【第四章 噂話】第三話 撫養教

 

 ユウキたちの拠点がある地区の周りを囲むように、撫養教が教会の建築を開始した。

 拠点には直接的なダメージはない。
 周りを囲まれても、拠点が属している地区は、小さな町で、独立している。大きな括りには、属していない。

 その為に、小さな地方自治が出来上がっている。
 そのうえで、住んでいる人たちは、元々の住民と拠点に関係している者たちだけだ。元々住んでいた人たちも、拠点の恩恵を受けている。大きいのは、限界集落になっていた場所に、拠点が出来た事で、病院に変わる治療所が出来た。
 拠点ができるまでは、近い病院でも来るまで30分以上の時間が必要だった。それが、数分で病院に変わる施設に到着できる。それだけではなく、総合病院と言えるような治療が受けられるのに、治療費は格安になっている。
 厳密には、医者ではない者たちだが、限界集落に住んでいる人たちに取っては、治療が受けられて、崩れた体調が戻ることが大事だ。

 そして、拠点に居る者たちとの交流も地域の人たちに取っては、大切な時間になっている。
 漁を行っている人には、拠点に居る者たちが手伝う。畑を耕すのも手伝う。それも、”スキル”と言われるような力を使っている。

 限界集落が、限界集落では無くなった。

 撫養教の教会の建築が進むが、拠点と拠点を抱える地区には、影響は皆無だ。
 ユウキや今川の予測通りに、拠点に繋がる町道は有料道路に変更された。道路整備に資金が必要だという理由だ。しかし、県道と国道は、有料道路にはならない。拠点や拠点が置かれている地域への影響は皆無だ。
 撫養教は、県にも働きかけたが、現在の最大派閥は撫養教と懇意にしている者たちと違う派閥で構成されている。

 撫養教は、宗教法人の衣を着込んでいるが、実際には、政治家の集金と集票の組織だ。企業が、宗教法人に献金するのは禁止されていない。政治団体への献金も禁止されていない。献金の上限は決められているが、宗教法人が所有する団体からの献金は、大枠の献金とは認識されない。政治業者が自分たちに都合がいいように作成した”法”だ。抜け道があるのは当然だ。

 撫養教の司祭は、永田町にある雑居ビルに呼び出された。

「司祭。どうなっている?」

「ちゃくちゃくと準備は進んでおります。まもなく、先生に吉報をお届けできると考えております」

「ふん。まぁいい。司祭の出身は、会津だったな。寒い所は嫌いか?」

 議員の言葉に、司祭は言葉を失って、口を開けて声にならない音を発するのがやっとだった。
 そして、言葉になったのは一言だけだ。

「え?」

 司祭が狼狽えるのにも理由がある。
 議員の周りには、おこぼれを漁るような者たちが立っている。その中には、司祭の元部下で、文化庁の局長が居る。力のある議員にすり寄って、現在の地位を確保した者だ。自分を蹴落とした者がまた目の前に居て、偉そうにしているのが目に入った。

「文化庁では、政府高官と官邸からの要望で、紛争地域への文化的な支援を考えております。その中でも、が落ち着いてきている地域への文化使節団の派遣を考えています。その中に、宗教家の派遣も含まれています。現在、現地での教会設置を行えるのか打診をしております。現地からは色よい返事が来ています。教会を作れば、その教会で教義を行う者が必要だとは思いませんか?」

「まさか・・・。先生。お待ちください。年度内には・・・」

「年内だ。それまでに結果を出せ」

「はっ」

 司祭は、テーブルに付くくらいに頭を下げた。
 そこには、いろいろな思惑が降り注ぐ。

 議員がソファーから立ち上がって、部屋から出るまで、司祭はテーブルを睨みつけることしか出来なかった。

 議員に続いて、文化庁の局長が司祭の肩に手を置いた。
 それでも、司祭は頭を上げなかった。頭を上げれば、局長に暴言を投げかけてしまう。ここは、何も言わずに場をやり過ごすしかない。

「先輩。頑張ってください。あぁ安心してください。ガザではなく、もう一つの方ですよ。教会は、温かくなるようにしておきますよ。ハハハ。餓鬼の一人を攻略できないほどの無能だとは思いませんでしたよ。先輩は安心してください。先輩の後は僕が継ぎます。司祭ですか、いい生活をしているようですね。今から楽しみですよ」

 文化庁の局長は、大きな笑い声で部屋から出て行った。
 残された司祭は、テーブルを殴りながら、怨嗟の声を上げている。

 このままでは、ウクライナに飛ばされてしまう。
 ウクライナなら、まだ生きていられる可能性があるが、議員の言葉から、命さえも脅かされている可能性を感じ取った。

 実際に、撫養教は議員や議員の関係者から依頼されて、口封じを行ったことがある。
 宗教法人の衣を悪用することで得た免罪符だ。もちろん、違法行為だとは解っている。しかし、”撫養教の正義”を遂行することに命を掛けている者たちの育成は出来ている。その者たちを動かすだけで、十分な成果が得られていた。

 司祭は、呼び出された雑居ビルから出て、すぐに待たせていた車に乗り込む。

 司祭は、当たるように乱暴にドアを閉める。

「司祭様」

「煩い!早く出せ。あの青二才。自らの才覚だと思っているのか?絶対に絶対に絶対に・・・」

「司祭様。撫養教の本部に向かいますか?」

「あ?!それどころでは・・・。ん。そうだ。八王子に迎え」

「八王子ですか?」

「そうだ」

「かしこまりました」

 司祭を乗せた車は、静かに雑居ビルの前から八王子方面に向かった。

 永田町にある雑居ビルは、政治業者の東京に於ける事務所になっている場合が多い。その為に、土地が少ないのに、大きめの駐車場が備え付けられている場合が多い。駐車場の賃料は驚きの値段になっている。相場で言えば、月額4万でも安いのに、永田町にある駐車場の賃料は、額面では4万だが、実際には数千円の場合が多い。事務所の賃料も同じような理論が働いている。しかし、借りている議員によって賃料が変わっているのが、永田町らしい話だ。

 車は八王子に到着した。
 八王子にある教団施設は、別の場所にある教団施設の窓口になっている。

 司祭は、施設に入ると、何も告げずに奥に入っていく、盲目的に従っている者たちが多い撫養教だが、その中でも狂信的な者たちを集めて、訓練を施している施設への窓口が奥に設置されている。

「司祭様」

「動ける者は何人居る?」

「上位者は、3名です。中位の者でよければ、100名程度です」

「上位は動かせないな?」

「はい。教皇様の護衛をしております」

「中位の者は、教義を遂行するのに、問題はないのか?」

「教義に反する異端者を導くことは出来ます」

「そうか、全員の稼働に問題はあるか?」

「神のご許可があれば・・・」

「わかった。何人なら動かせる?」

「12-3名なら、司祭様のご命令で可能です」

「わかった。教義と教団を守る為の聖戦だ」

「かしこまりました」

 受付に居た男は、司祭に頭を下げてから、端末に情報を入力する。
 司祭が行っている内容の把握はできている。把握が出来ているからこそ、足切りが必要だとも考えている。

 司祭に預ける13人は狂信し過ぎて、撫養教の訓練施設でも持て余し始めている者たちだ。実際に、殺しを行っている者も少なくない。

 13名は、司祭の配下に加わる命令を受諾した。
 そして、各々の新しい身分証を持って、50年ほど前に廃村になった奥多摩にある教団施設から、伊豆に向かう。伊豆で作戦を実行する者と、静岡市内に向かうものに分かれる。

 撫養教は一つの間違いを犯してしまう。
 狂信者がやりすぎた場合に備えて、監視兼後始末を行う者を後から向かわせた。その者たちは、撫養教を示す証を持っていた。後始末を行う為には、地域の政治業者に話を通さなければならない、場合によっては警察や消防への対応も必要になってしまう。
 その為に、撫養教としては最悪を想定した動きで、規定の行動だった。

 相手が悪かった。
 ただ・・・。それだけなのだが・・・。

F1&雑談
小説
開発
静岡

小説やプログラムの宣伝
積読本や購入予定の書籍の情報を投稿しています
小説/開発/F1&雑談アカウントは、フォロバを返す可能性が高いアカウントです