【第二章 スライム街へ】第十七話 絶望
望月舞は、迷っていた。
手元にあるネタだけでは、番組にならない。ギルドのメンバーに、昔なじみの”柚木千明”を見つけて話しかけたが、重要な情報は聞き出せなかった。自分たちが持っている情報と違いはなかった。
ギルドから配られた情報には、知らなかった内容が含まれているが、それは皆に共有されてしまっているので、ネタとしては弱い。
本社筋からは、ギルドや警察や自衛隊を無視して、キャンプ場に突入しろと意味がわからない命令まで出ている。
もう、何人も死んでいる。幸いなことに知り合いに犠牲は出ていないが、地元の猟友会に犠牲者が出ている。それだけではなく、ネット系の番組を手掛ける人たちが、クルーの全員が犠牲になっている。スキル持ちを護衛にしていたが、そのスキル持ちも殺られてしまったらしい。
その上・・・。
(あの透明な壁)
望月舞が所属しているクルーは、天使湖での異変を聞きつけて、早い段階で、キャンプ場に到着していた。
小屋の撮影にも成功している。しかし、警察から報道の自粛を求められている。魔物が人を食べている状況が映ってしまっている。自衛隊からは、撮影機材の一部を拠出して欲しいと言われた。
「舞!」
「え?あっ千明。どうしたの?ギルドの仕事はいいの?」
「うん。私の仕事は、ほぼ終わった・・・。感じ?」
「私が解るはずがないよ?」
「そうね。あっ。それよりも、舞にお願いがあるのだけど・・・」
「え?なに?」
望月舞は、お願いと言われて、顔をこわばらせる。
自分たちマスコミ関係者が、ギルドから”目の敵”にされている認識がある。一部の関係者が、ギルドから嫌われている。そのために、情報の流れが悪くなっている。それを、一方的にギルドの責任にして報道している。
「円香さん。ギルドマスターが、この情報を流して欲しいらしくて・・・」
柚木千明が、望月舞に差し出したUSBを受け取る。
「これは?」
もっともな質問だ。
柚木千明は、持ってきたタブレットを、望月舞に見せる。
「文章?”起こし”が必要?」
「うん。ごめん。この辺りは許して」
「ううん。それはいいけど、内容を確認してもいい?」
望月舞は、ネタに使えるのなら、是非、話に乗ろうと思っていた。上司たちは、ネタが無くても原因を説明すれば、わかってくれるだろうけど、本社は許してくれないだろう。”無能”だとか言い出すに決まっている。
望月舞は、タブレットに表示されている情報を読んで、顔色が変わっていく、タブレットを持つ手が自然と震えている。座っていなければ、足の震えから、立つのが難しかったかもしれない。
「千明?」
「調べることは、可能よ。USBには、該当資料へのURLも添付している。ただ、言語が・・・」
「言語?」
「ギルドが提供している物で、まだ日本語への翻訳が終わっていない」
「え?最新?」
「そうなる。ちなみに、スペイン語とポルトガル語がほとんどで、英語とフランス語が少しだけあるかな・・・。あと、現地の言葉で書かれた資料もあった」
「え?翻訳は?」
「マイクロソフトの翻訳って本当に、優秀ね」
「わかった。”裏どり”が、必須ってことね」
「ごめんね。でも、ネタとしては、最高でしょ?あっそうだ。ギルドからの情報だと言わないでね。いろいろ面倒だから・・・」
望月舞は、受け取ってしまった。USBを返すべきか本気で考えていた。
持って帰れば、間違いなく”ネタ”だ、それも”特ダネ”に近い。ギルドからの情報提供だとは伏せて欲しいと書かれているから、会社に提出するときには、ネタ元は伏せる。おかしな話ではない。自分のネタ元を教えるマスコミ関係者は居ないだろう。
ネタ元の追及はくるだろうが、問題ではない。正確には、問題になっても、誰も”藪をつつかない”ギルドだと推測しても、今のギルドにはマスコミの関係者は突っ込んではいけない。まだ、暴力団の事務所の方が”安全”だという人もいるくらいだ。
(確かに・・・)
望月舞の葛藤は、”どうやって”自分たちへの影響を少なくできるのかを考えていた。
望月舞を困惑させているギルドの出してきた情報は、魔物の狂暴化に関するレポートだ。
そして、恐怖したのは、狂暴化した魔物を倒す方法が、”軍の出動”だということ、カメラや投光器の光に反応して攻撃を開始する可能性が語られている。そして、南米で発生した、狂暴化では詰めかけたマスコミ関係者100名以上と地方を守っている警備隊が全滅した。地対空ミサイルを使って、辺りを焦土化して狂暴化を抑えた事例などが書かれていた。
そして、狂暴化を進める要因に、”人”が関わっている。
「人を捕食して、強くなる?」
想像を超えないレベルの物で、信憑性を論じるには無理がありすぎる。内容としては、レポートの形にはなっているが、現象から推測されている。
「うん。それは、ギルド内では、確実だと思われている」
「でも・・・」
「そう、確認は不可能」
「うん」
「でもね。魔物を倒して、人はスキルを得るのよ?」
「え?うん。そうね」
「だったら、人を殺して、魔物は何を得るの?獣を殺して、魔物は何を得るの?」
「・・・」
「それとね。まだ、これは、円香さんの推測っていうか、妄想だけど・・・」
「なに?」
「舞。最初の犠牲者は誰か想像できる?」
「え?山本Dだよね?」
「うん。山本Dがこの天使湖に来たのは何時?どうやって、生きていた?近隣に聞き込みに行った?」
「あっ」
「円香さんは、十中八九。山本Dは、”魔物を食べていた”と考えている。もしかしたら、強力なスキルを得ていたのかもしれない」
「それは・・・」
「あのオーガは、通常のオーガじゃないってこと」
「・・・」
「蒼さん。あっ元自衛官で、最前線で戦っていた人だけど、”あの色のオーガは知らない”と言っている。それに、変異種ではなくて、上位種じゃないかと言っている」
「上位種?」
「そう、舞も、この仕事をしているのなら、知っているでしょ?」
「うん。ゴブリンの上位種が出たとか話題になっていた。その時には、自衛隊の小隊が2-3隊で倒したって聞いたよ?」
「そう、間違っていないけど、情報が足りない。ゴブリンの上位種が1体いただけで、小隊の1つが、全滅に近い損害を受けて、他の隊も被害を受けた」
「全滅?それって・・・」
「そう、殉職ね」
「うそ。だって、ゴブリンよ?スライムの次に弱いとされているのよ?」
「そうよ。そのゴブリンでも、上位種になると・・・。自衛隊の小隊なら蹂躙できる。舞。天使湖には、弱い魔物でも、ゴブリンの変異種。その次が、オークやオーガの変異種。でも、オークの変異種になると、1体の討伐に自衛隊の小隊が必要。戦車や攻撃ヘリが使えれば違うだろうけど・・・」
「無理よ!千明!天使湖には・・・」
周りの視線に気が付いて、望月舞は、自分が叫んでいたことを認識する。
柚木千明は、望月舞の行動を咎めなかった。自分も同じ気持ちなのだ。違うのは、絶望の中に一筋の光があるのを榑谷円香から聞いているのだ。天使湖周辺を覆っている不思議な透明な壁を、作っている者が、人類の味方であり、ファントムのコードネームで呼ばれている人物の可能性を・・・。
「そうね。魔物になってしまった、獣だけなら、自衛隊でも対応ができるだろうけど、他は無理」
「それじゃ・・・。ギルドは、どうするの?」
「自衛隊に、治安維持に必要な戦力の投入を進言する。天使湖周辺を焦土にしても、魔物の駆逐を行う」
「え・・・。でも・・・」
「まず、無理ね。でも、それしか方法はない。ギルドは、ハンターの派遣を中止する」
「え?」
「だって、透明な壁があって、中に入られないのよ?自衛隊の標準装備で破られないような物を、どうやって突破するの?」
「でも、あの透明な壁が無くなったら・・・」
「魔物が、溢れる可能性があるわね。実際に、透明な壁の中では、魔物が増えているらしいわよ?どっかの、マスコミが地元の人や、ハンターを雇って、山側から天使湖に向かって、魔物に殺されたらしいわよ。これは、マスコミは掴んでいるかもしれないけど・・・」
「っ・・・。ねぇ千明」
「なに?」
「これって、現実なのよね?」
「そうね。夢やゲームのイベントなら、よかったね」
柚木千明は、望月舞に渡していたタブレットを受け取って、ギルドの拠点となっているキャンピングカーに向かって歩き出す。
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