【第七章 王都ヴァイゼ】第十五話 ユーラットへ・・・到着出来なかった

 

 ヤスと辺境伯が話をしている最中に、物資を積んだ馬車が門を抜けてきた。

 馬車を見たヤスが辺境伯に、情報はドーリスに伝えるようにお願いして、その場を立ち去る。

「ドーリス殿」

「クラウス様。もうしわけありません。ヤス様は・・・。その・・・」

「サンドラから聞いていた通りの人ですね」

「え?」

「貴女もですが、ヤス殿は・・・。”よくわからない”という言葉が似合う御仁はいませんね」

「そうですね。数日間、一緒にいましたが本当に”よくわからない”人でした」

 コンテナを開けて物資の搬入を始めたヤスを二人が見つめている。

「ドーリス殿?」

「はい。なんでしょうか?」

 辺境伯が今までと違った表情でドーリスに話しかける。

「帝国に動きがあります」

「それは・・・」

 ドーリスの表情がこわばる。
 帝国は、4-5年周期で王国に侵攻してくる。

 前回の侵攻があってから今年で5年目だ。

 帝国と王国は、辺境伯の領地が接しているだけだ。100年近く前に王国が辺境を開拓してから争い続けている。帝国と王国の間には、ヤスが攻略したことになっている神殿を有する山々と魔物が徘徊する”死の森”で分断されている。
 ”死の森”は、高ランクの冒険者でも立ち入るのを躊躇してしまう森だ。開拓できれば広大な土地が手に入るのだが、誰も開拓を成功していない。スタンピードで現れた上位種や変異種のオーガやトロールが最下層に位置している。進化が進んだ魔物がデフォルトになっている。表層部は、ゴブリンやコボルトやオークと言った討伐が可能な魔物も多い。ヤスが、エルスドルフに行く途中で遭遇したゴブリンたちも死の森から出てきたと考えられる。
 中央に神殿があると言われているのだが誰も確認出来ていない。

 大陸の中央付近に領土を持つ帝国は、海を求めて王国に侵攻を繰り返している。

 ドーリスもいつもの侵攻と同じだと考えた。

「ドーリス殿。いつもの侵攻では無いようです」

「え?それでは?」

 ドーリスが驚くのも当然で、帝国が領土を接しているのは、王国を除けば宗主国となるラインラント皇国と少国家群をまとめ上げたフォラント共和国になる。皇国は、宗主国と言われるだけあって大陸で一番古いと言われている国だ。他にも理由が有るのだが、皇国を攻める事は、大陸中の国々を相手にするのに等しい。
 共和国に攻め込む可能性は有るのだが、国の規模が3-4倍違う。

「わからない。だが、侵攻の準備をしているのは間違いない」

「わかりました。サンドラとディアスと相談します。あと、ヤス様にはお伝えしてよいですか?」

「判断は、神殿に任せる。それに、確定した事実は何もないからな。帝国に潜入させている者からの連絡だけだ」

「わかりました。情報をどうするのかは相談して決めます。ありがとうございます」

「気にしないでくれ、ランドルフの件の罪滅ぼしにはならないが、少しでも神殿との関係を良くしておきたい」

「そうですか・・・」

 ドーリスと辺境伯が帝国について話しをしている間に物資の積み込みが終了した。

「本当にいいのか?」

 ヤスが戻ってきて、辺境伯を見ていきなり質問をぶつけた。

「”いい”とは?」

「物資の量がかなり”ある”と思えて・・・」

「ヤス殿がギルドに依頼を出した分も含まれている」

「そうか、ドーリス。大丈夫なのか?」

「はい。問題はありません。ギルドで確認しました。食料の他にも、布やインゴットも仕入れています」

「わかった。積み込みが終わったから帰るか?」

「そうですね。辺境伯閣下」

 ドーリスが辺境伯に頭を下げる。
 情報に対する礼の意味も有るのだが、物資を購入する時に口添えしてくれたのは間違いないからだ。

 辺境伯は、頭を下げるドーリスを制した。
 ドーリスからヤスに視線を戻した辺境伯は、改めて立場を明確にする。

「そうだな。良き隣人になれるように努力しよう」

 神殿を一つの組織として認める発言をしたのだ。非公式ながら辺境伯は王都に居る宰相に連絡をして、神殿とヤスの処遇を話し合っていた。
 王都での見物人に混じってヤスとアーティファクトを確認した宰相は、辺境伯に連絡をして”良き隣人”で有るべきだと判断した。

 ヤスと神殿を、王国の領土にある組織として扱うのが妥当だと考えたのだ。国として認めるには諸外国の動きがわからない。ヤスが面倒を嫌うと思える状況から、辺境伯と宰相は”国”ではなく”自治領”と同等の扱いをすると決めた。
 ヤスには告げられていないが、すでにアフネスを通して神殿には伝言している。ドーリスも先程ギルドに寄ったときに聞いた話だ。

 もちろん、そんな意味がある言葉だとは考えていないヤスは、辺境伯が差し出した手を力強く握った。

「ありがとうございます」

 握りながら、ヤスは謝辞を口にした。
 握られながら、辺境伯は安堵の表情を浮かべた。

 ドーリスは、二人を交互に見て、状況がすれ違っていると思いながら黙っていた。

 ヤスと辺境伯は2,3の言葉を交わして別れた。

「ドーリス。用事は終わったけど、どうする?」

「え?」

「夜になったけど、ドーリスは領都で休むか?」

「えーと。ヤスさんは?」

「うーん。ドーリスが大丈夫なら、このままユーラットに向かいたいと思っている」

「私なら大丈夫です。ヤスさんは、アーティファクトを操作して疲れていませんか?」

「このくらいなら大丈夫だ」

「それなら、ユーラットに向かいましょう」

 ヤスとドーリスはセミトレーラに乗り込んだ。見送る辺境伯に手を降って領都をあとにした。

 ハイビームにしたライトが暗い街道を照らす。
 整備されているとはお世辞にも言えない道を、コンテナに荷物を積んだセミトレーラが爆走する。対向車が存在するわけでもない、ドーリスの話では領都からユーラットに向かう馬車は気にしなくても良いようだ。

「ドーリス。大丈夫なのか?」

「はい。今、ユーラットには商隊は向かっていません」

 心配だとは思いながらアクセルを緩めずに爆走を続けるヤスもヤスだ

「そうか、でも、冒険者とか傭兵とか移動していないのか?」

「ありません。冒険者たちが移動するのは、商隊の護衛をしながらです。単独での移動はないと考えてください」

「へぇ・・・。まぁいいか」

 ヤスは、暗闇を照らすセミトレーラのライトを頼りにユーラットを目指す。明確な道が有るわけではないが、馬車が使っている場所は”道”になっている。

 順調に進んだ。途中に休憩を一度挟んだだけで、神殿からの伸びる関所まで到達した。

『マスター。前方900メートル地点に”人”の反応があります。休憩所を利用しているようです』

『知り合いか?人数は?』

『マルスです。マスターの知っている人物は確認出来ません。人数は、11名です。幼体も存在するようです』

『幼体?』

『はい。5歳未満と見られる個体です』

『え?数は?』

『6体です』

『ほとんどじゃないか?』

「ドーリス。非常事態だ。少し寄り道する」

「わかりました。何かアーティファクトに問題でも?」

「違う。この先に、5歳程度の子供が半数を占める集団が居る」

「え?」

「マルス!ツバキにバスを出させろ。俺は、ドーリスと状態を見る」

 ディスプレイに”了”と表示された。

 ヤスは、アクセルを緩めながら、ディアスのナビに従った動きをする。ドーリスは、それを不思議な表情で眺めていた。
 黒く光る板が何となく方向を示しているのは想像できるが表示されている文字が読めないのだ。先程マルスが表示させた”了”の文字も読めなかった。ヤスが何者なのか、余計にわからなくなってしまっている。
 今回、ドーリスがヤスに付いて行った道案内したのは、建前としての”道案内”を除けば、町や村のギルドに寄るためと王都にあるギルドで神殿のギルドを承認してもらうためだ。表の目的は果たされたが裏の目的は果たされなかった。ドーリスは、ダーホスと辺境伯とコンラートからヤスの素性を調べられるようなら調べて欲しいと言われていた。受諾したわけではないが、判断ができる情報を渡そうと思っていた。しかし、数日間に渡って一緒に居て解ったのは、思った以上に知識がある。計算も早い。何よりお人好しだという情報が追加されただけだ。

 ドーリスがヤスの新たな情報を考察している間に、ヤスは子どもたちを発見して、居る場所へのハンドルを切った。

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