【第二章 帰還勇者の事情】第九話 邂逅
「ユウキ!」
「あっ今川さん。どうしました?」
「どうしたじゃない。お前こそ・・・」
息を切らしながら今川は、ユウキに駆け寄ってきた。
「あぁ皆さん。疲れが溜まっているのか、寝てしまいましたよ。部屋も寒かったから、冬眠でもしたのでしょうかね?」
「・・・。お前・・・。まぁいい。本当に悪かった。上にも文句を言ったけど、その上の上から無理矢理押し込まれた」
「大丈夫ですよ。ポーションを公にしたら、湧いて出てくるのは想定していました。台所に居る黒い虫と同レベルですよね」
「そうか・・・。次は、大丈夫だ。本当に、研究者たちだ」
「そうですか・・・」
「あっ。想定問答は、渡してきたぞ」
「ありがとうございます。向こうはどうですか?」
「サトシが飯を食っていた」
「わかりました、”いつもどおり”ですね」
「・・・。そうだな。おっ!ここだな」
今川は、スマホを取り出して部屋番号を確認してから、ドアをノックする。
「はい。どうぞ」
部屋から、声がして、扉が開けられる。
「佐川さん。ユウキを連れてきました」
「お!入ってくれ・・・。そうだ、ジュースを買いに行かせよう。ユウキ君。何がいい?」
佐川と呼ばれた男性は、今川とユウキを部屋に連れ込むと、矢継ぎ早に言葉を繋げる。
「佐川先生。落ち着いてください。あっ、私は、森下と言います。研究員ではなく、弁護士だけど、気にしないでください」
森下と名乗った女性は、ユウキに握手を求めた。
ユウキも差し出された手を握った。
「森下さん、今日は?」
「あっ今川君。ごめんね。君の仕事に割り込む形になってしまって」
「それは構わないのですが?」
「佐川先生が暴走しないように・・・。は、難しいかもしれないけど・・・。法的な問題が生じる可能性があるから、その為の顔つなぎが主な目的。噂のユウキ君に会ってみたかったからじゃダメ?」
「ダメじゃないですけど、いいのですか?弁護士協会は、今回の件には関わらないとお達しをだしたのですよね?」
「大丈夫。大丈夫。文句を言ってきたら、その時に考えればいいわよ。ということで、ユウキ君。よろしく」
「はぁ」
ユウキは、年上の女性。母親と同じ世代の女性に弱い。どうしても、母親の面影を探してしまう。
「さぁ座って、いろいろ聞きたいことがある。森下君。ジュースを人数分買ってきてくれ、あっ私はダイエットコーラで頼む。ユウキ君は何がいい?何でもいいぞ?」
「はぁ」
ユウキは、佐川のマシンガントークについていけない。ユウキは困惑しているが、懐かしい感覚にも捕われていた。
「あっ佐川さん。森下さん。僕が買ってきますよ」
「そうか、頼むよ」
佐川は、財布から1万円札を取り出して、今川に渡そうとするが、今川は自販機だと困るからと言って、後で請求しますと言って部屋を出ていった。
その間、佐川と森下は、早口で何を言い争っている。しかし、ユウキは二人のやり取りが悪口を言い合っているのではないことは理解出来ている。早口過ぎて、集中しないと話が聞き取れないが、施設の老夫婦の会話に似ていると思えた。
「もしかして、お二人とも、静岡ですか?」
「あぁ言っていなかったね。私は、由比で、佐川さんは焼津の出身」
「え?」
「それから、君が何をやろうとしているのかわからないけど、協力はできると思うわよ」
「え?」
「儂も同じだな。儂は、森下君と違って、力も知恵もないけど、君が面倒に感じるだろう奴らを黙らせる位の権力はあるぞ」
「・・・」
「君のことは、異世界云々の前から知っていたのよ?」
「え?」
「君のお母さん。あっ。今の母ではなくて、生みの親ね。真弓は、私の教え子なの・・・。正確には、同門の後輩・・・。だけどね」
「・・・。俺は」
「辞めなさい。なんて言わない。今川君から、君のことを聞いて・・・。ゴメンね」
「なんで、森下さんが・・・。謝るの・・・。ですか?」
ユウキは、自分が涙を流していることに気がついていない。
「そうね。君の気持ちがわかるなんてことをいうつもりは無い。でもね。真弓が・・・。違うわね。言い訳だね。私は、私が許せない。だから、君がやろうとしていることが、道を踏み外さないように見守る」
森下は、ユウキに近づいて、壊れるものを、大切な物を扱うように、抱きしめる。ユウキも、抵抗しない。
「俺は・・・。母さんを・・・。殺した・・・。殺した奴ら・・・。許せない」
ドアが開いて、今川がジュースを持ってきたことで、空気が元に戻った。
「え?」「ん?」
「さて、今川君も戻ってきたから、話をしよう。いいね。ユウキ君」
「はい。ありがとうございます」
奥を見ると、テーブルの上には大量の資料が置かれている。
研究結果なのだろう、今川が嫌そうな表情をするが、佐川はそのままユウキをテーブルに連れて行く。ユウキは、どこか懐かしいと思っていた。レナート王国に身を寄せて、膿を出し切ってた後で、面通しを行った宮廷魔道士がまさに佐川と同じような人種だ。知的好奇心を満たすためだけに生きていいる・・・。そんな人が、佐川という人物だ。
「それで、ユウキ君。君から提供されたポーションとミスリルをこちらで解析を行った。結果を聞いたかい?」
「今川さんから簡単に聞きましたが、私は専門家では無いので・・・。予想通り、”水”と”銀”だったと聞きました」
「そうだ。もう少しだけ言うと、”水”だが成分が日本には存在しない。もっと言うと”自然”に存在しない”水”だ。銀も、調べた限りでは”自然界”には存在しない」
「え?」
「わかりやすく言うと、”水”は純水と呼ばれる物で不純物を含んでいない。銀も同じだ。100%の純度を誇っている」
「はぁ・・・」
「ユウキ君!」
「はい?」
「君たちが提供してくれた物だけでも、研究所としては大騒ぎになっている」
「え?」
「特に、ポーションは研究員としては扱いに困る。再現性が無いのだ。そこで、君が知っているようなら、作り方を教えて欲しい」
「はぁそれほどの数が残っていませんが、低級で良ければ作れますよ?」
「低級に使う材料は、地球で、いや・・・。日本で手に入るのか?」
「うーん。どうでしょう。ヒール草という植物ですが・・・。仲間が、現物を持っていたと思いますが・・・。余剰が有るようなら、貰ってきますよ」
「頼む!そうか、草が入っているのか・・・。でも、そうなると純水になっている理由がわからない。”スキル”が影響しているのか?」
「佐川さん!」
今川が、ブツブツ言い出して、自分の世界に入り始めた佐川を現世に呼び戻す。
「あっすまないユウキ君。君たちの都合がよくて、素材に余裕があるのなら、ポーションを作るところを見たいのだが?」
「私の一存では・・・」
「それでいい。儂の予想が正しければ、作り方を見ても、再現は難しいと考えている」
「え?」
「それに、君たち・・・。いや、君にはやらなければならないことが有るのだろう?その後で構わない」
「・・・」
「ユウキ君。いや、ユウキ。お前たちがどんな経験を積んだのか、今の儂にはわからない。だが、経験は積んでいる。困ったことがあれば頼ってほしい」
「ありがとうございます」
ユウキは、先程の自称研究員と、今川を比べていた。フィファーナでいろいろな大人と接してきた。
ユウキの持っている鑑定スキルでは、深い所までは見えない。人物鑑定ではないので当然なのだ。でも、まだユウキは仲間たちを今川や森下に合わせるのには戸惑いがある。頼りになる大人と思っていた人物が、潰されたり、裏切ったり、事情がわかるだけに恨めなかったこともあった。
慎重と言えば聞こえがいいが、臆病になっているのかもしれない。
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