【第二章 救出】第二十一話

 

/***** イサーク Side *****/

 俺は今猛烈に後悔している。
 逃げるのが正解だったのではと思い始めている。しかし、逃げられるものではないと理解もしている。

 ガーラントが小声で教えてくれた。
 聞かなければよかったと思った。

 俺たちを案内した4人だが、エントとドリュアスだという事が判明した。その上位者が居るという事は、エルダーエントである可能性が高い。

 エルダーエント。
 ”万物を知るもの”。”森の賢者”。そして、ブルーフォレストの支配層の一角。

 それを従える者が居る。
 俺たちは、岩山の下にできていた、屋敷で、カズト・ツクモ殿が戻ってくるのを待っている。対応してくれたスーン殿の話では、2-3日で戻ってくるだろうという話だ。その間、この屋敷で待っていて欲しいという事だった。安全は保証されているのだろう。魔物など出てきていない。部屋は3部屋。俺とナーシャで一部屋。ピムとガーラントで、別々に部屋をを使うことにした。一部屋に一人メイドが付いている。

 風呂に入る事を進められた。
 ピムも入ったほうがいいといい出したので、俺とガーラントとピムで風呂に入る。暖かいお湯に入るだけで身体も心も癒やされるとは思っていなかった。それに、この石鹸という奴は気持ちがいい。一皮むけた様な感じだ。肌も心なしかすべすべになっている。黒狼族でる俺は、腕や背中にも毛が生えている。その毛が柔らかくなっているように思える。

 そして、俺は一つ間違いを犯した。
 綺麗になった事を、ナーシャに自慢してしまった。ナーシャから、自分たちばかりずるいと言われた。メイドに頼んで、ナーシャも風呂に入れてもらった。そして、その夜いつも以上に燃えてしまった。

 翌日、執事長を名乗る、スーン殿が来訪して、大主であるカズト・ツクモ殿が明日には帰ってくることを告げられた。時間までは正確に読めないので、余裕を見て、明後日の会談を申し込むことにした。

 大主に伝えますと、スーン殿が帰っていった。
 お土産に、聞くのが怖い魔物の肉(完全下処理終了済み)とアプルとピチやレモネやグルプやペアを、沢山置いていった。

「なぁガーラント?」
「イサーク。聞きたいか?儂は、鑑定した事を後悔したぞ」
「そっそうか?でも、教えてくれ」
「サラマンダーの肉だ」
「すまん。もう一度頼む」
「サラマンダー・・・火竜蜥蜴の肉だ」

 ダメなやつ確定。
 大商人や領主でも、10年に一度口にできれば幸せと言っているような肉がブロックで置かれている。

「ねぇピム。サラマンダーって火を吹く大きな蜥蜴よね?」
「うん。そうだよ」
「あれって倒せるの?ううん。こんなに綺麗な状態の肉になるの?」
「なるんじゃない?実際に、目の前にあるからね」
「でも、前に聞いた時には、単独で現れた時でも、部族全員でかかってなんとか倒せる。でも、半数以上は戦闘不能になるって聞いたよ」
「僕の認識もそうだよ」

 ナーシャの問いかけに、半ばヤケになって答えてしまった。

 ガーラントとピムも何やら話しているが、俺の中の常識が崩れ落ちていく。
 俺たちを歓迎してくれているのかもしれない。違うな。普段から食べているのだろう。サラマンダーごときいつでも倒せるのだろう。

 ガーラントとピムがサラマンダーを焼いて食事をする事になったが、美味しかった以上の感想は必要なかった。
 塩や胡椒を使うだけで、味が違ってくる事も判明した。

「さて、明後日には会談となるが、皆の意見を聞きたい」

 皆考え込んでしまった。
 俺でも、何か一つを選ぶ事なんてできない。

「ねぇここに住まわせてもらえないのかな?」
「ナーシャ!」
「だって・・・」
「ナーシャ。俺もそれを考えなかったと言えば嘘になるが、駄目だろう。いや、違うな、カズト・ツクモ殿なら、了承してくれるだろう。だが、ダメだろうな」
「なんで?」
「俺たちは、いや、俺は、ここの主である。カズト・ツクモ殿に何も渡せないからな」
「ミュルダの様に税を納めれば・・・駄目かな?」

 確かにそれも一つの方法だろう。
 税ごときでこの生活ができるのなら、こぞって移住者が出てくるだろう。ブルーフォレストの中心に近い場所だという事を差し引いても魅力的な場所だ。

「駄目じゃろうな。そもそも、税とは契約じゃからな。その契約が結べるとは思えん」
「なんでぇ?」
「ナーシャ。お主、何を税として収める?スキルか?それとも、魔物素材か?農作物か?ミュルダなら薪でも良いかもしれん。しかし、ここでは、スキルも魔物の肉も、薪も食料も必要とはしていないじゃろうな。儂らが提供できる物は無いのじゃよ」

 そう、ガーラントが言うとおりなのだ。
 馬鹿らしい話だが、ミュルダでトップクラスの冒険者である俺たちが、ここでは役立たずなのだ。
 力?多分、エルダーエントとは言わない。案内してくれた、エントやドリュアス一人に、全員でかかってなんとか勝てるかも知れないというレベルだろう。
 スキルも、ツクモ殿は必要としていない。それに、彼が欲するスキルが有ったとして、俺たちが持ってこられるとは思えない。この服を数着出して、交換を申し出ればいい。それか、俺たちに渡した魔核の様なものがあれば、いくらでもスキルは手に入るだろう。

「イサーク。どうするの?」
「俺の考えは、ツクモ殿と面談してからにしたいが、まずはミュルダに戻る事を前提に考えたい」
「どういう事?」

 俺の予想では、ツクモ殿が欲する物は、情報ではないのでは無いかと思っている。ピムの話を聞いて核心に近い物を持っている。明後日は、それを確認できればいい。もし、”情報”が対価として考えられるのなら、俺たちの存在をありがたいと思ってくれるに違いない。
 そして、今窮地に陥っている(であろう)ミュルダを救う手段になるかもしれない。この場所に人が住んでいることは誰も知らない。街の上層部は知っているのかもしれないが、それだとしたら、ツクモ殿や周辺がもう少し騒がしくなっていてもよい。ピムが言うには数日前に来た時には、この建物はなかったと言っている。

「俺は、ツクモ殿と交渉して、ミュルダとの繋がりを作ってもらう事を考えている」

 一気に最終目的を話した。
 ガーラントは一瞬だけ考えたが、わかってくれたようだ。ピムは、もともとツクモ殿に会っている上に、”情報”の価値もわかっているのだろう。ナーシャは、今の所置いておこう。

「いいのではないか?」

 ガーラントが賛成してくれる。ピムもうなずいているから大筋合意なのだろう。

「え?なに?なんで?」

 ナーシャには、今晩説明すればいい。
 それか、会談の場には出ないでもらうほうがいいかもしれない。

/***** カズト・ツクモ Side 4日前 *****/

 こちらに来てはじめての人との遭遇は緊張した。

 スーンが側に寄ってきた。
「大主様」

 スーンは、俺の事を、大主とよぶ。スーンたちの主は、ライなので、ライの主人である俺は、主人の主人で、大主なのだそうだ。別に、普通に名前でもいいのだけれどと、言ったらスーンやドリュアスたちから全力で拒否された。

「どうした?ピム殿から何か要望でもあったか?」
「いえ、外に出ていました者から、森の西側で、”戦闘音がする”と、報告がありました」
「戦闘?魔物同士か?」
「いえ、人同士だと思われます。どうなされますか?」
「無視する」
「かしこまりました」

 スーンだけではなく、カイやウミやライを見る。

 なんとなく、俺に期待しているように見える。俺の勝手な想像かもしれないが・・・でも、そうだな。

「スーン。情報が欲しい。監視を多めにしろ、善悪の判断は難しいが、子供が殺されそうになったら介入しろ。子供を殺すようなクズたちは殺されても・・・いや、子供を殺そうとした奴らは全員捕らえろ。監視役が足りなければ、ライ。ヌラとゼーロとヌルに言って精鋭を出せ」
「かしこまりました」「わかった」

 それからの動きは早かった。
 スーンが仕切って、偵察隊が組織された。ダンジョンで見つかったスキルは、一部を除いて”好きに使っていい”と、言ってある。はじめてのスキルや、一枚しかないものは、残しておくようにしているが、それ以外は自由に使って良いことにした。

 偵察に有効なスキルを調べることができるチャンスでもある。今回の件は丁度いい”テストケース”になる。

 逐一報告させるようにした。スキルの有用性に関しては、後で会議をするから、なるべく覚えておくように伝えた。

 それだけ指示を出してから、洞窟に戻って、カイとウミに挟まれて眠った。
 戦闘も気になっているが、ピム殿も気になる。両方からの報告を受けるには、洞窟よりもログハウスのほうがいいだろう。

「カイ。ウミ。ライ。今日、俺は、ログハウスで過ごすけど、お前たちはどうする?ダンジョンに行くか?」
『主様。今の階層では運動にもならないので、僕はログハウスで主様と一緒に居ます』
『僕も!』『あるじ様。僕もご一緒します』

 カイとウミとライと一緒に、ログハウスの二階にある。執務室に入る。机と椅子だけが置かれている部屋だが、無いよりはいいのだろう。
 ドリュアスが順番で、身の回りの世話をしてくれる。必要ないと言ったのだが、すごく悲しそうな顔をされて、泣き崩れる演技までされてしまったのでは、認めるしかなかった。

 ピム殿たちは順調にこちらに向っていると報告をうけた。報告を聞いただけだが、ここの環境は”異常”なのかもしれない。俺が住みやすいようにしているのが原因なのか、眷属たちが優秀なのかはわからない。
 この辺りのことも、ピム殿たちから聞き出せたら嬉しい。できれば、人間の街のことも聞き出したい。

 問題は、もう一つの方だ。
 戦闘は断続的に続いていてるようで、報告からの判断だが、人の街アンクラムの兵士と森の浅い場所に集落を作っていた獣人族の村との戦闘のようだ。兵士は、半分の男を殺して、女と子供と一緒に攫っているようだ。

 スーンの報告で、獣人族の村も、複数の種族の集合体な村もあれば、単一種族の村もあるようだ。
 すでに、3つの村が滅ぼされている様だ。そして、とらえられた獣人族の女と子供は、そのまま奴隷商人に引き渡されるようだ。

「スーン。奴隷商人に引き渡された、獣人族を奪還することはできるか?」
「大主様。たやすいことですが・・・」
「どうした?」
「いえ、そうなると誰がやったのかと問題になってしまうかもしれません」
「奴隷商人や兵士たちを、全員捕らえるか、殺すかしてもか?」
「・・・それでしたら・・・」
「スーン。ヌラとゼーロと協力して、獣人族を奪還しろ。手段を選ぶ必要はない。ただし、お前たちに犠牲者が出ないようにしろ、犠牲者が出そうなら撤退しろ」
「かしこまりました。大主様」

 森の地図は、徐々に作成しているが、獣人族の集落がどの程度あるのか把握できていない。

「ライ。眷属に、森の中にある獣人族の集落を調べさせてくれ、場所や人数を簡単でいい」
『わかりました。すでに、調べているので、すぐに報告させます』

 ある程度は把握してまとめてくれていたようだ。
 報告を聞くと、集落/村は、全部で7つ存在していた、認識できていた3つが滅ぼされている。残り4つの集落が、戦闘を行っているようだ。これは、スーンからの報告を待つことにする。

 昼ごはん代わりに、果実を剥きながら食べていると、スーンが面会を求めてきた。
 戦闘に関しての報告があるということだ。指示を出してから、数時間しか経っていないのに早い。

「大主様。奴隷商人を補足しました。今夜決行いたします。捕えられている獣人はどういたしましょうか?」

 そうか、獣人のことを考えていなかった。

「そうだな。安全が確保できそうな場所まで移動させてから、休ませてやれ。後は、本人たちの希望を聞いてからだな」
「かしこまりました」
「スーン。どうやって現地とはどうやって連絡しているのだ?」
「え。あっはい」

 スーンに確認したら、簡単な方法だった。
 固有スキルとして、”念話”を持っている者が、通じる範囲内で待機して、連絡事項を伝達しているのだ。

「スーン。そんなに固有スキル持ち居たか?」
「はい。ですので、配置に手間取りまして申し訳ございません」
「謝罪されるようなことじゃないな。まとめさせて、スキルだけど、”念話”はどのくらいある?」

 控えていたドリュアスが一歩前に出てきて
「すべての整理が終わっていませんが、現在112枚、確認されております」

 112枚か・・・多いようで使い始めたら一気に無くなってしまうな。スキルとして固定してもいいのだけど、戦場の近くに行くことを考えると、隠密のスキルや障壁や結界の方を付けたいからな。

「スーン。少し実験をしたいから、数名待機させてくれ」
「かしこまりました」

 携帯電話は無理でも、無線機くらいなら作成できるのではないかと思っている。
 レベル5相当の魔核と”念話”のスキルを用意させる。

 あと、枚数がやたらとあった”隠蔽”や”煙幕”のスキルや、レベル3の”体力強化”や”速度向上”や”命中向上”のスキルを適当に付与した物を作成した。それを、スーンが手配した数名にもたせて、それで連絡できるかを調査させた。

 念話が通じることや、固有スキル持ちとの連絡も問題がない事などが確認された。
 112枚の”念話”と112個のレベル5魔核を利用した、”携帯電話”の作成が急ピッチで行われた。実際に、作ったのは俺だけど、途中で心が折れそうになったが、必要なことだと思って作成を続けた。

 作成が終了して、最初に聞いた報告が、”獣人族を捕えていた奴隷商人”の襲撃結果だった。

 俺の一日はまだ終わりそうになかった

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