ミケール殿。痛覚を弱めることができますよ?」
スキルでの攻撃ではなく、そのあとの行為に関して確認を行う。
『ユウキ様。必要はありません。私が、気を失ったら、起こしてから再開するようにお願いします』
「わかりました。レイヤ!」
「おぉ・・・。わかった。ミケール殿。一気に行くぞ、気をしっかりと持てよ!」
『はい。レイヤ様。お願いします』
女性陣は、これからの行為の概略を聞いている。
忌避する者は居なかったが、少女が耐えられるのか心配になっている。サンドラとアリスが少女の横に付いて、万が一のときにはスキルを発動する手はずになっている。
男性陣が、スキルの準備を始める。
順番に行うと、それだけミケールへの負担が大きいのは理解している。躊躇しては、ミケールにも失礼になると考えている。
「行くぞ!」
レイヤの声にタイミングを合わせて、スキルが発動する。
リチャードが、背中を焼く。
レイヤが、足を膝から切り落とす。
フェルテが目を潰して、エリクが耳を切り落とす。
マリウスが右手を癒着する程度に炙る。モデスタが左腕をスキルで焼き始める。
切り落とされた脚や耳や顔をスキルで容赦なく焼き始める。
苦痛に耐えていたミケールを新たな苦痛が襲う。
気絶を許さない連続でのスキル発動だ。声すらも出せない絶叫だ。音が喉から漏れるが、スキルが容赦なく、注ぎ込まれる。肉が髪の毛が焼ける匂いが部屋に充満する。
少女は、ミケールの状態を一つも見逃してはならないという気持ちで、目を見開いてミケールに注がれるスキルを見つめている。
大きく開かれた目から、涙が止めどなく流れている。口を一文字に結んで、目の前で行われる非道な行いを見つめている。何度、”辞めて”と叫びそうになったが、この行為を決断したのは、ミケールであり、自分だと言い聞かせる。
だからこそ、少女は流れ出る涙を拭くよりも、目を見開いて、耳で、心で、ミケールの状態を見ている。
スキルの発動が止まる。
ぐったりとしたミケールだが、肩が動く、生きていることが確認される。少女は、嗚咽とも思える声で、言葉にならない音を発する。しかし、目は閉じていない。しっかりとミケールだけを見ている。
「レイヤ」
いつの間にか、ヒナが部屋に入っている。
ヒナが持っているのは、ポーションだ。
『ユウキ様?』
「あれは、ポーションです。できたばかりの傷ですが、痛みを和らげる程度の効果しかありません。スキルで焼いてしまった皮膚は、ハイポーションやもっと上位の方法でしか治りません」
『え?』
「ミケール殿に頼まれていました。痛みを取るのではなく、傷を定着して欲しいと・・・。姫様と同じ状況になってから治療を行ってほしいと・・・」
『・・・。ミケール・・・。ユウキ様。もう・・・』「レイヤ!」
少女が停止を求める前に、ユウキはレイヤに指示を飛ばす。
『くっ・・・。グ・・・。グォォォォ』
『ミケール!ユウキ様!辞めて!もう・・・。十分です。辞めて』
「ミケール殿?」
『続けてください。まだ、背中だけです。顔にも、脚にも、腕にも傷があります』
「わかりました。リチャード。フェルテ。エリク。頼む。マリウスとモデスタは、ミケール殿を支えてくれ、暴れる可能性がある」
今まで聞こえてこなかった、絶叫が部屋に木霊する。
スキルで傷ついているだけなら、状態が変化したことによる痛みだけだ。しかし、定着することで、傷となり身体や神経や心を攻撃する。ポーションが掛けられることで、気絶することができない。
ミケールは、少女が数年間に渡って感じていた痛みを、数秒間に凝縮して感じている。
痛みで我を忘れる事も、意識を手放すこともできない状態で、永遠と思える刹那な時間に、凝縮された痛みを受けている。
『辞めて・・・。もう、辞めて・・・。ミケールが・・・』
目を伏せて、耳を塞ごうとする少女。顔を下げようとする。
「エアリス!」
ユウキが、初めて少女の名前を叫んだ。
びっくりして、少女は顔を上げる。
「エアリス。ミケールの痛みを、お前が見ないで、聞かないで、感じないで、誰が見る。聞く。感じる。俺たちか?違うだろう。お前が、諦めてどうする!」
少女は、顔を上げて、絶叫を上げ続けるミケールを見る。
目から涙が流れ続ける。しかし、しっかりとミケールが苦しんでいる状況を見つめる。
ユウキは、ヴィルマとイスベルに目配せをする。
サンドラとアリスが少女から離れて、少女の横にヴィルマとイスベルが中腰で寄り添う。
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